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次世代印刷経営 : 身のまわりにも驚く変化がある

塚田益男 プロフィール

収穫逓増の思想

アメリカのブライアン・アーサー博士は収穫逓増という概念を、何度もコンピュータ上でモデルを作り、シミュレーションを行い、経済学の概念として確立するのに努力した。私が収穫逓増をいい出したのは学問的にそんなに複雑な思想に基づいたものではなかった。私は東大農業経済学科の出身だから、収穫逓減という概念は学生時代から体にしみついた概念だった。その反対概念として収穫逓増を印刷経営に援用したのに過ぎない。しかし、この概念は現在の日本社会や印刷経営を理解する上で重要なものになった。

逓減と逓増という言葉はコインの表と裏のようなものだ。何らかのエネルギーが使われれば、その反作用が必ず現象として表われる。その現象が元の現象より大きくなれば逓増であり、小さくなれば逓減である。農地に肥料をやるとはじめの数年は毎年収穫が増えるから逓増効果があるが、肥料をやり過ぎると逆に収穫は逓減するようになる。
同じことが国の財政投資にも見られる。高速道路を国民の税金で作る。東名高速のように人口の多い地域を結ぶ道路なら経済効果も大きいから逓増効果である。しかし、財政出動を人口の少い地域にまで広げ、自動車の走らない高速道路建設を続けるなら、それは政治家、不動産屋、ゼネコン間の利権がらみの計画であり、日本の経済活力を削ぐ逓減効果である。

印刷界ではどうだろうか。20年位前は枚葉4色機だとか多色オフ輪という設備投資を行い、場合によっては経営体の中でスクラップ&ビルド(SB)計画を実施し、印刷需要増でも人員増を防ぎながら対応した。投資に見合う利益を確保することができたので、収穫逓増のパターンだった。このパターンは需要増、土地本位制、間接金融などが定着した工業化社会の時代だけに通用するものだった。情報化、多様化、知識集約化、サービス化、少子高齢化、国内市場縮小、グローバル化という時代になったら、この投資戦略は全く逆方向に作用する。

少々のSB計画を行っても新投資の供給力増はどうしても大きくなってしまう。また技術進歩ははげしいから追いかけたらきりがない。オフ輪は高速化し、48ページと大型化し、後処理設備と連結して特殊設備になる。枚葉機は8色パーフェクター付きのものが普及する。経営者の頭は簡単には時代の流れに対応できず、技術と設備の話が好きだから誘惑にすぐ乗ってしまう。持合せのお金をはたいてでも設備する。
この結果は高い設備だから移動時間を24時間体制にする。生産力は増える一方で需給アンバランスになる。仕事が欲しいので価格を下げる。価格を下げても競争がはげしいから仕事は取れず、また価格を下げる。それでも仕事は埋らない。結果は累積赤字を出す一方だ。これを印刷界の収穫逓減則という。こと悪いパターンを逓増のパターンに戻そうと思っても、一度高額な資本投下をしたら容易には戻れないものだ。

逓増の道を探すなら、先づ時代の流れを自分の周辺でじっくり見直すことだ。驚くような変化が見えてくる。その中で新しい投資戦略も見えてくるだろう。新世代の資本投下は設備ではなく人間だということになるだろう。そこから新しいビジネスパターンを考え直すことになる。

クロスメディアの時代

クロスメディアとは紙・印刷のメディアと電子メディアとを二者択一、相互補完、共存させることをいうのだろう。いづれにしろ、紙メディアが強かった社会の中に電子メディアを入れていくことになるのだから、情報量がそれほど増えないとすれば紙メディアのシェアーは小さくなる。その程度は誰にも分らない。eペーパなる言葉も出て、電子メディア一色になるという人もいるが信用できない。
さて、クロスメディアを印刷経営の内と外で考えることになるが、外で考えることになるが、外という時は印刷需要が小さくなって電子メディアが強くなる話だから、社会的な代替需要の問題として別に議論する必要がある。ここでは印刷経営内部の問題を論じよう。

