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印刷産業の現在,過去,未来 (その1)

■ASIA FORUM
第6回シンガポールFAGAT(2002年)
日本講演レポート

March 1, 2003

社団法人日本印刷技術協会 常務理事・山内亮一

【データ検索】      (1)全般的状況 (2)品目別状況 (3)印刷経営における注目点

●テーマ −印刷産業の現在,過去,未来−

プリプレスのフルデジタル化という印刷産業の第一フェースのデジタル化を終え、メディアのデジタル化、ネットワーク化が進展する中で大変革を迫られつつある日本の印刷産業の現状と問題点を紹介し、デジタル化の第二フェーズに入る21世紀初頭の印刷産業の展望を述べる。

●はじめに(図1)

図1は、1993年における、日本、東南アジア各国そして北米と西ヨーロッパ主要国19カ国における一人当りGDPと1人当り印刷物消費量の関係をプロットしたものである。

図1では、個別の国の位置ではなく、以下の2点に注目すべきである。
A. 印刷市場の規模はGDPと非常に深く関連している。
B. 一人当りGDPが10000USドル以下の場合、印刷市場規模の変化はGDPの変化の1%程度だが、10000USドルを超えるとGDPの変化の2%近くになることを示している。

上記Aは、印刷市場が幅広い産業、生活分野に関わっているからであり、Bは経済発展にともなってより付加価値の高い印刷物(たとえばカラー印刷物)のニーズが増加するからである。しかしながら、上記のよう印刷市場規模とGDPとの関係は、プリプレスのデジタル化の普及によって今後は成立しなくなるということが、過去5年ほどの日本の印刷産業で起こっている。
日本の印刷産業の出荷額は、1990年代の10年間で約9000億円減少した。日本経済の低迷の影響がないわけではないが、最大の要因は、景気とは関わりのないプリプレスのフルデジタル化、CTPの普及によるものである。また、この間に登場し普及してきたCDやインターネットなどの新たな電子媒体の印刷市場へのプラス、マイナスの影響も次第に明らかになってきた。
本日の私のプレゼンテーションでは、まず、最近の日本の印刷業界の状況を報告する。次ぎに、高度成長期を経て成熟化そして縮小を始めた日本の印刷産業の背景分析の結果を報告する。今後、高度成長を遂げると共にデジタル化が進んでいくであろうFAGATメンバー各国の印刷業界の方々に、日本の印刷産業が経てきた軌跡のなかから、将来への示唆としていくつかの有用な情報を得ていただけると思う。

日本の印刷産業の現状

(1)全般的状況(図2)

日本の印刷産業は、1998年、1999年と2年間続いたマイナス成長を脱して2000年度は2%台の成長をした。しかし、2001年度に入ると日本経済の景気後退の影響を受け、2001年度後半から再びマイナス成長に逆戻りした。
印刷産業の上場企業23社の2001年度決算(2002年3月末決算)結果と、JAGATのデータに基づく中小印刷業界の数字を元に2001年度の印刷産業出荷額を推計すると、8兆円をわずかに上回る8兆380億円、前年比▲1.7%と計算された。

(2) 品目別状況

A 出版印刷物

書籍・雑誌市場は5年連続のマイナス成長

2001年の書籍販売部数前年比は3.2%減で5年連続のマイナス、雑誌は3.5%減で6年連続のマイナス成長になった。書籍の販売部数はピーク時(1988年の9億4379万部)に対して1億6657万部(18.2%)減少し、雑誌の販売部数はピーク時(1995年の39億1060万部)から6億9505万部(16.0%)も減少した。
このような状況にも関わらず、書籍の新刊点数は前年比2.2%増の69,003点と過去最高を更新した。したがって、返品率(金額ベース)は書籍で39.1%、雑誌も29.4%という高い水準に止まっている。日本の出版界の自転車操業は相変わらず続いている。

出版市場の基盤は人口である。2006年をピークに減少に入ると見られている日本の人口だが、2001年までは伸び率は鈍化してはいるものの増加してきた。それにもかかわらず出版市場がマイナス成長を続けているのは、日本人一人当りの読む書籍、雑誌の部数が減少しているからである。
日本の人口一人当りの書籍・雑誌購読部数は、1995年の38.2冊をピークに減少し始め、2001年には31.8冊となりピーク時から16.8%減少している。

メディアの多様化が出版市場縮小の最大要因(図3)

