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フルデジタル化の次の目標

いま、何故JDFが話題なのか?

2002年度上期における印刷産業の出荷額前年比は3.5%減となり、年度末には8兆円の大台を割り込むことはほば間違いない。熾烈な生き残り競争は更に続く。
JDFとは、印刷業界における今後の熾烈な生き残り競争に不可欠となる「全体最適化」を目的として、印刷物生産や管理業務に使われる各種情報、データを統合的に扱うことを可能にする標準フォーマットである。

全体最適化とは、印刷物制作の流れにできるだけ途切れをなくして、格段に効率的な印刷物生産を可能にすることである。その究極の目的は、顧客の満足度を上げることである。例えば、得意先のコンピュータが印刷物の在庫データを持っており、その在庫データが一定量以下になると、その在庫管理コンピュータから印刷会社の販売管理システムのコンピュータに該当印刷物が自動発注され、その情報に基づいて印刷会社の生産管理コンピュータがデジタル印刷機や刷版内臓のDI印刷機を自動運転して印刷物を作り上げるといったことである。当然、得意先の発注担当者や印刷会社への営業マンには、メールによる発注、受注通知がこれも自動で行われてチェックされることになるだろうし、全ての印刷物生産がそのようになるということはない。重要なことは、印刷物制作、管理に必要な情報がデジタルデータとして途切れることなく流れていくことによって、格段にスムースな生産活動が可能になるとともに、リアルタイムでの進捗状況把握や精緻な原価把握など、経営管理面でも非常に大きな効果を得ることができるということである。

このような全体最適化を実現するのが、CIM(Computer Integrated Manufacturing)、EDI(Electronic Data Interchange)、そしてその基盤になる統合化、オープン化、自動化されたMIS(Management Information System)である。
EDI化やCIM化、あるいはそれを支えるMISの構築が今すぐにできるわけではないが、その実現に向けて、生産システム、MISをステップアップさせ、それなりの投資効果を得ながら目標に近づいていく、その動きの第1歩を踏み出す時期に来ている。それが、今、JDFが注目される理由である。10年前に、パソコンの上で文字、画像を統合的に扱い、さらにそのデータで印刷機械のインキツボキーをコントロールすることなどは考えられなかった。それは、印刷のデジタル化の第一フェーズと呼ぶべき大変革であったが、いま、全体最適化を目指すデジタル化の第2フェーズが始まろうとしている。

この第2フェーズの技術的環境は、この2,3年で整う。しかし、CIM化,EDI化,そして次の時代のMIS構築はどこかから設備やソフトを買ってくればそれで済むといったものではない。だからこそ、団子状態の競争環境の中で大きな差別化にもなり得るものである。それを実現できるが否か、あるいはその実現時期において、企業間格差は非常に大きなものになるだろう。

設備単体能力依存の限界

図は、EDI化、CIM化に向かわなければならない背景をまとめたものである。
この10年間、プリプレスにおける工程短縮、印刷・後加工工程における準備時間の短縮や省人化は印刷物生産のスピードアップ、生産性向上に大きく貢献した。しかし、この技術進歩による恩恵は、それを上回る短納期・小ロット化あるいは価格低下によって印刷業界に利益向上や労働環境改善をもたらすことにはならず、かつてのような需要の伸びがなくなる中でかえって供給力過剰による過当競争を生み出した。 だからといって新台への切替をしないわけにも行かない。

今後の日本経済や印刷需要の見通し、そして現在の供給力過剰の状況から考えて、低価格や短納期要求、小ロット化はさらに続くものと覚悟しておかなければならない。しかしながら紙面のデジタル化が完了し、印刷機の自動化が機械単体としてはほぼ到達点にきた今日では,従来の個別工程内での生産性向上努力で得られる成果は少なくなっていく。そこで,各工程にまたがるコントロールをうまく行い,印刷物制作・製造全体を見渡してのボトルネックの排除,生産に関する情報伝達の効率化など,生産性向上の視点を変えなければならない。

