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大きなフロンティアが見えるメディア環境

DTPや印刷関係のイベントはMacWorldTokyoを始め、海外ではSeyboldNewYorkやImprintが中止になる中で、PAGE2003は昨年を上回る盛り上がりで2003年2月5日にスタートした。旧来の印刷物制作ビジネスは売上げ的にも量的にも下降を始め、ベンダーのM&Aが激しく進んでいて、トータルとしては縮小している業界である。しかし、グラフィックアーツのデジタル化でリッチな表現が使われる局面はますます広がり、社会的なニーズも高くなっていく。ただ、旧来のビジネスのやり方ではそれらのニーズが吸収できないのである。だからPAGEでは機器の展示だけでなく、どのような使われ方をしていくのかを中心にしたが、それは今日の人々の問題意識に合っていたようである。

これからの大きな潮流を考えるオープニングの基調講演では、今後10年も衰えることなく続くインターネットやコンピュータの技術革新で、情報・コミュニケーションの世界はどう変わるのか、またビジネスや人々のライフスタイルがどう変わっていくのかをテーマにした。最初に明治大学 理工学部 向殿政男教授が、「人に迫るコンピュータ」と題して、人工知能研究開発を振り返りながら、将来に向かってはその限界や、最終的にはコンピュータに何をさせるかは人間の選択の問題であるということを話された。

50年前に手塚治虫氏は2003年4月7日を鉄腕アトムの誕生日にしたが、その時の人間とロボットの共生という視点は、今日の日本人のロボット観の基礎となった。鉄腕アトムはできるのかどうかというのも多くの人の研究の動機となった。アメリカではコンピュータができた頃の1945年から人工知能(AI)の概念があり、人工頭脳という言葉もできた。多くの人が予測をしたが、サイモン(H.A.Simon)は10年後に、(1)チェスの世界一、(2)数学の定理の証明、(3)人間の心理を読む、などの予想をしたが、20〜30年かかって(1)(2)は実現したものの、(3)は数十年の単位では実現しないだろうと説明した。

AIの研究に対して実社会では失望もあったが、実は研究過程で自然言語処理、画像処理、音声処理、パターン認識、ロボット工学、ヒューマンインタフェースなどが独立した分野として確立していったので、アプリケーションとしては成功しているものが多くある。10数年前から知識工学として再び研究が盛んになり、エキスパートシステムなどが使われるようになった。今日ではWWW上のさまざまな問題解決に使われたり、またこれからも使われようとしている。今後10年で、ルール抽出、データマイニング、エージェントシステム、対話型インタフェースなど、AIの実用化や活躍が予測しうるものがあるという。

要するに論理的に明確なことは人間よりコンピュータの方が優れたものとなるが、これはリアリティの近似ではあっても、現実は曖昧さがあるので人間の方が強いものが残る。AIのフロンティアとして、脳科学、認知科学、日常言語などの研究と連携して進むだろうが、それらの中から個別技術として新しい分野が独立していき、AI自体はいつまでも見果てぬ夢を追うようなものだという説明がされた。
また生体へのコンピュータチップの埋め込みは10年後には行われているだろうが、倫理問題があるのでどう受け入れられるのかはわからない。だからAIの実社会へのインパクトは、事前予測や自主規制、画一化か個別化か、利便性と危険性など、選択する人間側の判断しだいなるという。全体として、人間が判断をするための資料の調査や整理など前処理的なところが随分AI化しそうだという印象を受けた。

続いて大阪大学大学院 情報科学研究科 塚本昌彦助教授は、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着した姿で会場に現れ、約2年前から日常はHMDと小型ノートPCを着て暮らし始めた「ウェアラブル」生活の体験記と今後の予測を語った。自分の後に続く人がいなくて孤独であったが、反響が大きくエバンジェリストとしての役目を果たしていること、装着して過ごす中でアプリケーションが想像できたことなどの成果があるようだ。

ウェアラブルというのは、ポケットやカバンに入れて持ち歩くのとは違い、いつでもどこでも、両手がふさがっていても画面が見られること、HMDでは他の人に画面が見られないこと、満員電車の中でもWebを見られるなど場所をとらないなどの特徴がある。今モバイルでは携帯電話のコンテンツが増えているが、例えば携帯電話につけられた無線タグに対応して展示物の解説が携帯電話に送られるようなパーソナライズしたTPO的な情報が今後増えると、ポケットから取り出して操作しなければならない携帯では間に合わなくなり、常に情報を受信できることがオフィスでも街中でも求められる。

こういったユビキタスな用途は軍事用が先行し、今さまざまな業務用が始まろうとしているが、塚本助教授は民生用の市場が大きいものであり、若者向けにブレイクすると信じて、将来日常生活の中でこれが「あって当たり前」になる状況を想像し、そのきっかけ作りにさまざまな業界と精力的にコンタクトをとっておられる。それは必ずしも合目的性ではなく、「暇つぶし」などエンターテイメント、携帯のようなコミュニケーションの要素が大きい印象だった。最後に、若者向けという点での対象はファッション業界で、1年以内にブレイクし、5年後には一般的になり、10年後は子供にも浸透すると「予言」した。その前提として、操作が簡単なユビキタス向けアプリ、ユビキタス向け情報配信サービス、1万円以下のHMDなどをあげた。

この後のディスカッションで、ロボットと人間の関係について、人間も凄い能力が求めらるとは限らず、人間がロボットの能力を理解して使うことはありえるとか、ロボットと意思伝達するのにウェアラブルが使いやすいなど、2先生の接点のような話になった。塚本助教授のウェアラブルは今の技術の寄せ集めで難しい技術要素は排除して使っているが、今後ウェアラブルの量的な広がりだけでなく、知識処理やロボットなどと結びついて質的な転換をする可能性も語られた。最後に会場からの反応をとると、塚本助教授がかっこ悪いと思う人が2割ほど挙手したが、かっこいいものなら自分も着けたいという人はそれよりも多く挙手した。AI、ウェアラブル、両テーマとも小さいアプリの話ではなく、社会全体に関する大きな問題であることが感じられたセッションであった。

2003/02/06 00:00:00


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