以上のような出版市場縮小の最大原因は、生活者が接触するメディアが多様化し、生活者が書籍や雑誌に振り向ける時間と費用が他のメディアに振り向けられてきたからである。 図3は、個人が自宅内で各種のメディアに接触する時間の推移を示している。
図でまず気が付くことは、過去25年間で一般生活者が日常接するメディアが多様化してきたことである。1975年時点では、我々が接するメディアは、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌そして書籍だけであった。しかし、1980年代後半になると、ビデオテープやゲームソフトが普及し、それらに時間が使われるようになった。しかし、週休2日制の普及や祝日の増加によって自由時間が増えて、自宅において各種メディアに接触出来る時間も増えていたので、書籍、雑誌に接触する時間も増加していた。
1990年代後半に入ると、パソコンやインターネット、そして携帯電話という新たなメディアが登場して急速に普及していった。この時点では既に週休2日制が定着し、祝祭日も増えず自由時間は増えなくなったので、パソコンやインターネットを使うために使われる時間は、書籍や雑誌を読む時間を減らして賄われた。その結果、書籍、雑誌を読むために使われる時間は、1993年から2001年の8年間で36%も減少した。
同様の傾向は、家計支出にも見られる。2000年における家計支出項目で前年に対して増加している項目は、電話通話料(携帯電話)(+¥7,697)、パソコン(+¥2,564)、放送受信料(¥929)、オーディオ・ビデオディスク(+¥836)、テレビゲーム(+¥399)といったデジタルコンテンツで占められている。一方、新聞(−¥491)、書籍(−¥364)は支出減少額が多いトップ5項目の中に入っている。
以上のように、メディアの多様化が生活者の時間と支出の分散化をもたらし、それが人口一人当りの読書量を減少させて出版業界を不振に陥れている。同様のことは、メディアが多様化するどの国においても起こるに違いない。
今後とも新しいメディアは登場して普及していくだろうし、2007年以降、日本の人口は減少に向かう。日本の出版市場には、更なる厳しい状況が待ち受けている。

B 広告宣伝印刷物

GDPと広告費(図4)

過去10年間の日本の経済情勢は、広告市場にとって決して良いものではない。にもかかわらず広告宣伝市場は確実に拡大してきている。図4は、GDPに占める広告宣伝費の割合の推移を示しているが、バブル経済下にあった1990年前後の異常値を除いてみると、広告宣伝費の対GDP比率は1980年以降、直線的に上昇してきていることがわかる。日本の人口一人当りの広告費は米国の1/4程度に過ぎず、今後とも広告市場が伸びる可能性は充分にある。
しかしながら、全ての広告媒体が均等に伸びるということではなく、日本の経済構造の変化や消費市場の成熟度に応じて、伸びる媒体とそうでない媒体の色分けははっきりしてきている。テレビ広告市場は成長を続けているが、新聞、ラジオは広告媒体としては成熟から衰退に向いつつある。多様な広告媒体を含むSP広告の分野でも、伸びる媒体、停滞する媒体はかなりはっきりしてきた。

不況化でも伸びるDM、新聞折込(図5)

図5は、各種のSP広告について、縦軸に各媒体の年間広告費、横軸にマスコミ4媒体を含む広告宣伝市場全体に対するそれぞれの金額構成比をとって各媒体の年毎の数字をプロットしたものである。図5で金額も構成比も伸びている媒体(図の右上に向って推移する媒体)は広告媒体としての成長分野、金額は横ばいあるいは伸びているが構成比は低下している媒体(左上あるいは左横に向って推移する媒体)は成熟媒体、そして、金額が減少し構成比も減少している媒体(図で左下に向って動いている媒体)は広告媒体としては衰退に向かっているという見方をする。
図5で見るとおり、新聞折込、DMは、過去10年間、成長路線に乗って伸びてきていることがわかる。DM広告費は、広告業全体の売上前年比がマイナスになった1999年も前年を上回っていたし、2001年も景気後退の中にありながら前年比5.4%増という高い伸びを示した。 新聞折込も景気に連動して上下するが、マイナス期間は経済全体よりも短く、景気が上向いた時の伸びはGDPの伸びをかなり上回る大幅なものになるという傾向が見られ、広告媒体としてのシェアを年々高めつつある。

DM、折込市場成長の要因はサービス経済化(図6)

