O氏 若手だが中堅印刷会社で組版の実質的責任者を務めるオペレーター。同じ60年代生まれということもあってH氏とは飲み友達であるが,H氏の仕事は厄介なものが多く,いつもエラい目にあっている。
H--- JAGATのGさんに「何かしゃべれ」って言われたから頼むで。
O--- これって,好き勝手なことしゃべっていいんだよね?
H--- かまへん,かまへん。匿名にしてくれるから。ただしヤバい話はあとで赤字が入るけど。
O--- 早速だけど,近ごろの編集者ってどうして原稿整理できないの?
H--- うっ…早速かいっ! でけへんっちゅーのは?
O--- つまりさ,「とりあえず流し込んでみて」と,こうくるわけよ。で,初校ゲラ出したら,それから用字・用語の統一を始めるわけ。だから莫大な赤字が入るんだけど,それって編集者にとっても負担が大きいと思うんだよね。
もちろんこっちも大変。文字の直しは組版アプリ上よりもテキストエディター上でやったほうがはるかに効率がいいんだよね。それで四校も五校も出すことになる。そのうえ,文字モノなのに青焼き校正まで出させて,青焼きで今まで見落としてた用字の修正とか入れてくる。フィルム出し直しだっつーの。青焼きの意味が分かっていないのか?
H--- まあそういうのはアカンけど,スケジュールがきつぅて,十分に吟味してへん原稿を入れてしまうことは,正直言って,あるなあ。理想は完全原稿で入れることなんやけど。
O--- 「完全原稿」なんて死語だよ。見たことないって(笑)。そもそも「完全原稿」の意味を勘違いしてて,すべての原稿が揃っている,つまり「後送原稿が無い」ことを指すと思ってる編集者もいるよ。
H--- 野村保惠(やすえ)さんの『編集校正小辞典』[注1]見た?
これに「完全原稿」っちゅー項目があるねん。出版社から印刷所に入稿する場合と,著者から出版社に入稿する場合に分けて書いてあるねんけど,出版社から印刷所に入れる場合の記述をちょっと引用すると:
出版社から印刷所に渡される時点で,用字用語を整理し組版指定が完全にされて,その通り組めば良い原稿。印刷所側から要望されているが,力関係もありなかなか実行されていない。
O--- これ,ビアスの『悪魔の辞典』[注2]か三省堂の『新明解国語辞典』[注3]みたいだね。とくに後半が笑える〜。「なかなか」っつーか,全然実行されてないっつーの。
H--- まあ編集者の立場からゆーと,後になってどうしても直したいっちゅーことはあるし,著者にしてもそうやねんけど,入稿前にやっておくべき事はやっておかんとなあ。
O--- まあプロの編集者の場合はまだマシなんだけど,ノンプロの場合がね…。
H--- ノンプロってゆーと?
O--- 例えば自治体とか公の研究所とかね。編集専業じゃないから編集上のやり取りの仕方をご存じないことが多いんだよね。こないだも再校で初めて用語表記の統一をやられちゃってさ。ほとんど消耗戦。まあ一仕事終わる頃にはある程度慣れてくださって,やり取りがスムースになってくるんだけどね。
H--- 慣れてくれるんやったら,まぁええやん。誰でも最初は素人やで。
O--- ところが年報の類だと,次年度はもう担当者変わっちゃってる(笑)。それでもまあ年報のスタイルってだいたい毎年同じだから,こちらとしても一度やった仕事なら,相手がきちんと指定してくれなくても「ここはこうするんだったな」っていうのが分かって,気を回すことができるんだけどね。ただ…。
H--- ただナニ?
O--- 毎年入札で決めるから,印刷所がころころ変わるワケ。次から来なかったりして。
H--- ありがちやな。
(次号につづく)
[注1]ダヴィッド社(1993)
[注2]アメリカのジャーナリスト,アンブローズ・ビアス(1842-1913)が,19世 紀末から20世紀初頭にかけて新聞・雑誌に発表した箴言(しんげん)や警句を,辞書 形式にまとめた書。
[注3]1972年に三省堂より刊行され,小型国語辞書市場で約4割のシェアを持つ人気の辞書。一般の辞書のイメージとは一風変わった,ある意味「そこまで言うか」的な語釈 が特徴。
2003/09/05 00:00:00