全体最適化とは、印刷物制作の流れにできるだけ途切れをなくして、格段に効率的な印刷物生産を可能にすることである。その究極の目的は、顧客の満足度を上げることである。例えば、得意先のコンピュータが印刷物の在庫データを持っており、その在庫データが一定量以下になると、その在庫管理コンピュータから印刷会社の販売管理システムのコンピュータに該当印刷物が自動発注され、その情報に基づいて印刷会社の生産管理コンピュータがデジタル印刷機や刷版内臓のDI印刷機を自動運転して印刷物を作り上げるといったことである。当然、得意先の発注担当者や印刷会社への営業マンには、メールによる発注、受注通知がこれも自動で行われてチェックされることになるだろうし、全ての印刷物生産がそのようになるということはない。重要なことは、印刷物制作、管理に必要な情報がデジタルデータとして途切れることなく流れていくことによって、格段にスムースな生産活動が可能になるとともに、リアルタイムでの進捗状況把握や精緻な原価把握など、経営管理面でも非常に大きな効果を得ることができるということである。
このような全体最適化を実現するのが、CIM(Computer Integrated Manufacturing)、EDI(Electronic Data Interchange)、そしてその基盤になる統合化、オープン化、自動化されたMIS(Management Information System)である。
EDI化やCIM化、あるいはそれを支えるMISの構築が今すぐにできるわけではないが、その実現に向けて、生産システム、MISをステップアップさせ、それなりの投資効果を得ながら目標に近づいていく、その動きの第1歩を踏み出す時期に来ている。それが、今、JDFが注目される理由である。10年前に、パソコンの上で文字、画像を統合的に扱い、さらにそのデータで印刷機械のインキツボキーをコントロールすることなどは考えられなかった。それは、印刷のデジタル化の第一フェーズと呼ぶべき大変革であったが、いま、全体最適化を目指すデジタル化の第2フェーズが始まろうとしている。
この第2フェーズの技術的環境は、この2,3年で整う。しかし、CIM化,EDI化,そして次の時代のMIS構築はどこかから設備やソフトを買ってくればそれで済むといったものではない。だからこそ、団子状態の競争環境の中で大きな差別化にもなり得るものである。それを実現できるが否か、あるいはその実現時期において、企業間格差は非常に大きなものになるだろう。
今後の日本経済や印刷需要の見通し、そして現在の供給力過剰の状況から考えて、低価格や短納期要求、小ロット化はさらに続くものと覚悟しておかなければならない。しかしながら紙面のデジタル化が完了し、印刷機の自動化が機械単体としてはほぼ到達点にきた今日では,従来の個別工程内での生産性向上努力で得られる成果は少なくなっていく。そこで,各工程にまたがるコントロールをうまく行い,印刷物制作・製造全体を見渡してのボトルネックの排除,生産に関する情報伝達の効率化など,生産性向上の視点を変えなければならない。
顧客が印刷業に求めるニーズは、いまはやりの企画提案云々の前に、印刷物製作のプロとして当たり前と考えられている機能を満たすことである。社団法人日本印刷産業連合会の「Printing Frontier21 」は、顧客に対する印刷業への要望調査の結果に基づいて、顧客満足を高める基本は、営業へのアクセス度やスムースで適格なコミュニケーションといった基本的ニーズの充足であると指摘している。ITの有効利用が多いに役立つ部分である。
営業部門では、企画提案をしなければならない、新規開拓もしなければならないと言われている。しかし、受注した仕事についてまわるさまざまな付帯業務に追われて、顧客のところにいる時間自体が2割程度しかなく、使い走りの部分を除けば本来の営業活動(企画提案や新規拡大等)に割いている時間はほとんどないというのが実態である。それでも、上記のような基本的ニーズを満たしきれていないわけではない。
情報伝達のスピードアップと効率化を図りながらホワイトカラーの生産性向上を実現することが、少なくとも印刷業におけるSCMの主眼である。
得意先のデータ管理がIT化で進んでも、コンテンツ制作の世界が手作業では得意先の期待するような効果はでない。また得意先にとって効果が出るとは、従来の広告宣伝の費用は一定のままで、印刷媒体も電子メディアも作れるようになり、それらが相乗効果でビジネスを押し上げることである。だから印刷に加えて電子メディアの仕事をしたからといって、印刷会社の売上が上乗せ出来るようなものではない。
得意先にとっては1万円のものを売るのに、広告宣伝のメディアがなんであろうとも、広告宣伝に費やすことのできる支出は変わらないのである。だから印刷の仕事が「1」で電子メディアの仕事が「1」で、この1+1に対する支払いが2ではなく1になるようなのがクロスメディアの行き着くところであろう。そのためには印刷も電子メディアも制作の効率化をもっともっとして、従来の半分の手間で作れるようにしなければならない。
紙も電子メディアもトータルで効率的にできる環境を作るとともに、電子調達やサプライチェーンマネジメント、マーケティング、ユーザーサポートなど「業務の土台」もIT化しなければ、顧客が満足するソリューション提供をすることにはならない。
現在の印刷に即して言えば、コンピュータ支援設計(CAD:Computer Aided Design)とはプリプレスにおけるフルデジタル化であり、ここで作られたデータとコンピュータ支援管理(CAP:Computer Aided Planning)、つまり管理情報システムの情報で生成された日程計画、作業割り当て情報に基づく生産設備の運転指示によって、自動化された印刷、後加工機をコントロールする。また、生産機械の稼動状況に関する情報は機械から直接管理情報システムに送られてリアルタイムでの進捗把握やその後の生産性分析の資料として活用できる生産システム、と言い換えることができるだろう。このようなプリプレスシステム、印刷・後加工機、管理情報システム間のデータ交換フォーマットがJDFである。
リピート物の印刷物においては、冒頭で紹介したように得意先のコンピュータが印刷物の在庫データを持っており、その在庫データが一定量以下であることを示せば、印刷会社に印刷物発注を自動的に行うこともできる。その先にデジタル印刷機をおけば、リピート物の印刷物の発注などは、まさにパソコンのデータをプリンタで打ち出すような自動印刷が可能になる。デジタル印刷ベンダーのイニシアチブ「The UP3I standard Board」は、この秋に、仕事の自動切替、リアルタイムプロセスコントロール、ヤレ発生時の自動排紙・自動復帰・再印刷、ダイナミックな後加工と配送コントロールをする機能を持ち、さらにJDFのような他のワークフロー標準との統合も可能が最初のシステムを開発、発表した。
FA・CIM・SCMなどで先行する製造業では,個別企業のサプライチェーンから複数企業連携のサプライチェーンへと進化している。オープン環境での設計から製造・販売の連携を可能とするインターネットや情報連携のための標準化が進められたからである。
この点で、印刷業界の取り組みは、まだ端緒についたとも言えないほど遅れているがその機運は出てきた。しかし、技術的環境は第一フェーズとは異なりこの2,3年で整う。印刷のCIM化につながる自動ワークフローや,印刷のサプライチェーンマネジメントを実現するEDI化といった目標を利用者側各社の計画に取り込んで,顧客の問題解決を図り,サービス価値も高め,価値的な生産性の向上を競い合う日は近いだろう。
(プリンターズ・サークル2003年2月号より)
2003/02/16 00:00:00