本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

21世紀の設計思想 ユニバーサルデザイン

JAGATは,去る8月22日,シンポジウム「迫り来る超高齢社会とユニバーサルデザイン〜商品企画・デザイン・表現において問い直すべきこと〜」を開催した。かつてない勢いで超高齢社会に向かうわが国では,いつだれが障害を持つようになるかわからない。そんな中,全ての人に配慮する「ユニバーサルデザイン」という概念が21世紀のキーワードとして注目されている。
「ユニバーサルデザイン」を提唱した,故Ronald L. Mace(ロナルド・メース)氏は,ノースカロライナ州立大学ユニバーサルデザインセンター長を務めた。自身が小児麻痺を患って成長した彼は,1992年,「あらゆる体格,年齢,障害の度合いに関わらず,誰もが利用できる製品・環境の創造(Universal;普遍的な,万能の)」というユニバーサルデザインのコンセプトを提唱した。
シンポジウムでは公,企業,団体でユニバーサルデザインに携わる5人の講師にそれぞれの立場からご講演いただいた。今回は,凸版印刷(株)パッケージ事業本部 東京事業部 企画第二部長・山下和幸氏の講演内容を紹介する。

ユニバーサルデザインとバリアフリーデザイン
1974年に開催された国連障害者生活環境専門家会議で「バリアフリーデザイン」報告書が出されたころからバリアフリーという言葉が使用されるようになった。「障害がある人が社会生活をしていく上で障害(バリア)となるものを除去する」という意味で使われたもので,ここでのターゲットは障害を持つ方だった。現在日本では約300万人の方が障害者手帳を持っているが,目や耳が不自由な状態というのは,健常者であっても誰しもなり得る状況である。
ユニバーサルデザインとバリアフリーデザインの違いとは何かとよく聞かれるが,私は5つの視点で整理させていただいている。
(1)位置づけ
ユニバーサルデザインはコンセプトであり,対するバリアフリーデザインはどちらかというとテクニック,技術論の側面で語られる。例えば,車椅子の方がもっと通行しやすくするにはどうしたらいいかと考えたときに,階段を削ってスロープにする必要があるのではないかというように,技術論になってくるわけだ。
(2)視点
バリアフリーは,障害を持った方をターゲットと決めており,そのことは,人を分けるということになる。ユニバーサルデザインは,最初から,太っている人もやせている人も若い人も年寄りもいるというように,ターゲットを決めていない。つまり,人を分けないということである。
(3)態度
それだけに,より積極的な創造活動,これがユニバーサルデザインということになる。
(4)市場性
したがってマーケットの問題は,ユニバーサルデザインはすべての人を対象にするので,バリアフリーよりもかなり広いものが期待できる。
(5)開発方法
ユニバーサルデザインは,開発する前段階から取り組まないと具現化できない。

ユニバーサルデザイン7原則
ユニバーサルデザインには,Ronald L. Mace氏がまとめた7つの原則がある。
1. 誰にでも公平に使用できる
2. 使う上での自由度が高い
3. 簡単で直感的にわかる使用方法
4. 必要な情報がすぐ理解できる
5. うっかりエラーや危険につながらないデザイン
6. 無理な姿勢や強い力なしで楽に使用できる
7. 接近して使えるような寸法・空間

