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大変なことは忙しい時にこそやれるのだ!

(株)尚文堂印刷所 代表取締役 小野隆司

 
1.社長がチャレンジした訳
「DTPエキスパート」それは大変難しい試験。今まで私はそう思っていた。私の知っている同じ印刷業の仲間内でも,この資格をもっているSさんがDTP関係の話をする時,皆がごもっともごもっともとうなずいている。私もそのうちの一人であった。メーカーのセールスも名刺にDTPエキスパートの文字が入っていると,その話に私もついついより以上に耳を傾けていた。社員には,挑戦してみろと言ってはいたが,その試験を社長の私が受けることになるとは……。

栃木県印刷工業組合は,昨年組合事業の一環として組合員企業のISO9001取得とDTPエキスパート認証取得講座を行うことになった。そして,私がこのDTPエキスパートの認証講座を担当することになったのである。講師や会場は決まっているが,受講生は決まっていないからこれから集めなくてはならない。各社に認証試験講座の案内を出して受講生を募集した。個人で東京まで講習に行き受験することを考えれば,費用も安いし参加者もすぐ集まるだろうと安易に考えていたが,3月16日の年度末が試験ということもあり思うように集まらない。

私もわが社の社員に対し,この資格を取得するための勉強がこれからの仕事の上でどれだけ必要かということを話し,講習会と受験費用は会社で負担する。また,合格すればそれなりのことは考えると話し,1週間の猶予を与えた。しかし,申し出てきた者はゼロ。営業とDTP関係者を中心に個別に話を聞いたが,「チャレンジしてみたいが,年度末で仕事をこなしていくのが精一杯,とても勉強している時間はないですよ」という返事。やはり,不合格になるのが怖いのか。年配の幹部社員も「あと10年若かったらチャレンジしてみるのだが」と言ってくる。私も彼らの話が分からないでもない。しかし,とにかく受講者を選び資格を取らせなければならない。私が見て,比較的時間に余裕がありそうな社員2人を強制的に受講させ受験させることにした。半年前に企画部から営業に移ってきたM君とMacのオペレータT君である。M君は4年前にDTPエキスパート試験を受けているが不合格になっていたので,私が声を掛けたのはちょうど良いタイミングだったのかもしれない。何せわが社には,まだDTPエキスパートがいないのである。私自身,早くわが社にもとは思っていたが,延び延びになってしまっていたのである。これから,社員に取得させるにもトップがこの資格を取らないと強制力は出てこない。しかし,3月の年度末,私はとにかく忙しいのである。社長になる前から担当している営業関係の得意先は,かなりの部分ほかの営業に渡しているが,まだまだ大事な仕事の最終チェックは私が見ている部分も多い。特に3月末納期に集中する。2月から3月に掛けて仕事が終わるのは早くて10時,それから帰って勉強かと考えると…。でも,せっかくのチャンスだから私も受けてみようと思った。
以前,私は仕事の上で知り合い親しくさせていただいていた方にこう言われたことがある。「大変な仕事は,忙しい人に頼むのが一番確実だ。忙しい人は時間の管理ができるから。集中しなければ確実な仕事はできないよ」と,その言葉を思い出したのである。まさに崖っ淵の決断である。受けるからには落ちるわけにはいかない。

結果的に今回の講座は29人の受講者で始まった。12月中旬に第1回目の講習が始まり,いきなり200問の模擬テスト。1問5秒程度で答えなくてはならない。実際のテストは700問以上と聞いている。これは,中途半端な勉強では突破できる分量ではない。毎回の講習で渡されるカテゴリーごとの問題集,その問題を5回の講習で一通り解きながら,先生の解説。とても独学で突破するのは無理だろうと思った。私にとって紙,印刷,製本に関する問題は,日々の業務のおさらいという感じで分かるのだが,DTP関連や色の問題になってくると,頭を抱えたくなる問題の続出である。とにかく時間を作っては過去問題を解くことにした。試験前の1週間は,集中的に問題を解いていったのである。
今回の受講者は比較的年齢も若く,皆さん熱心に受講していた。おそらく合格者も多数出てくれるのではと期待していたのである。

そして,いよいよ試験当日。目の前に試験問題と解答用紙が配られる。その分量は,かなりの厚みがある。少しドキドキしている。何10年ぶりかの緊張感である。前半2時間で360問,時間がこんなに短く感じられたのは初めてである。そして,後半の2時間はさらにグレードアップ,何とか終了という感じであった。わが社の2人の社員もできる限りやったという感じであった。学科が受かっているか落ちているか分からないが,あとは課題制作に全力で取り組むだけと思っていたが,あれよあれよと時間が経ち今度は課題に追いまくられることになった。社員2人は仕事そっちのけで素晴らしい旅行パンフレットと指示書を作成している。本当の仕事でもこれだけ丁寧に仕事をしてくれれば助かるのになあ,と思いつつ,私も旅行パンフレットを選んだ。締め切り前2日間は,これが抜けている,あれも入れなくてはとまさにエンドレスであった。ある意味,私にとって学科試験より課題制作のほうが大変であったが,何とか締め切り日の消印で投函したのであった。

5月16日朝,営業のM君が,「社長,合格しました」と私のところにやって来た。T君はどうだ,私はどうだ,と聞くと,3人とも合格ですと言うので,目の前のパソコンを立ち上げJAGATの19期合格発表を見た。確かにそこに私の名前も載っていたので,ほっと一安心。ただ,今回の講習会の合格率は36%とちょっと低かった。今回落ちた方の再チャレンジも期待して21期の受験講習会も開くことにしたいと思っている。

2.今後の取り組み
わが社は,創業53年の印刷会社で,社員の平均年齢も高い。私は,15年前に全くの異業種から転職してきたのであるが,前社長の娘婿ということもあり,入社当時から将来の業界の動きには関心をもっていた。当時は,わが社の版下制作の中心は写植と活字であった。印刷機は立派なものがあったのだが,より早く版下を作らなければ印刷機を回すことはできない。当時いろいろな組版専用機が発表され,私も関心をもって研究し,導入した経緯を思い出す。また8年前にMacを導入し周辺機器も充実してはいるが,何よりも大事なのは人材の育成である。一昔前まで印刷技術はクローズされたものであった。しかし,DTPの普及により,その技術はオープンになり,だれでも簡単に参入できるようになってきている。それにより,価格競争はギリギリのところまできている。一口に提案型営業と言ってもなかなか難しい。少なくとも,お客様がどのような最終印刷物を望んでいるのか,予算内でできるようにするためにはどのように作成すれば良いのかなど,さまざまな選択肢を考える力が要求される。一番大事なのは仕事に対するお客様の満足と安心感。そのためには知識に基づいたコミュニケーション能力は必要不可欠であり,このDTPエキスパートという資格は有効な武器になると思う。私が親しくしているデザイナーもこの資格を取ってから私に対する信頼感を増したような気がする。これからも社員教育の一環として,受験させようと思っている。受かってくれるにこしたことはないが,たとえ受からなくてもその間に勉強したことは,決して無駄にはならない。私も自分で経験したからこそ自信をもって,言えるのではないかと思っている。
もう,「時間がないから,無理です」とは言わせない。

 
(JAGAT info 2003年8月号)

 
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2003/08/10 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会