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クロスメディアが印刷の明日を拓く

印刷の制作工程はデジタルカメラからCTP・DI印刷機までデジタルで貫通してしまったが,印刷物制作のデジタル化もWebによる情報発信も,本来デジタル化で期待される効果を発揮していない。EメールやWeb,携帯電話など新たな情報手段が登場したが,それらは個々に離れて存在するのではなく,1つのコンテンツがさまざまに形を変えて現れるようになった。印刷会社にとって,電子メディアは印刷のソースを前提にした印刷のオプション的な位置付けであったものが,顧客の求める出力形態には何でも応じられるような,メディアニュートラルなシステムを構築することが必要になっている。つまり,主たる収益が印刷から出るのではあっても,土台はクロスメディア対応に作り変える必要が出ている。今回は,クロスメディアへの対応について,他業界の動き,対応するツール面などから取り上げる。

クロスメディアという戦場でだれが生き残る?

Webはビジネスにも日常生活にも溶け込み,メディアとして新聞やTVと肩を並べるといってもいいほどになったが,ではWeb業界というものはあるのだろうか? Webメディアは市民権を得た。しかし,作るほうにしてみると,顧客に求められるので金にならなくてもやっているという雰囲気は,印刷営業に伴ってWeb制作も引き受けざるを得ない状況からも理解できよう。
デジタルメディアで業界が形成されているのはゲームくらいで,後はまだ産業としては自立してはいない。どこかの仕事との兼業で無理やりビジネスを成立させているだけの黎明(れいめい)期であるといえる。電子メディアが次第に秩序だっていくなかから,それまでの経験で効率的な仕事のやり方をノウハウとして固めて,収益構造を見つけた集団が,「業界」を形成するようになるだろう。

ITを取り巻く魑魅魍魎(ちみもうりょう)

IT関連は成長分野ということでもてはやされた揚げ句の果てが,バブルの崩壊であったことは記憶に新しい。2000年ころは荒唐無稽なECのビジネスプランが多く出現して出資金を集めまくったが,ほとんどは倒産していった。この分野にはあらゆる業界からの参入があったが,当然というか生き残ってビジネスをしているところは,もともと資質をもっていた業界である。
今でもさまざまな業界が電子メディアビジネスで活動しているが,それら業態を大まかに整理すると,いわゆるITベンダーと,コンテンツの制作加工,メディアを使ったサービスビジネスの3つに分けられるだろう。
ITベンダーとはコンピュータ関連業界であり,コンピュータそのもの,OS,データベース,ミドルウエア,アプリケーションソフトなどの開発を行っているところと,それらを使って個別顧客ごとのシステム的問題解決を企画開発するところである。特に後者はSI(System Integrator)とかエスアイヤーと呼ばれ,技術の核心であるインターネットやXMLなどの新技術動向に明るく,かつ専門知識も最も蓄積しているところでもあり,IT時代の寵児(ちょうじ)的存在である。
コンテンツの関連は,紙媒体・アナログ時代からのコンテンツの権利保有者なり管理者であるコンテンツホルダー,クリエイター,編集,出版,オーサリング,情報加工,ポストプロダクションなどなどである。印刷会社もDTPを始めとするデジタル化で,この世界に連なるようになった。とりわけ既存のメディア制作と平行して電子メディアを立ち上げつつある過渡期においては,最新技術を取り込んだ技術的な洗練さよりも,今までのように日常の仕事をこなしながら無理のない電子メディアの導入が重要であるため,この分野での負担は重い。それは,まだコンテンツが多メディアに使えるような基盤ができていないからである。
サービスとは,印刷会社からするとクライアントそのものかもしれない。物販や教育産業などは,商品や教材を仕入れて,マーケティングして売るとか,生徒を集めて教育・評価をする。その業務や管理サイクルを効率的に行うために,メディアやITを使うのである。つまり収益はメディアによってもたらされるのではなく,本来業務から来るのであり,本来業務の改善手段としてメディアがあるという位置付けになる。基幹業務のシステムは自前で構築運営しているので,そのシステムとメディアのシステムを連携させることが課題になる。Webなどの応用が世の中で最も目に付きやすい部分でもある。これらビジネスの運営に関してアウトソーシングを請け負う会社もある。
実際には上記のIT,コンテンツ,ビジネスの立場とは別に,メディア戦略のコンサルタントやシステム構築のディレクション・コーディネーションをするビジネスもある。このように,これからの成長分野ということで,さまざまなプレーヤーが入り乱れているので,中には怪しい業者がいたり,各プレーヤーの資質や能力を見間違えたり,それぞれの関係作りがうまくいかなかったりする。また,法律や慣習の壁をよく理解してないために,せっかくデジタルメディアを使って意味のあることをしようとしても,挫折してしまうこともある。
一度失敗するとITは鬼門のように思いがちであるが,ビジネスがうまくいかなかった自分自身の原因を追求することなしに前進はない。それはどの立場でも同じであり,別の言い方をすると,デジタルメディアやITのリテラシー(後述)の問題になる。デジタルとネットワークの結合による効率化もリスクも,今まで未経験のところが多いので,過去には仕方がなかった面もある。 これから電子メディアが情報ビジネスの大きな柱になっていくとすると,メディアに関するサポートビジネスの大半はベンチャー的な一攫千金を狙うようなものではなくなり,ゴールドラッシュの時代の「ジーンズやスコップ」のように,地道で供給力も品質も安定的なものが望まれるようになるだろう。