ユニバーサルデザインの方法(図1参照)
日本においてもユニバーサルデザインはここ10年ぐらいの間に,私たちの身近な生活領域に広がってきた。その経緯を述べる。
縦の列に,デザインされたモノの使用期間を例にとった。消耗度の高い「消耗品」,かなり長期にわたって使われる「耐久財」,さらに長く使用されるものとして「社会資本」と分けた。横列には,特定の「個人」をターゲットとするものか,「家族」か,あるいは不特定多数の「公衆」を対象とするものかといったデザインの対象者を置いた。
このような9つの分け方でいえば,最初にユニバーサルデザインが議論されたのは,「公共建築物」や「鉄道車両」などパブリックを対象に,一度作ってしまったら作り替えが非常に困難な「社会資本」や「耐久財」に関してであった。ここに対して,「様々な人のニーズを包括する汎用性の高いデザインを提供する」という方法論がとられてきた。ユニバーサルデザインというと印刷業には関係ないと思う方が多いのは,上記の範疇に印刷が当てはまりにくいことに原因があったわけだ。
2番目には,少し対象者が限られてきて,「家族」など特定のグループが対象となってくると,住宅や自家用車,住宅設備機器,家電などが対象製品となってくる。ここでは,「基本的なニーズに合致するものは共通するベースを用意するが,個々の要求にはオプションを用意しよう」という方法論がとられてきた。
「温水洗浄便座」を例にとると,本来は,肢体不自由者の介助を目的としたバリアフリートイレとしてTOTOが作ったものだと聞いている。ところが,今日では健常な人でも快適で衛生的な気分になれるトイレになっているということが事実としてある。こうしたトイレは当初,肢体不自由者の家庭がオプションとして導入したものだったので,現在のように十数万円で買えるような金額ではなかった。洗面台や化粧台,あるいはキッチンユニットなどにしても,車椅子で使うための設備,すなわち,上下するオプション機能がついたものを買うとなると,一般住宅で買う設備よりもはるかに高くなる。これが2番目の方法論における課題である。
3番目は,消耗度が高い製品である。たとえば靴は,デザインは一緒でもサイズは個人個人違うわけで,「さまざまな人やニーズに対してより多くの選択肢を提供」しなくてはならないということだ。シューフィッターの資格を持った方が個々に合う靴を選んだり作ってくれたりする店もある。また,文房具のハサミは左利きの人が使うと,たいてい切れない。だから左手用に歯の組み合わせが逆になっているハサミが別に売られている。このような消耗品や個人の使うものに関しては,選択肢をもっともっと多く提供しなさいという方法論である。

パッケージの位置付けは?
では,パッケージは図1の中のどこに当てはまるだろうか。当然使い終わったら廃棄物になるので「消耗品」ということになる。となると,方法3をとるべきかというと,これを否定させていただきたい。つまり,商品を作って売るときには,どのようなターゲットに売りたいというマーケティング上のセグメンテーションをどの企業でも行うわけだが,印刷もしくはパッケージの世界で,お買い求めいただく方の身体事情や使用状況まで特定できるだろうか。
たとえば市場調査によると,お菓子をむさぼりながら家路につく塾帰りの子供達が非常に多いという。日が長い季節は実感がないが,冬になると塾を出たとたんに真っ暗だ。この暗いところでお菓子を開けるという状況と,電気がついている自分の家でお菓子を開けるという状況は違う。テーブルもなく歩きながら開けるので,たとえばポテトチップスを開けようとしたときに袋がバリッと破れてしまい道路に散乱して食べることができない。パッケージ作りでそこまで考えていただろうか。こうしたことがここでの課題になる。
したがって,パッケージに関しては「方法論1」を,つまり,「できるだけ多くの人たちのニーズを包括した汎用性の高いデザイン」を取り入れざるを得ないということだ。

パッケージは大丈夫?
みなさんの家庭には,チューブの商品がいくつか並んでいるのではないだろうか。歯を磨こうと思ったら娘の洗顔フォームだったというような事故というか,失敗というか,笑い話が少なからずある。よく見れば分かるじゃないかといわれるが,よく見ても分からなかったりするのだ。有名なナンバーワン商品であればともかく,ある日突然,娘が買ってきた洗顔フォームのチューブがいつもの歯磨きチューブの隣にあったら,新しい歯磨きかなと思う可能性は否定できないわけだ。
こういったことが起こらないように先回りして配慮するのが,ユニバーサルデザインのコンセプトであり,より積極的で創造的な活動である。
置いてあるパッケージを見たときに,それが何の商品であるかすぐに分かるだろうか。どのように使ったらいいか容易に分かるだろうか。どこからどのように開封するか分かるだろうか。あるいは,何分煮たらいいかすぐに分かるだろうか。お年寄りにも使えるだろうか。子供でも理解できるだろうか。
パッケージは,内容物を保護するという一次的機能はもちろん必要だが,情報コミュニケーションとしてのデザインが大きなウェートを持ってくる。だから上記のような観点で「気づき」をしないとユニバーサルデザインはできない。

障害者には不便が……
世の中にはいろいろな人たちがいる。障害者を対象に調べた事例で,82%の人が冷凍食品を使うときに不便を感じているというデータがあった。パッケージは手で開けるので,肢体障害者,とくに上肢の障害について考慮しなくてはならない。また,視覚障害も考慮しなくてはならない。まれには聴覚障害や言語障害,日本語が読めないケースも考慮しなくてはいけない。
よく誤解されるのは,点字印刷をすることによって視覚障害者を満足させようといわれることだが,実は,視覚障害者のうち,点字が読める方は1割くらいしかいない。このことに気づけば,必ずしも点字を取り入れればいいということではないということが分かる。他の手段も合わせて考えなくてはならないということになる。

