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印刷ビジネスを広げるデジタルプリンティング

オンデマンド印刷のニーズは非常に多様である。それは裏を返せば非常に小さなニーズの集合であるということであるが,中長期的に見ればより強くオンデマンド印刷が求められてくることは明らかである。これから数年は,プリントショップや従来の営業という形以外の仕事を集める仕掛けを作ること,まずデジタル印刷機ありきの発想を変えること,新たな需要創出というよりは顧客の業務のなかの問題解決という視点で一つひとつ案件作りをしていくことが重要である。

ショップ展開の失敗から学ぶもの
プリントショップというビジネスモデルでは,顧客に来店してもらうことが前提になっている。そのため,商圏はかなり限られた地域になる。市場を大きく捉えれば設備投資に見合う仕事量を確保できるが,限られた商圏の中では十分に仕事を確保できない。
そこで,自社が設備する機械はDTPと低価格のデジタル印刷システムだけにする。もち込まれる多様な仕事のなかで高価なデジタル印刷機を必要としたり,従来の印刷機での印刷が適するような場合には,あらかじめ納期と価格について契約を交わしておいた企業に外注する。このようなビジネスモデルが,それなりに継続できるプリントショップの一つの形としてある。窓口機能を果たす企業の設備投資は比較的軽いので,利益を出すポイントは機械の稼働率ではなく,人の稼働率をどこまで上げられるかになる。

オンデマンド印刷が伸びる環境とは
オンデマンド印刷のビジネスが大きく伸びていく基盤は,オフィスにおけるコンピュータやネットワークの使い方のレベルが上がることではないだろうか。それによって,日常業務のやり方が大きく変わっていけば,オンデマンド印刷のビジネスも大きく育っていくと考えられる。
オフィスにおけるカラーのニーズはどんどん高まっているようだ。営業部門では提案書,企画書,報告書などのB2B用の書類がかなりカラーで作られるようになり,提案書はカラーで作ることが一般的になっている。POP,チラシ,カタログ,ダイレクトメールといったB2C用の印刷物もモノクロでは訴求力が低くなってきている。社内の掲示物,会議資料,マニュアルといった社内資料的なもの(InHouse Printing)もカラーになっていく。
デジカメ,スキャナなどの入力機器も非常に安価で高性能な物が出回ってきているので,ドキュメント作成はかなり効率的にできる環境が整ってきた。

少ない仕事でも成り立つオンデマンド印刷は
小部数の大判ポスター市場に対しては,1枚当り単価が非常に高く,さまざまな方法が開発されてきた。大判プリンタによる大サイズの小部数印刷が成立しているポイントは二つある。一つは,極端にいうとデータが用意されていれば,そのデータをプリンタに流し込むだけで製品ができることである。つまり人件費の要素が非常に小さい。もう一つは設備価格が安くなったことである。設備が軽ければ,そこそこの商売にはなるという好例である。

ビジネスのポイントは印刷以外の能力
小ロットのカラー印刷をターゲットにしてデジタル印刷機を使って成功している例を紹介する。A社はショップは開いているものの,仕事の多くはコンサルティングのようなことも含めた支援という形での営業活動を行い,その顧客から継続的に仕事が流れてくるような仕掛けを作っている。
B社は2001年半ば時点で11台のモノクロPODをフル稼働して取扱説明書を始め一般商用印刷,書籍,説明書,DMなどで,最大1000万カウント/月の印刷実績をもつビジネスを展開している。成功のポイントは「電子版下管理システム」であり,さらに,電子データをコンバータによってTIFFファイルの形にできるのでワンソース・マルチユースも可能にしていること,オンデマンド印刷で求められるスピードに対応するため,社内に一般印刷業でも持たないような本格的な後処理設備を完備して,素材から完成品まで社内で終了できる体制を整えていることも大切な要素になっている。このような専門機能をもつことによって,印刷業からの仕事の受注も含めて仕事が確保されている。

仕事は従来からあった仕事とリピートが中心
C社が第一世代のPODを導入した当初は,名刺,ハガキのような製品を対象に,顧客としては結婚式場などを狙ったが,多くの印刷業と同様にうまくいかなかった。それは,まず初めにオンデマンド印刷機ありきという発想で,導入したデジタル印刷機に合う仕事を受注するということになってしまったからである。
一方,同社がデジタル印刷機を入れる前からやっていた下げ札,ラベル,看板へのバーコード印刷の仕事は,デイリー,ウイークリー,マンスリーというように定期的に発注される仕事である。デジタル印刷機で印刷し10数時間で届けているが,この工場は3交代,24時間で仕事をしている。
カラー台帳は,デパートのアパレルの売り場などで各月の新規商品の素材や特性などをまとめた台帳で,これも毎月定期的に仕事が出てくる。デパートの店が50あれば,「50+バイヤー数」という部数での発注が定期的にあり,リピート物がなければもうからない。

収益源は枚葉4色機に
D社は写植業からDTPの出力センターに変身してきた会社である。4年ほど前に第一世代PODを2機種と小型オフセットDI機も導入したが,現時点では中型オフセットDI機を主力とした小ロット印刷事業を展開している。当初は3機種で300部程度まで,500〜800部,それ以上と区分けしていたが,出版印刷へのニーズに対応するために,中型DI機まで導入することになった。ビジネスモデルは,営業がいて,かなりの設備を持った工場に受注した仕事を流し込むという,従来ながらの印刷業そのものの展開である。ただし,事業がうまく回転している背景として,同社が出力ショップ事業を展開するなかでデジタルデータの扱いに関するノウハウを積み上げ,どのようなデータであっても短納期で出力をする会社という評価を得ていたこと,さらに色校正の仕事を多くもっていたことを見逃してはならない。