黄金のトライアングル

電子メディアのビジネスが有効に機能するのは,冒頭の3つの業態がお互いの特徴を発揮してうまくバランスした時である。
IT・SI屋さん,コンテンツ屋さん,事業運営側というように考えて,まずITの仕組みでどのようなことが可能になるかの提案は,IT・SI屋さんが行ってシステム構築をするが,そのシステムに乗せるコンテンツの面倒までは見ない。
コンテンツは日々変化していくものであり,その内容の適切さや表現の良しあしはシステムとは別物である。ここは一般に今までのグラフィックアーツの世界に近いものであるが,従来の印刷用のコンテンツをなるべくそのまま流用することを前提にするのではない。システム化に合わせて,従来のような手間を掛けないでできる仕組みを考えなければならない。
こういったシステムを運用してビジネスの改善をしようというところは,メディアの電子化だけでなく,電子調達やサプライチェーンマネジメント,マーケティング,ユーザサポートなど業務の土台のIT化をする必要がある。そうしないと,せっかく24時間オーダーが受け付けられるようにしても,欲しい品物が探し難い,肝心の品物がなかなか届かない,親切でないと評価されて,ITへの投資を生かすことができない。
このモデルは,前述のB2Cの物販でもeラーニングでも同じで,それぞれの実績があるところのIT能力のレベルがそろってきた段階で,トライアングルがうまく噛み合いだして,世の中のビジネスモデルを大きく変えることになると思われる。
なお,出版やソフト販売などは情報そのものが商品なので,コンテンツと運用が一体になった業態と見なせる。それまでの不均衡な段階では,お互いにうまく協力できるところが,e-ビジネスなどで先行することになろう。
もはや1社で何もかもできる時代ではないし,どこかカギとなるところを押さえれば,後は他社を下請けに使って,おいしいところを独占できるものでもない。それぞれの業態に要求される資質は大きく異なっており,お互いの能力を尊重してパートナーシップを組むことで,大きな仕事が成し遂げられるようになるのである。

メディア制作の担い手としての印刷

電子メディアに関わる上記の3業態の中で,IT・SI屋さんも事業運営側も電子メディア以前からの延長上の仕事をしているのだが,コンテンツの加工に関しては電子メディアになって,どこにも主人公といえる業界がないことは冒頭に述べた。
そんななかでは,印刷業はWeb制作でも全国の需要の相当量をこなすようになっている。大手印刷会社では,それぞれ子会社を含めて計数百人の部隊が電子メディアの企画・制作からSI的エンジニアリングまでに従事している。中小印刷業でも得意先ニッチ型の入り込みをしているところは,印刷物の延長としてWebやパッケージ電子メディアの企画・制作をしていて,多くの場合はSI的なところは外部パートナーと一緒に仕事をしている。
それと比較すると既存のマスメディア関連の会社は,これから電子メディアが成長したらしたで,既存メディアが減るのではないかという両刃の剣的な性質ゆえに,大胆に電子メディアの事業には進出できていない。まず今のビジネスとしては既存メディアの守り固めが優先し,ただ電子メディアがブレイクする時の保険としてプロジェクト的に一部取り組むというところが多い。そのためにWeb上で勝負に出ているのは新興のメディア企業が多い。
SI屋さんは手離れの良いシステム中心で,コンテンツにはタッチしたがらないことは前述のとおりである。また,Web化の取っ掛かりには必ずお世話にならなければならないデザイナーも,WebをきっかけにSOHOから企業化するわけでもなく,やはり素材のクリエイトが中心で,量的な制作請け負い能力はない。
結局はコンテンツ制作の世界がどうなるかを消去法で見ていくと,印刷業界が請け負う部分が大きいだろうことが分かる。これはWebがIT絡みといえども,SI屋さんも事業運営側もやりたがらない仕事が山ほどあるということでもある。このことは多くの印刷業者が感じ取っていることでもある。2002年に行われた全日本印刷工業組合連合会のアンケートでも,回答数の2割が何らの対応を始めている。対応するつもりのあるところまで含めると,回答数の半分はその方向に進みたいことになる。もっともアンケート未回答の企業も含めて推定すると,全印刷会社のうち電子メディアを手掛けるのは1割くらいになるのかもしれない。しかし,それでも4桁の企業が電子メディアの制作をするようになると,やはり印刷が電子メディアの供給業界のトップになる可能性は高い。
JAGATが2002年6月に行ったアンケートでは,DTPなどとは別に電子メディアの専任スタッフを抱えるところが既に過半数あり,システム管理者を置いているところも同じくらいであった。主な仕事は,従来の印刷の延長上のCD-ROMやDVDなどのパッケージメディア制作の売り上げが多く,これらは電子カタログ・電子マニュアルの分野であり,今後オンライン展開するのに従って,データベースやコンテンツのハンドリングを強めたい意向が見られた。
現在は,特に印刷そのものの需要減に直面しているので,既に取っ掛かりのある何らかの仕事で将来伸びそうなものを考えると,必然的に従来,紙で提供してきたコンテンツを電子メディアの形でも提供することで,売り上げの足しにしようと考えることになる。ただしこのアンケートで見る限り,電子メディアによる売り上げが全売り上げに占めるパーセンテージは,平均すると1桁である。しかも下のほうと見られるので,考えようによっては期待が高すぎることになりかねない気もする。