高齢者でも……
「高齢者生活不便さ調査」のデータによると,高齢者は身体が弱くなってきているので,開封時に力がいるためなかなか開けられない。あるいは開けても失敗しやすい。こうしたパッケージの開封に関わる不満が極めて高いことが分かる。
また,国民生活センターに寄せられた例で,目薬と間違えて他の水虫薬や皮膚用の薬,あるいは点鼻薬などを使用してしまった事故が極めて多いとのことだ。これに関してはいろいろ指導がなされていて,目に入れてはダメという注意事項を赤字で目立つように記載することになっているが,それでもなお多くの事故が起きている。そして事故が多いのは,やはり50歳以上の方だ。誤った取り扱いをしにくいようなデザインを最初からしていくということを真剣に考えないといけない。

我が国の高齢化スピード
なぜこのようなことをいうかというと,高齢化のスピードが日本では非常に速いということがある。2000年から2001年にかけて65歳以上が17%強。ドイツの20%に比べれば高齢化が進んでいるといえないが,正確にいえば,65歳以上の人の比率が14%を超えたら高齢化ではなく「高齢社会」とよぶことになっている。したがって,日本はすでに「高齢社会」だ。そしてこれから向かうところは,正確な定義はないのですが,「超高齢社会」ということになる。ドイツは長年かけて高齢社会になったが,これだけ世界に前例のないスピードで超高齢社会を迎えてしまうのは日本の特殊事情だ。2000年において,実は成人人口の48%が50歳以上だ。2005年には50%に達する。2025年には6割を超えてしまうという。

加齢による身体変化
加齢とともに,筋力や指先の制御機能,視力,聴力,触覚,記憶力,学習能力など,いろいろな身体機能が20代をピークにすべて低下してくる。
1つだけ加齢とともに伸びていくのは反応時間だ。赤い信号を見てからブレーキを踏むまでの時間は,20代では0.3秒。それが加齢とともに1.2秒後くらいまで遅れてしまう。おふろに入っていて熱いと感じるのも,たとえば火傷した後ということもある。これは悲しいかな,健常者といえどもこういう状態である。

加齢による視力変化
特に印刷業ということで注意しなくてはならないのは,視力の変化である。小さい文字が見えにくくなる,遠近調節がしづらくなる,視野が狭くなる,色合いの判別能力が衰える,眩しさを強く感じるようになる,明暗に順応する能力が低下する,などの現象が当然ながら起きてくる。
なかでも当社として非常に重要に思ったのは,色合いの判別能力が変わってくるということだった。
黄色味と青味の捉え方は,加齢とともに変わってくる。このことがどのような影響を及ぼすかというと,加齢によって見える幅が若い頃よりも狭くなってくる。若い人と同じように色味を見ていただくためには,明るい環境にしなくてはダメということだ。しかも,明るくしても,色として認識できる領域は,20歳よりも限りなく狭くなっていく。とくに青味の色は,若い頃のようには見えなくなる可能性がある。また,彩度の低い色,明度の低い色に関しては,光の透過量が落ちるので認識しづらくなってくる。こういう中で,たとえばパッケージなどの表現,表示を読み取らざるを得ないということになる。

関連する国の動き
これらを支援するための関連する国の動きについて若干紹介する。
・日本工業規格(JIS)化
1. 消費者用警告図記号(JIS S 0101 平成12年2月20日制定)
2. 高齢者・障害者配慮設計指針―包装・容器(JIS S 0021 平成12年10月20日制定)
3. 高齢者・障害者配慮設計指針―包装・容器―開封性試験方法(JIS S 0022 平成13年11月20日制定)

ISO等々の動きもあり,配慮点についてはある程度標準化がなされたが,印刷業もしくはパッケージにおけるユニバーサルデザインの課題を整理すると,一番大事なのは,いかに先回りして消費生活中での不自由,不便さに気づくかということである。気づいたなら,小さなことであっても,どのようにすればいいかというアイディア開発につながっていくだろう。

(出典:JAGATInfo10月号)

2002/09/21 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会