いま世界の印刷技術で一番の関心事はCIP3、PJTF、JDFという言葉だろう。宇宙語みたいな言葉だし、誰が言い出したものか知らないが、私は好きになれない言葉だ。しかし一般に使われ、印刷機材展などに行けば業界共通語みたいな顔をしているので使わないわけにはいかない。
CIP3とはコラボレーション・フォー・インテグレーション・オブ、P3(プリプレス・プレス・ポストプレス)の頭文字をとったもの。プリプレス、印刷、後加工の3分野を技術統合するための協調システムのこと。プリプレスの画像情報を読みとり装置を使ってインキング装置とリンクさせ、その結果をディスプレイに表示させるのも統合技術の一つ。印刷と後加工の統合の問題は用途別に多様なものが考えられるから、各社で開発しなくてはならない。

PJTFとはポータブル・ジョブ・ティケット・フォーマットの頭文字をとったもの。これを言い出したのは、Adobeだから一般用語として使うには問題がある。しかし他に誰もJTを使った別の言葉をいわないから使わざるを得ない。勿論、同じような思想にMIS(マネージメント・インフォメーション・システム)があるが名前だけで中身がはっきりしない。私は昔から印刷経営で一番大切な情報はジョブチケット(JT)(受注伝票)だと言い技術協会の諸君にも指導をしてきた。受注から発送までのデザイン、編集、生産、加工などという長いプロセスを経過する中で、仕様情報、技術情報、生産情報、変更情報などがその都度「入力」され、その結果がプルーフ情報、進行管理情報、コスト情報、顧客請求情報仕掛りや在庫情報などとなって「出力」される。
昔は紙の伝票を沢山使い、その伝票を追いかけて経営をしてきたが、それをすべて電子メディアというディスプレイに変えてしまおうという試みだ。印刷段階などで必要な時は、紙伝票をその場で出力すれば良いというものだ。これも各社で取扱品目が違うからネットワークやワークフローは各社別に作らなければならない。

JDFとはジョブ・デフィニッション・フォーマットの頭文字である。CIP3という生産部門の情報と生産の管理情報を使い、印刷経営全体の情報を一元化しようというものである。 まだ実用可能なワークフローができていない。私自身はジョブチケットのデータとCIP3のデータとの統合を図る方がよいと思っているが、JDFの意図するワークフローが不明なので論評を避けたい。

私はCIP3の方の開発は主としてメーカー側にあると思うし、プリプレスとプレスの統合はほぼ技術的に完了しているので、こちらの普及はかなり早いと思っている。プレスとポストプレスの統合は印刷会社を巻込んで用途別に開発しなくてはならないし、設備投資も大きくなるから普及は遅れるだろう。それにしても5年もすればCIP3の実体をあちこちの印刷工場で見ることができるようになるだろう。

PJTFの開発、普及は私は10年以上かかると思っている。これは技術の問題より、経営者の頭の切りかえ、思想上の問題がからむからだ。一つは会社の中を営業部門と生産部門と二つに分ける管理思想が必要だということ。この二つを結ぶ管理思想と社内仕切価格の設定がなければ、社内ネットもワークフローもできないからだ。もう一つはコミッションセールスの思想である。コミッションの財源は販売費及び販売管理費である。現在の印刷界を見ていると、営業マンは受注活動だけで利益のことは考えなくても良いとされる。利益を生むのは製造部であるという。そして製造部は受注単価を見て赤字になると思えば外注に出して叩くという発想である。自動車、家電メーカー、ゼネコンなどどこの大会社でも行っていることだが、この管理思想の中ではPJTFなどというワークフローは不必要である。

こういう実態の中でJDFという思想は早過ぎてワークフローを作ることは無理だろう。すなわちJDFは言葉のお遊びというわけだ。私は長い間業界指導をし、その間、カタカナが多いと叱られ、理想に走りすぎると叱られてきた。CIP3、PJTF、JDF、こんな言葉も浮ついた思想と叱られることかも知れないが、忘れてはならない次世代経営の合言葉になるだろう。

続く

JAGAT大会2003が、6月11日(水)に決定!!
テーマ:未来をつくる組織へ〜企業と個人のマッチング

2003/04/30 00:00:00


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