取り残されたホワイトカラーの生産性向上

工務担当部門や営業部門のようなホワイトカラーの生産性は年々低下してきている。生産現場では人員削減がかなり進んでいるが、ホワイトカラーの人員構成比はこの10年で37%から42%へと5ポイントも上昇している。生産システムの進歩に比べて、ホワイトカラーの生産性に寄与すべき印刷業界の管理情報システムはこの10年ほとんど変わっていないと見えるほど進歩していない。
印刷物生産をコントロールする工程管理の機能は、担当者のひたすらな頑張りによってなんとか支えられている。仕事を遅滞なく、しかも現場の稼働率を落すことなく仕事を進めていくために、工程管理の担当者は、営業、自社の生産現場、外注先そして資材の仕入れ先との連絡、指示、確認に忙殺されている。そのために、日程計画作成は残業でこなさざるを得ないし、情報伝達の不備からくる指示ミスによる損失、工程の混乱は日常茶飯である。更に求められるであろう短納期、小ロット化に対担当者の頑張り依存で応することはもう限界にきている。

顧客が印刷業に求めるニーズは、いまはやりの企画提案云々の前に、印刷物製作のプロとして当たり前と考えられている機能を満たすことである。社団法人日本印刷産業連合会の「Printing Frontier21 」は、顧客に対する印刷業への要望調査の結果に基づいて、顧客満足を高める基本は、営業へのアクセス度やスムースで適格なコミュニケーションといった基本的ニーズの充足であると指摘している。ITの有効利用が多いに役立つ部分である。 営業部門では、企画提案をしなければならない、新規開拓もしなければならないと言われている。しかし、受注した仕事についてまわるさまざまな付帯業務に追われて、顧客のところにいる時間自体が2割程度しかなく、使い走りの部分を除けば本来の営業活動(企画提案や新規拡大等)に割いている時間はほとんどないというのが実態である。それでも、上記のような基本的ニーズを満たしきれていないわけではない。
情報伝達のスピードアップと効率化を図りながらホワイトカラーの生産性向上を実現することが、少なくとも印刷業におけるSCMの主眼である。

求められるソリューションの提供

メディアの多様化のなかで顧客が印刷企業に求めることは、印刷物生産だけではなく顧客が欲する情報の有効利用に関わるソリューションの提供である。その内容はかなり広範囲わたるが、クロスメディアパブリッシングやPODはその中の重要な分野である。
顧客側では従来ホストコンピュータで閉じた処理をしていた基幹業務のシステムがダウンサイジングでインターネットと親和的になり、社内のLANでこれまで別々のシステムが融合し出す中で、顧客社内で本来業務とドキュメント・情報管理は融合する。かつて、印刷発注は基幹業務やドキュメント・情報管理とは別であったのが、社内情報システムで管理されているものが印刷及びWebなど対外的メディアのソースになりつつある。図版も写真も会議資料もメッセージも広告コピーも、あらゆる情報が最初からデジタルで扱われるようになったから、デジタルで情報管理されるのは当たり前である。そうなったことがメディア作りのパフォーマンスアップにもなるようにしなければ得意先の問題解決にはならない。

得意先のデータ管理がIT化で進んでも、コンテンツ制作の世界が手作業では得意先の期待するような効果はでない。また得意先にとって効果が出るとは、従来の広告宣伝の費用は一定のままで、印刷媒体も電子メディアも作れるようになり、それらが相乗効果でビジネスを押し上げることである。だから印刷に加えて電子メディアの仕事をしたからといって、印刷会社の売上が上乗せ出来るようなものではない。
得意先にとっては1万円のものを売るのに、広告宣伝のメディアがなんであろうとも、広告宣伝に費やすことのできる支出は変わらないのである。だから印刷の仕事が「1」で電子メディアの仕事が「1」で、この1+1に対する支払いが2ではなく1になるようなのがクロスメディアの行き着くところであろう。そのためには印刷も電子メディアも制作の効率化をもっともっとして、従来の半分の手間で作れるようにしなければならない。 紙も電子メディアもトータルで効率的にできる環境を作るとともに、電子調達やサプライチェーンマネジメント、マーケティング、ユーザーサポートなど「業務の土台」もIT化しなければ、顧客が満足するソリューション提供をすることにはならない。

視野に入ってきた印刷産業におけるCIM

プリプレスのフルデジタル化がCTPの普及で完了し、プリプレスで生成されたデータで印刷機、後加工機をコントロールする生産システム間の連携に目途がついた現在、MISと生産設備間の情報交換を可能にするJDFが実装される段階にきて、印刷物生産のCIM化が完全に視野に入ってきた。
CIMとは、「コンピュータ支援製造(CAM:Computer Aided Manufacturing)、コンピュータ支援設計(CAD:Computer Aided Design)およびコンピュータ支援管理(CAP:Computer Aided Planning)を共用データベースによって統合したコンピュータ統括生産システムである」(オーム社「CIM概論」人見勝人著)。