中長期的な視点で見ると、日本経済のサービス経済化はDM、新聞折込には追い風になり、今後も景気変動の影響を受けながらも伸びていくと見られる。サービス経済化とは、産業全体の中でのサービス産業の比率は高まることである。サービス産業には対事業所サービス業、対個人向けサービス業ともに非常に多様な業種が含まれる。しかし、その多くが小規模事業所であり、商圏が限られている業種や顧客が特定される業種が多い。このようなサービス業の事業所が使ってそれなりの費用対効果が得られる媒体は、決してテレビではないし新聞広告でもなく、結局、DMか新聞折込みになる。その明確な状況は、図6において、サービス・娯楽業の新聞折込枚数が、過去6年間の景気状況に関わらず伸び続けているところに見ることができる。 
消費市場が成熟化してマーケティング手法がTargeted Marketingに向うこと、および産業構造がサービス経済化してDMを販売促進手段として多く使う業種、企業が増加することによって、DM印刷物需要が拡大することはどの国でも共通のことであろう。 詳細説明は省くが、少なくとも2010年以前において、電子メディアがDM印刷市場に大きなマイナス影響を与える心配はない。

C パッケージ印刷物

紙・板紙製品のシェアが拡大する包装容器市場(図7)

日本では、家庭ごみ、産業廃棄物のゴミ処理場の残余年数がもうわずかしかなくなってきている。また、ある種のプラスチック製品は、焼却による廃棄処分によって有毒なダイオキシンを発生させるという問題を起こしている。このような問題とともに、包装容器リサイクル法のような法規制の強化、あるいはISO14000をはじめとする制度の整備と普及などによって、資源環境問題への対応は経営の基本的課題として産業の枠を超えてより強く意識されるようになってきた。このことは、当然、印刷需要にも直接的な影響を与える。包装容器市場の全体規模は、1991年以降年々縮小してきているが、特に1997年から縮小幅が大幅になってきている。そのような全体傾向の中で、金属、ガラス、木材といった材料の使用は急激に減少したが、紙・板紙製品とプラスチック製品の出荷量はともに伸びてきている。しかし、1996年以降の動きを見ると、紙・板紙製品の伸びがプラスチック製品を上回るようになった。1996年から2000年までの4年間でのシェア変化は、紙・板紙のシェアが2.7ポイント上昇しているのに対して、プラスチック製品はわずか0.6ポイント上昇しているに過ぎない。

紙は、森林資源を減少させるという観点から一時期その使用を抑制するべきだという世論が高まったことがあった。しかしながら、資源環境問題を扱う京都会議後は、紙は二酸化炭素を吸収し、しかも再生資源である木材を原料としているという点、および古紙の利用率が年々高まるという状況が紙にプラスの評価を与えるようになった。一方、プラスチックについては、枯渇資源を材料とすること、また再生利用が紙ほど進まず、廃棄処理の燃焼過程でダイオキシン等の有害物資を排出するものとして問題視されるようになってきた。
以上のような世論の変化が包装容器材料としての紙・板紙に追い風となって、図7に見られたように、包装資材における紙・板紙製品のシェアが上昇してきた。
今後とも、資源環境問題への対応はより強く求められる。特にVOCに対する規制が急速に強くなり、2001年には、グラビア印刷業者は生産量を半分に落とすか、億単位の処理設備を持たなければ事業が継続できなくなるような規制が、東京都に隣接する埼玉県で決められた。余りにも厳しい規制内容であるために、グラビア印刷業界が埼玉県と話し合いをした結果、この規制の施行は5年ほど猶予されることになった。しかし、水性インキの利用が難しいプラスチックへのグラビア印刷は非常に苦しい立場に立たされている。このような観点からも、包装資材の使用総量は抑制される方向にあるものの、紙のシェアはさらに上昇する可能性がある。

D フォーム印刷市場(図8)

図8は日本のフォーム印刷市場の変化をまとめたものである。2000年度におけるフォーム印刷物市場で最も大きな市場は一般帳票/連続帳票である。この品目はいまでもフォーム印刷市場の主力製品だが、この4年間で35%も市場が縮小している。2000年度における売上品目第4位の一般帳票/カット紙、第5位のストックフォームは4年前には一般帳票/連続に次いで第2位、第3位を占めていた品目である。1996年度時点では、この3品目で市場全体の63%を占めていた。 しかしながら、パソコンとインターネットの普及による市場構造変化によってこれら品目の需要は急激に減少、シェアで19%、金額ベースでは32%という大幅な減少になった。この間、フォーム印刷用紙の出荷販売量は9.8%減少した。
一方、「DPS/情報処理」と「その他」(商業印刷物とオンデマンド印刷を含む)が急速に伸びて、市場全体の3割を占める大きさにまで成長した。DPS/情報処理とは、たとえば糊付けハガキや封書フォーム印刷物について、顧客から受け取ったデータを処理するところから、印刷、発送までを一括アウトソースで受ける事業である。

フォーム印刷業の売上増加の背景(図9)