クロスメディア化の課題

印刷業が考える紙と電子メディアの両方を提供するクロスメディアビジネスと,電子メディアの増加の背景にある顧客側で今起こっていることの実際との間には,いくらかのギャップが感じられる。顧客側で,従来ホストコンピュータで閉じた処理をしていた基幹業務のシステムが,ダウンサイジングでインターネットと親和的になり,これまで別々のシステムが社内のLANで融合しだすなかで,顧客社内で本来業務とドキュメント・情報管理も融合する。
かつては印刷発注は基幹業務やドキュメント・情報管理とは別であったのが,社内情報システムで管理されているものが印刷およびWebなど,対外的メディアのソースになりつつある。
図版も写真も会議資料もメッセージも広告コピーも,あらゆる情報が最初からデジタルで扱われるようになったから,デジタルで情報管理されるのは当たり前である。そうなったことがメディア作りのパフォーマンスアップにもなるようにしなければ,得意先の問題解決にはならない。だから,ただ「印刷原稿をくれ」ではなく,原稿データがうまく流れる仕組みを提案しなければ,クロスメディアビジネスは成り立たないのである。
得意先のデータ管理がIT化で進んでも,コンテンツ制作の世界が手作業では得意先の期待するような効果は出ない。また得意先にとって効果が出るとは,従来の広告宣伝の費用は一定のままで,印刷媒体も電子メディアも作れるようになり,それらが相乗効果でビジネスを押し上げることである。だから印刷に加えて電子メディアの仕事をしたからといって,印刷会社の売り上げが上乗せできるようなものではない。
得意先にとっては1万円のものを売るのに,広告宣伝のメディアが何であろうとも,広告宣伝に費やすことのできる支出は変わらないのである。だから,印刷の仕事が「1」で電子メディアの仕事が「1」で,この「1+1」に対する支払いが「2」ではなく「1」になるようなのがクロスメディアの行き着くところであろう。そのためには印刷も電子メディアも,制作の効率化をもっと進めて,従来の半分の手間で作れるようにしなければならない。
印刷産業にとっての課題は,IT化によって紙も電子メディアもトータルで効率的にできる土台から作り直さなければならないことである。それは,過去10年近く行ってきたDTP以来の手作業の方法を捨ててでも,「印刷も出力のone of them」という制作の共通の土台を構築しなければならない。これは実は唐突なことでもなんでもなく,今日騒がれているXMLの応用で最も何とかなりそうなことが明らかになってきたということである。
つまり,今までのゴリゴリのDTPが時代遅れになっているともいえるのである。また電子メディアという「デジタルの製品」を作るのは,印刷とわけが違うところがいっぱいある。例えば印刷物は多くの人に見せるのが目的だから,試験問題とか機密文書は別にして一般の印刷物作成の作業場には,特段のセキュリティは配慮していない場合が多い。しかし得意先とデータが行き来するようになると,得意先と同じセキュリティレベルであることを証明しないと,仕事のパートナーにしてもらえないケースも増えている。
メディアといっても,それぞれが歴史をもって,それぞれ固有の文化をもっている。ところが仕事がクロスメディア化すると,その「文化差」が障害になる場合もある。黄金のトライアングルでクロスメディアの仕事が利益を出すようにするには,自分たちの過去の経験からだけ判断していてはつまずきの元であり,まず関連業界の技術やビジネスのルールなどに関するリテラシーの獲得から始めなければならないのである。

月刊『プリンターズサークル』2003年1月号より

2003/06/02 00:00:00


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