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デジタルプリント拡大のカギ

2003年2月に行われたPAGE2003で,アメリカでデジタルプリントのインフラストラクチャー整備や,デジタルプリントの市場開拓をしている団体PODi会長のRab Govil氏が,「Key Applications for Digital Print〜デジタルプリント拡大の鍵〜」と題した講演を行った。そこではデジタルプリントが進んでいるアメリカでの用途分類,各用途での成功事例の報告が発表されたので,その概要をまとめた。

デジタルプリントの2つの狙い
オンデマンド印刷やバリアブルプリントの市場規模が話題になるが,その直接の答えはない。しかし今の各アプリケーションがどういう範囲で,どういうふうに使われているかを区分けして見ていくと,ある程度先の見通しはできるとGovil氏は考える。以下Govil氏の話の要点を記す。 デジタルプリントの用途は6つに分けられる。
第1がダイレクトマーケティングで,アメリカでは非常に大きな市場になっている。日本ではこれから成長が見込める分野である。第2はTransactionalで,請求書など個々に内容の異なるプリントである。第3はCollateral Management & Fulfillmentで,パンフレットなどの営業支援ツールの分野である。アメリカではオフセット印刷一辺倒から,だんだんデジタルプリントで作るケースが増えてきている。
第4が出版で,書籍,マニュアル,雑誌,新聞,企業が発行するニューズレターまである。既にデジタルプリントが使われているが,これからは書籍や雑誌も制作するようになっていく。第5がSpecialtyで,パッケージ印刷,カード印刷などの特殊な用途である。第6はBusiness Communicationで,名刺,あいさつ状など事務印刷である。
デジタルプリントを採用する理由はさまざまいわれるが,PODiとしてはドキュメントの効果を上げることと,効率を上げてコスト削減をすることの2点だろう。この両者を兼ね備えている分野がデジタルプリントの効果的な分野である。
アメリカでは毎日DMが届けられる計算になるが,この中でデジタルの割合はまだ非常に小さい。作られるページ数では営業ツールはDMより多く,請求書などはDMより少ない。