現在の印刷に即して言えば、コンピュータ支援設計(CAD:Computer Aided Design)とはプリプレスにおけるフルデジタル化であり、ここで作られたデータとコンピュータ支援管理(CAP:Computer Aided Planning)、つまり管理情報システムの情報で生成された日程計画、作業割り当て情報に基づく生産設備の運転指示によって、自動化された印刷、後加工機をコントロールする。また、生産機械の稼動状況に関する情報は機械から直接管理情報システムに送られてリアルタイムでの進捗把握やその後の生産性分析の資料として活用できる生産システム、と言い換えることができるだろう。このようなプリプレスシステム、印刷・後加工機、管理情報システム間のデータ交換フォーマットがJDFである。

遅れるMISのステップアップ

プリプレスと印刷・後加工機との連携についてはすでにその基盤ができて既に実用化されている。印刷業界におけるCIM実現の大きな課題は、管理情報システムをコンピュータ支援管理(CAP:Computer Aided Planning)の機能を果たし得るようなものにしていくことである。しかし、多くの印刷企業の管理情報システムがそこに行き着く道のりは相当に遠い。
CIMの一部になり得るような管理情報システムの構築、運用に至るまでには、現在の各種業務単体でのコンピュータ処理から、社内各部門使用アプリケーション間での情報共有を可能にする「統合システム化」、リアルタイムでの情報流通、活用をする「オープン化」そして情報交換がコンピュータ to コンピュータできるEDI化といったステップが考えられる。投資に見合う効果を出しながら到達点に至るためである。
しかしながら、多くの印刷会社の管理情報システムはいまだその1段階に止まっている。そのこと自体が問題なのではなく、今後の経営環境の中で管理情報システムが果たす役割やそれがどのようなものでなければならないかのビジョンが描かれていないために、時代の変化に合ったステップアップがなされていないことが問題である。

印刷のEDIとは

Webを使って情報共有をする段階では、リアルタイムでの情報共有の効果は非常に大きい。しかし、人間がその情報に基づいてコンピュータに入力するなりの働きかけをしなければ、次の業務がコンピュータで処理されることはない。EDI化は、たとえば常備しておく紙やインキについて、自社の在庫管理をしているコンピュータのデータがある一定量以下になれば、そのコンピュータが自動的に発注先のコンピュータに一定量の発注を行うものである。同じことは、印刷物製造の最終工程が終わったという情報が生産管理のコンピュータに入ると、自動的に配送を依頼している会社のコンピュータに配送指示をするようにも使えるだろう。

リピート物の印刷物においては、冒頭で紹介したように得意先のコンピュータが印刷物の在庫データを持っており、その在庫データが一定量以下であることを示せば、印刷会社に印刷物発注を自動的に行うこともできる。その先にデジタル印刷機をおけば、リピート物の印刷物の発注などは、まさにパソコンのデータをプリンタで打ち出すような自動印刷が可能になる。デジタル印刷ベンダーのイニシアチブ「The UP3I standard Board」は、この秋に、仕事の自動切替、リアルタイムプロセスコントロール、ヤレ発生時の自動排紙・自動復帰・再印刷、ダイナミックな後加工と配送コントロールをする機能を持ち、さらにJDFのような他のワークフロー標準との統合も可能が最初のシステムを開発、発表した。

FA・CIM・SCMなどで先行する製造業では,個別企業のサプライチェーンから複数企業連携のサプライチェーンへと進化している。オープン環境での設計から製造・販売の連携を可能とするインターネットや情報連携のための標準化が進められたからである。
この点で、印刷業界の取り組みは、まだ端緒についたとも言えないほど遅れているがその機運は出てきた。しかし、技術的環境は第一フェーズとは異なりこの2,3年で整う。印刷のCIM化につながる自動ワークフローや,印刷のサプライチェーンマネジメントを実現するEDI化といった目標を利用者側各社の計画に取り込んで,顧客の問題解決を図り,サービス価値も高め,価値的な生産性の向上を競い合う日は近いだろう。

(プリンターズ・サークル2003年2月号より)

2003/02/16 00:00:00


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