本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

新たな印刷需要を喚起するPOD

はじめに
印刷業界の中でプリントオンデマンド(POD)が提案されてから既に8年余りが経過した。この間多くのメーカーがオンデマンド機市場に参入を試みた。オフィス機器メーカーがその中心であったが,ここに至って印刷機メーカーも印刷機としての設計思想を生かした製品で機械投入を開始した。一方,POD機を導入したが採算性が悪い,というユーザからの話も聞こえている。
以上のような観点から,PODに対する見方を技術・市場について再整理し,今後の方向を見直す時期が来ているのではないかと考える。
本稿では技術と市場に分けて,最近の動向を述べ,今後を考える材料に供したい。

プリントオンデマンド機の技術動向
まず電子写真であるが,過去,各種の技術導入・改善が地道に行われてきた。レーザスポット径の微小化,ポリゴンの高速回転,2ビームや4ビーム光学系の開発,LEDヘッドの微細化などによる書き込み技術の改善による高記録密度や記録速度の向上が代表例であろう。これに伴い,トナーの小粒径化,製造法改良による粒径分布のシャープ化,ワックス成分のトナーへの内包によるオイルレス化による表面性の粗い紙への対応が実現されている。また,感光体についても感度向上,長寿命化が図られOPCでも100万枚以上の長寿命化が実現された。
一方,センサで機械内部状態をモニタし,プロセスコントロールを実現することによる画質の安定化を図る試みや,各種の紙質・厚みへの対応など,オフィスで使用する上質紙から印刷で使用するコート紙などの給装性改善も地道に実施されている。
プリントエンジン以外ではコントローラの改良によるバリアブルプリントの容易化や,PPMLなどの標準化の動きもPODiを中心として出てきている。以上のような改良により高速・高画質・安定出力が図られてきている。
次にプルーファなどで使用されているIJ技術はどうであろうか? インクジェットではプリントヘッド,インク・紙の3者で性能が決定される。まずヘッドでは精密加工により1.8〜2pl(ピコリットル)という微小滴の吐出が可能となった。また,ヘッドからインクを吐出させる駆動方式の改良や長尺ヘッドの利用により高速記録が実現されている。紙へのコーティング層の改善によるインク浸透・保持性の改善や,インクの色素も染料系から顔料の採用へと色再現性と耐光性の改善,着色材のカプセル化の工夫などにより,紙との光沢性のさらなる改善なども図られてきた。インクジェットのヘッド加工技術は,もはや半導体生産技術と同等のレベルになったといってもよい状況である。先端レベルでは,1fl(フェムトリットル)程度のインク吐出が可能なヘッド加工もベンチャー企業で発表されている。
また,産業技術総合研究所ではナノペーストをインク材料として使用し,サブμの線幅の回路パターンを作成しているし,海外では有機トランジスタをインクジェットで作成する事例も発表されている。一方,インク自体も改良を加えられ,現在,天然色素の使用による食材への印字から金属などへのプリントまで可能となってきた。
以上述べてきた電子写真とインクジェットの記録密度と,記録速度がどのように改良されてきたのか,その概略の様子を図1に示した。20年間で大きく性能が向上している様子が理解されよう。
以上のように技術的な改良により,単にオフィスや印刷という業界内ではなく,非常に幅広い領域にPOD技術が使用できる可能性が明確となった。
次に市場の面からこの広がりを具体的に見ていくことにする。