DM
アメリカでのトレンドの第1はCRMである。データベースマネジメントが成長するに従い,デジタルプリントで行うダイレクトマーケティングが非常に伸びてきている。インターネットを使ったビジネスの上で,Eメールを顧客に送ればものが売れるので,デジタルプリントや印刷物は必要ないといわれていたが,実際はそうではなかった。Eメールにはプライバシーなど,いろいろな課題があるので,どうしても紙が必要になってくるケースが多いことが第2のトレンドである。 デジタルプリントで成功している印刷会社は,1枚いくらのビジネスはしていない。それよりも,ダイレクトマーケティングをデジタルプリントやパーソナライゼーションも含めて,どういう効果がクライアントに与えられたかでビジネスにしている。
クライアントの購買や,通常印刷物を発注している部署は,1枚いくらの世界になってしまう。うまくビジネスを展開するにはクライアントのマーケティング部門などに話をする必要がある。 ヒューレットパッカード社はユーザに対して,ハードウエア,UNIXなどの教育をしているが,2001年9月11日の同時多発テロ以来,ユーザがトレーニングを受けに来なくなった。そこで参加を呼び掛ける人の近くの会場のクラスへの誘いに,その町の写真を入れた案内状を送ることにした。案内状には個人ごとのWebページを示し,そこでクラスへの登録などができるようなパーソナライズの仕掛けである。
このプロジェクトの結果,一般的なB2BのDMのレスポンス率0.8%に比べて,桁(けた)違いのレスポンスがあったといわれている。実際にWebページに来たのは57%で,一般的にはWeb経由での登録は20%くらいだが,今回は大きく伸びた。予測の10倍の反応があったので継続して行われていて,このビジネスが30%くらい伸びた。
ボストン・シンフォニー・オーケストラは観客の数が減ってきて,聴衆を増やすための一つの方策として,Webでeマーケティングをしようとしたが,実際にはプリントが必要であると認識した。印刷物を使って観客にアプローチして,顧客のメールアドレスを登録しても良いかどうか聞いて,許可が得られればその後eマーケティングしていく。紙で許可を得る方法でメーリングリストを5000件増やすことができ,レスポンス率も2大きく改善し,チケットの販売量が20%増えている。
旅行社のBackroads Adventure Travelは,冒険的要素をもったトレッキングなどを専門にしている会社である。今まで参加した人の内容を分析すると,1回目に参加するよりも2回目,3回目に参加する人のほうがより多くのお金を使っていることが分かった。これらの顧客に対し,2つのマーケティング手法を取った。一つは100ページほどの素晴らしいカタログを送るグループ。もう一つが前回参加した旅行の写真が裏に載っているはがきを送るものである。これは,例えばカヤックの川下りツアーの参加者だとすると,「カヤックが好きなら,きっとあなたはイエローストーンのトレッキングツアーに興味があるのではないか」と勧める。この2つを比べると,絵はがきのような簡単なカードを受け取った人の反応は2倍,さらに実際に旅行に参加した人は2倍のお金を使った。100ページの厚いカタログよりも,カード1枚のほうが,単純計算では4倍の効果があったことになる。
ジーンズメーカーのリーバイスは,顧客の好みがある程度分かる情報があるので,それぞれの顧客に対してこういうジーンズがお勧めであるというDMを出した。その結果,20%増の効果があった。これは単に店で買うだけでなく,Web上での注文にもつながっている。ある靴屋では年度末になるといろいろ半端なサイズが残ってしまう。数もそれほど多くないので,セールを掛けるわけにはいかない。そこで顧客のデータベースで靴のサイズが分かっているので,例えば「サイズ9なら今こういう靴がある」というDMを送る。それを見て買った顧客の70%は電話で注文して,1人当たり45ドルの購入金額であった。残りの30%はWebを通じてオンラインで注文し,平均購入金額は120ドルであった。カード1枚のコストは1ドル必要だったが,実際カードの数で割ると,1枚当たり7ドル50の収入になる。
トヨタはユーザがWeb上で,どういう車が好きか,その車でどこに行きたいかということを入力する。4日たつと,行きたい所の写真と,乗ってみたい車の写真が写っているカードが送られてくる。これは,売るという目的はもちろん,ブランドを浸透させるのに非常に効果があった。

Fulfillment
従来は何万部も営業支援ツールを印刷して倉庫に置いておき,必要に応じて営業マンが使っていた。倉庫に眠っている多くの物が古くなって使えなくなる。デジタルプリントを使うと,Webと連動させるのも一つの手だが,最新の情報に基づいた営業支援ツールを作ることができる。 家具屋のHONは,例えば顧客がディーラーに電話して「机が欲しい」というと,営業マンが200〜300ページあるカタログの机のページにポストイットを貼り,営業マンの名前を入れて送っていた。また1月に新製品を出してもカタログが用意されるのが3月だとすると,1月から3月までは製品が売れずに倉庫に眠ってしまう。
デジタルにする際は,営業マンはWebでテンプレートを使って対象となる商品を選ぶ。それを手元のデスクトッププリンタでプリントして顧客に送ることもできるし,印刷会社に情報を回して品質の高い印刷物を作ることもできる。また,情報をEメールでそのまま顧客に流すこともできる。顧客は机を200ページのカタログ中から探すのではなく,4ページの簡単なカタログに必要な最新の情報が載っている。しかも瞬時に提供される。
デジタルに移行した結果は,単価は高くなったが,200ページのカタログを作る量が減ったので,相対的に見ると45万ドルもセーブすることができた。印刷会社にしても,1枚いくらというビジネスだけでなく,その上にWeb上でのシステムも関与して制作したので,そこで収益を上げることができた。
ソフトウエア会社Baanはパンフレットを作るにあたり,無駄が多くなるので,少し違うコンセプトをもった。それは1枚いくらと見るのではなく,実際にユーザから問い合わせがあってユーザに渡したパンフレットが1部いくらしているかという見方である。デジタルプリントにして,ユーザに渡す物のコストは,何万部も刷っておいて無駄にする物よりも少なかったということである。