難しいバリアブルデータ印刷
氏名と宛先を印刷するような単純なバリアブルデータ印刷は,多くの印刷会社でできるし企業内で使うオフィス用ソフトでも作れる。しかしカラー画像を使ったハイエンドで,しかも大量のデータを扱うには,3つの要素がある。クリエイティブ,データベース,そしてバリアブルデータの印刷である。
クリエイティブといっても,従来のようにアートセンスが良いだけのデザイナーではだめで,バリアブルデータ印刷経験をもつデザイナーが必要になる。バリアブルデータ印刷では,印刷物1枚1枚に異なる画像が使われることや,画像のサイズが異なることを考慮したデザインが必要だ。文中に名前を入れるような場合でも,長い名前もあれば短い名前もあることを想定してテキスト部分を考えなければならないからである。これらをうまく処理する能力は,経験をとおしてでしか得られない。
フォーム印刷業界が今伸ばしているのが,DPS(データプリントサービス)事業である。顧客の属性に合わせて,同封する数種のDMの組み合わせを変えて封入するセレクティブパッキングという仕事は軌道に乗っている。

PODiとPPML
バリアブル印刷用システムでは,ファイル形式をオープンなスタンダードにする動きがある。特に1996年にアドビとアップルとサイテックスが設立し,98年に現在のメンバー構成になったPODi(Print On Demand initiative)という非営利団体で制定しようとしているのが,XMLベースのPPML(Personalized Print Markup Language)である。98年に原型が完成,99年の5月に正式にPODiに提案,PPMLを標準化する動きが始まった。PPMLでは1度ダウンロードされたソースはラスタライズして保持する。ソース自体をキャッシュする動きもある。PPMLではクリッピング機能,すなわち,同じイメージの一部しか使わないことを指示すれば,RIPが実行するのである。PPMLはページ記述言語ではなく,ページを構成させるための言語で,メリットは,処理速度を速めることである。また重複するデータのダウンローディングやリッピングは排除してくれる。バリアブルは1ページ単位ではなく,1コンテンツごとの処理になる。

色校正はどうするか?
校正も従来の印刷とは異なることに注意しなければならない。バリアブルデータ印刷では,1枚1枚の印刷物の絵柄が異なるから,すべてのページの校正は不可能である。従って,代表的なもの1枚を校正としてプリントするか,スクリーン上でのプレビューで済ます。あるいは「ランダムダンプ」として,50〜100枚のテスト刷りで仕上がりを確認するなどの方法で校正することになるだろう。

デジタルワークフローによる付加価値の進化
小ロットカラー印刷という市場を考えると,従来よりも売上単価は低く,求められる納期も格段に短いことを売り物にするから,従来のように営業員が校正を持って走ることをしていては利益が出ない。一方,ビジネスの現場において,インターネットは既にインフラになってきているから,今後は,顧客とのやり取りをネット上でしていくことを前提としたワークフローを考えることは可能である。ネットでデジタルデータが入稿されたり,リモートで校正をする,さらに紙だけではなく,クロスメディアでWebにもCD-ROMにも出していくことを含めたなかに,オンデマンド印刷を位置付けていくのがよいだろう。
価値はトータルコストの削減から顧客ニーズの多様化への対応,そして最終的には顧客の戦略的なパートナーになるところまで上げていく。生産性に関しては小ロットというレベルから,商品を市場に早く出すためのタイム・ツー・マーケット,そして最後は最適化を目指そうという方向である。

小ロット対応としてのPODの追求は今後も継続的にしていくが,ほかの軸としてワンtoワンに代表されるような付加価値を付けていく方向,ジャストインタイムを中心として生産性を上げていく軸,そしてインターネットを使った商売をしながら最終的には顧客との間のナレッジの共有,顧客に対するナレッジの提供をゴールとして目指すという考えではどうだろう。この1,2年で活発化した企業における副資材の電子調達アイテムには業務用印刷物も含まれており,デジタル印刷機にとっては追い風である。
結論は以下のように整理できるだろう。

(1)日本におけるオフィスのコンピュータ,ネットワーク利用の水準は,オンデマンド印刷のニーズがどこにでも存在するような状況には至っていない。
(2)ニーズがある場合でも,単にデジタル印刷機を保有しているだけでは,もうけが出せるだけのオンデマンド印刷の仕事を確保することはできない。デジタル印刷システムの機能を生かせるプラスαの力が必要である。その一つのパターンが,印刷の前後,周辺を含めたサービスのアウトソーシングである。
(3)どのような分野の仕事でも,定期的に発注があるリピート物を確保することが安定したビジネスになる。ただし,そのような仕事は,近隣の小規模事業所や個人を対象として考えている限り非常に少ない。従って,もし,そのような市場を狙うのならば,ショップや従来の営業という形以外の仕事を集める仕掛けを作る必要がある。
(4)いずれにしても,まずデジタル印刷機ありきの発想を変えること。オンデマンド印刷という新たな需要創出は難しく,顧客の業務のなかの問題解決という視点で一つひとつ案件作りをしていくことが原点である。
(プリンターズサークル 2002年9月号より)

2002/09/10 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会