POD市場
印刷やプリンタなどが関係する市場としては,出版,商業印刷,段ボール,紙器,軟包装,ラベル・シール,捺染,壁紙,床材,RP,複写・プリントなど多岐にわたる。
図2に印刷やプリントに関する2000年の日本国内市場規模を推定したものを示す。PODの主体である複写やプリントはプリンティング全体市場の中では,いまだ数%の比率を占めているにすぎない。従って,他分野市場に参入可能であれば一挙に新規需要が生ずることとなる。ただし,各分野それぞれの用途に応じた生産性や機械仕様がある。従来はオフセット印刷,グラビア印刷,フレキソやスクリーン印刷がこれらに個別に対応してきたのであるが,前記のように技術改良によりこれらの要求にどのようにこたえるかがPOD普及のカギとなるであろう。
一方印刷市場では,小ロット対応を背景としてPODが導入されてきたが,これら他市場でも小ロット化,無在庫化の要求が強くなってきている。市場調査では平均ロット数,最小・最大のロット数いずれにおいても発注量は減少傾向にある。また発注の仕方においても一括発注ではなく,小分けして発注される傾向が強くなってきた。加えて納期や価格でも条件は,従来以上に厳しくなっている。このようななか,他市場においても「デマンド」に即時対応できるPODの有効性は十分考え得ると判断できよう。
それではこれらの市場に対して,どのような性能を満足させ得ればPODが参入できるのであろうか? 例として印刷速度について考えてみる。
グラビアやフレキソ印刷では,100〜200m/分程度で実際の印刷を実施している。ちなみにある壁紙工場ではグラビア印刷を85m/分で,ほかの大手軟包装製袋工場では150m/分で,やはりグラビア印刷を実施している。完全にこれらの機械を置き換えるには,このような実用速度が要求されることになる。しかしPODの対象は大量生産の需要ではなく,現状の経済環境から要求されるデマンドに即応する比較的小ロットの需要であり,ある程度小ロット向けの比較的遅い印刷速度でも適用が考えられよう。
例として捺染を考える。染色には漂白,浸染,捺染,整理の4種類がある。プリントで対象となる捺染はスクリーン印刷で実施されている。捺染業界は捺染型,印捺,蒸し水洗,整理加工の4つが分業化されている。捺染ではプリント柄に応じて最大12版程度の版を使用しながら柄の染め上げを行っている。通常200〜300u/時程度の速度で印捺しており,企画から出荷まで3〜6カ月必要である。従って,製版の時間が不要であり,トータルとしての納期短縮やコスト削減が図れることが可能であれば,PODが十分に旧来の印刷に対抗でき得るのである。前記の印捺速度は,インクジェットではいまだ十分実現できていないが,機械を数百台設置しプリントすることで,生産性を確保することが一部の企業で行われてきた。印字速度を複数の機械で,並列処理することでカバーしているのである。このような考え方で,製造プロセス全体としての納期短縮を実現させている。以上のように印刷のみならず,製品化プロセス全体を通して

・短納期化
・コスト削減
・グラフィックへの自由な対応力

を武器として考えることがPODの産業需要を開拓するポイントであろう。ただし,印捺については繊維や織り方により使用できるインクや,カラーマネジメント上の工夫が必要である。従ってインク開発や各種ノウハウを蓄積しておくことが前提となる。また,これに加え,サイン・ディスプレイ分野では最近ビルの壁面に広告を貼り付けたり,ラッピングバスなどが普及してきているが,これらの実現には企画力が従来以上に必要となることはいうまでもない。
しかし,技術開発の速度は非常に速く,現在は1台で160u/時の印字を実現するインクジェット記録装置も海外で発売されている。POD化により製品化プロセス全体に限らず,印刷自体でも効用が出始めてきたのである。

今後のPOD市場
さて,最後にPOD化が始まっている市場について簡単に紹介する。まず前述の捺染がある。最近は青山にショップが設けられ,プリント水着などが陳列されている。
ビルの屋上から吊り下げられたり,看板として使用される大型バナーがある。また最近では,FC店で統一して使用されている壁紙も目につくようになってきた。壁紙はエンボスの種類も増えており,ビジュアルコミュニケーションの訴求手段として使用が進んでいる。
ほかに可変情報ラベルがある。産地直送や生産者の顔が見えるラベルとしてス−パー・百貨店の食品売り場でおなじみになりつつある。また段ボールなどへの追加プリントがある。マーキングのみならず表面ライナーへの印字をインクジェットで実施することも既に実用化されている。
軟包装についても電子写真プリンタによるダミーサンプル作成が事業として立ち上がりつつある。以上は旧来の印刷からの置き換えであるが,POD独自の市場も形成されている。例としてはマーキングがある。食肉への印字,ビニール線や金属などへの印字手段として多様なインキ開発と併せて実施されている。このほかRPがある。これは3次元のパターニングであり,RPを利用した再製医療の研究が今後の期待市場である。
以上のようにPODは従来の印刷手段の置き換えと同時に,新しい領域を切り開きつつある。このように考えてくると,今後は「プリンティング」という概念で,印刷も複写なども統合して市場を見ていくことが重要となろう。

「プリンターズサークル2003年1月号」より

■関連イベント
PAGE2003コンファレンスPODトラック
先端プリンティングZONE

2003/01/26 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会