図9は、日本の印刷産業において売上第3位、フォーム印刷業界において最大のトッパン・フォームズ株式会社の品目別売上高の推移を示している。図で見る通り、既存のBF事業の売上高はほぼ横ばいで推移しているが、DPS(データプリントサービス)は年率15.2%という大幅な伸びを示し、この売上の伸びが同社全体の伸びを支えていることがわかる。DPSの構成比は1997年度の14.4%から2000年には20.3%と2割を越えた。逆に、従来のBF印刷物の売上はもう少しで6割を切るところまで下がった。同様の変化は、中堅のフォーム印刷企業においても見られる。このような市場が拡大したのは、カード利用の増加や携帯電話の普及によって、購買時点で現金を授受する現金決済以外の決済方法が増加しているからである。郵政省の郵便利用構造調査によると、金銭関係郵便物は過去5年間で24億通も増加し(年平均7.4%増)、2000年における総量は約86億通で通常郵便物数220億通の39.2%を占めるに至っている。

上記で示したようなフォーム印刷業界における市場内容の変化は、米国の印刷業界にも見られる。2000年に米国で発表された印刷業界の将来展望「Vision21」では、「印刷産業は今後自らの事業を印刷物製造業から情報産業へと再定義しなければならない」と提言した。そして、そのモデルとなるのがフォーム印刷業界であるとしているが、それは、上記のような既存のフォーム印刷からDPS事業への転換のことを指している。

(3)印刷経営における注目点(図10)

日本の印刷業の収益性(売上利益率)は、1980年代一杯は5%〜6%であったが、1990年代に入ると3%台に落ち込んだ。ただし、年を追って収益性が低下するという状況は見られない。売上が伸びず、受注競争は一層激しさを増してきているが、外注費の削減や人員規模縮小によってバランスをとっているからである。ただし、企業間の格差は年々広がっている。  日本の印刷企業の競争環境(価格、納期)に関して、オフ輪の影響は非常に大きくなってきている。たとえば、B半裁オフ輪で4色/4色の新聞折込を印刷する時の印刷価格は¥1.0に近づきつつある。また、オフ輪保有の有無は企業間格差とも密接に関連するようになってきている。

現在、日本で稼動している出版・商業用オフ輪は約1800台(4C/4C以上が77.2 %)で、日本のプロセスカラー印刷市場の80%を供給できるだけの生産能力を持っている。そして、強力な営業力とオフ輪による高い生産性で価格や納期に対する競争力を持つ企業に仕事が集中するという状況が顕著になってきた。

図10は、JAGATの会員企業を対象に行ったアンケート調査結果である。回答企業をオフ輪保有の有無で二つの企業グループに分け、それぞれのグループをさらに業績の良否で分けて、各グループの経営指標を比較して見られるようにしたものである。
図10における好業績企業とは、オフ輪保有、非保有グループそれぞれにおいて、業績(売上伸び率と1人当り経常利益額の2つの指標による総合評価)が良い上位20 %の企業であり、業績低迷企業とは下位20 %の企業である。そして、残りの60 %の企業を平均的業績企業グループとしている。
図10で注目されるのは好業績企業グループの売上伸び率の高さである。オフ輪保有企業グループで見ると、好業績企業の対前年売上伸び率は12.2%増であるのに対して、平均的な業績の企業の売上伸び率は1.5%に過ぎない。この格差は、景気が悪い年ほど大きくなる傾向がある。 オフ輪保有企業群の中では、1人当たり売上高に大きな違いがあることがわかる。好業績企業と業績低迷企業とでは実に8割以上の差がある。営業1人当たり売上高にも大きな差が見られる。オフ輪保有の好業績企業は売上高が圧倒的に大きいので、人件費比率、減価償却費率、リース支払額比率、その他経費率など、加工高の内訳となる費用の対売上比率が低く押さえられ高い利益率を達成している。オフ輪保有の好業績企業における経営指標上のもう一つの特徴は、1人当たり機械装置額が他2グループに対して非常に高くなっていることである。
オフ輪非保有企業グループにおいても、業績で分けた3つの企業グループ間の売上伸び率の差は非常に大きい。収益性の面では、業績低迷企業群の売上経常利益率が非常に悪くなってきており、過去3年の調査で2回、売上利益率がマイナスになっている。
設備力の優位性を基盤に、強力な営業力を持つオフ輪保有企業に仕事が集中して、そのような企業の規模が拡大していく一方で、オフ輪を持たない企業で経営力の弱い企業が衰退しつつある。

【その2】

2003/02/26 00:00:00