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書体を踏まえないで、字形の話はできない

小学生の子供が勝手に漢字を覚える場合、印刷物を見て書き写していると、肩の第1画を横棒にしたり、冷の右の今の下のマがコザトのようになったりなど、混乱させられるし、学校でも矯正されることになる。漢字教育に関しては小学校の行過ぎた点画主義と批判される面もあるが、小学校以外の世界で標準字形が徹底していないことが、教育現場のかたくなさを生んでいるともいえる。

学習用漢字は教科書体で表すのがしきたりであったが、学習印刷物制作の便宜のために明朝もそれに習った字形のものが提供されるようになった。これはフォントデザインとしては奇妙なことであるが、実は中国も台湾もそれに似たことをしてきた経緯がある。ユニコードのCJK(ISO/IEC10646、JIS X 0221)では中国・台湾・日本・韓国の例字があるが、中国や台湾はサンプルフォントだけの問題ではなく、かなり標準字形を決めて、公用文書にも使用を義務付けていると聞く。

台湾の印刷技術協会に行ったときに、古典文学でもない限り、字形差の要望で外字を作らねばならないことは滅多にないという話を聞いた。中国と台湾では若干字形の整理の仕方が異なるが、言偏や戸など書き出しが点で始まるものは、横棒の字形は許していない。曽は曾のような「ハ」ではなく「ソ」で揃えようとしている。ところが日本の常用漢字外や韓国は「正字」を基準にしていると見えて、言は横棒で始まり、曾など「ハ」のようなすそ広がりを上に載せる傾向がある。

日本や韓国がそうしたのは、300年前の康煕字典に習っているからである。これは明朝の活字化全般にいえることだが、ところが康煕字典がそうであったからといって、中国でそのような書き方に統一されていたわけではなく、点で始まる言ベンも木版の時代にずっと存在した。ただ康煕字典の特殊性として、揺れた表現をするわけにはいかず、字形エレメントに何らかの基準を作らざるを得なかったと考えられる。

字形の基準を考える場合に中国では漢字の成り立ちを前提にするので、古代の標準字形である篆書を紐解くと、言ベンは横棒となり、「平」の中の点は「ハ」になる。それはあくまで成り立ちに帰った場合であって、康煕字典の本の中では統一できても、過去千数百年の漢字を書く標準はもはや篆書ではなく、隷書・楷書になって表記は多様化していた。だからすべて康煕形に合わせることは、現代中国でもできないので前述のようなCJKの例字になった。

さらに古い篆書は現代の基準にはなりにくい。篆書から隷書に移る時点で文字のエレメントの標準化が大胆にされたからで、馬も魚も鳥も足が4点になった。「左右」は篆書では手の形が左右対称であったのが、隷書では「ナ」に揃えられた。「平」は隷書では「ハ」のままで、楷書で「ソ」になるように、隷書には篆書の痕跡が残ってはいるが、書き文字の整理に向かう大きなステップであった。

今日ふたたびAdobe1-5、JIS漢字の拡張や表外漢字と、字形の議論が起きているが、前述のような書体の進化における字形の変化や、字形整理の方向性を踏まえないで、自分の要求だけをするような態度になったとすると、国内でいつまでもまとまらないし、また中国との国際的な話し合いもできなくなる。漢字の国、中国では簡体字を使う現代でも隷書や篆書が生きて使われているからこそ、字形エレメントは日本ほど揺れていないと考えられる。

日本国内でこのような問題で悩んできたのは活字制作・フォント制作の世界である。フォント制作は見た目のデザインだけをしているわけではなく、字形のあり方も同時に考えなければまとまらないからである。書体を踏まえないで、字形の話はできない。印刷の世界に身を置くものとしては、身近なフォントを通して字形問題の本質を考え、社会的にも発言して貢献していければよいように思われる。

関連情報 : フォント開発側からみた書体と字形

2003/06/29 00:00:00


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