Transactional
請求書など,従来はあらかじめ印刷しておいた紙の上に請求金額などを打っていたが,それをデジタルプリントで送る相手にいろいろなメッセージを伝える物にしたい。アメリカの投資会社の副社長は,請求書は顧客が必ず開いて目を通すドキュメントなので,マーケティングのドキュメントになり得ると話した。
ヨーロッパの金融会社Postbankenは,通常,顧客が投資したものの運用がどうなって,さらにどういう商品があるという15ページくらいの資料を送っていた。しかしデジタルに変えることで,もう少し細かい情報,顧客から預かっている金額がどういうところに投資され,そこがどういう利益を出しているかというチャートを入れたりして,顧客満足度を上げることに成功した。 Principal Financial Groupでは,年金の運用で,従来は文字だけで顧客から預かったお金をどう運用するかを説明する15ページくらいの資料を送っていた。顧客はそれを読んでも分からないので,カスタマーコールセンターに頻繁に電話で意味を聞いてくる。そこでデジタルに変えて,できるだけグラフやチャートを入れるようにした。それでもページ数は5ページにすることができた。それを顧客に送ることで満足度も上がり,コールも減った。ここはColorDocutech60を10台くらいで作業をしており,1ページ当たりのコストは従来の印刷物より上がるが,相対的なコストはページ数も減っているのでそれほど変わっていない。その代わり,顧客満足度も上がり,PDFで情報を提供することもできるようになったので,相対的な効果は非常に大きいものがあった。
Pacific Northwest Bankでは,合併すると前の銀行に口座をもっていた顧客が15〜20%の割合で他行に移ってしまうことを防ぐために,パーソナライズされた資料を顧客に送った。アメリカでは小切手の口座などもあるので,合併後はさらにこれだけ良くなるという資料を送ると,15〜20%のロスが減ったということである。

広がるデジタルプリント
サッカーの欧州選手権Euro 2000では,デジタルプリントでチケットを印刷した。これはデータベースに基づいて,チケット自体がパーソナライズされている。買った人の名前も入って,その人の嗜(し)好に合わせた情報も,Euro 2000のスポンサーである企業のなかから適切なものの広告やロゴマークが入れていく。また,簡単に複製されないように,いろいろな手法が取り入れられた。自分の名前が入っているので,ダフ屋のように転売するのが難しくなる。これで偽物を作ろうとした人もいたようだが,ことごとく失敗した。
パッケージングの例では,あるメーカーが新しい製品を出して,そのパッケージを作る場合,Webで箱屋のサイトに行き,こういうイメージにしたい,こういう大きさにしたいというものを入力すると,4日以内にそのとおりの箱が手元に届く。どういうパッケージになるかを見ることもできるし,商品をそれで発表することもできる。このリードタイムは48〜72時間と,非常に短い時間でできるようになってきている。
日本でも最近少しずつ増えているが,アメリカでは商品クーポンが非常に多く使われている。顧客がWebサイトに行って自分の興味がある商品を登録しておくと,その消費者に対してメールなどでパーソナライズされたクーポンが届く。それはその消費者があらかじめ登録しておいた関心のある商品だけ,関心のあるブランドだけである。それをスーパーなどで実際に買う時に提出すると,何%か割引になる。このWebサイトでは100万人くらいの登録ユーザがあり,1000万くらいのクーポンが発行されている。
グリーティングカードもデジタルに移行される分野である。カードの消費が非常に多いので,この部分でのデジタルへの移行は非常に大きな効果をもつと考えている。(文責編集)

『プリンターズサークル 3月号』より

2003/04/04 00:00:00


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