本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

経営者,高齢者,若きオペレータの相互乗り入れで伝えるノウハウ

プリンティングディレクター 坂本恵一
製版,印刷の場合(技能切り捨て論)

製版印刷の場合,「高齢者,技能者のノウハウはどのように伝えられたか?」というと,答えは,伝えられていない――と思う。
それは,激しい技術革新の中で,製版印刷の経営者は変化への対応を既存技術(技能)の切り捨て論でのぞみ,珠算の時の「御破算に願いましては……」の態度を取ったことに起因していると思う。
技術革新は,旧技術と新技術と重層性をもちながら変革の道を進む。その転換期に,経営者は,新しい時代を予見して,新技術への対応を巧妙にすべきではないのか。
私自身は,戦後の製版技術革新の中で,幾度か転換期に遭遇した。その時の経営者の対応はいつも旧技術切り捨て論であった。
私の職種は,現在は絶滅状態となった「レタッチ」である。
・スキャナ登場→もうレタッチはいらない。
・SEPS登場→もうレタッチはいらない。
・Mac,DTP登場→レタッチの絶滅。
大ざっぱにいえば右の経過をたどっている。レタッチ機能の変化と絶滅の予兆はあり,転換を迫られていたことも事実である。
だが,転換は経営者側のリードというよりも,個人の判断に任されるか,あるいは切り捨て論的配置転換であった。
技術革新では「変化するものと変わらぬもの」とがある。「マシンでできるものはマシンにやらせ,人間でしかできないものを人間がやる」というのが技術革新のポリシーである。
レタッチのもつ「画像修整演出力」を生かし,新技術に対応できないか――そのような視点で新しい時代に転換すべきであった。
だが,そうしたレタッチ技能者のノウハウは切り捨てられ,その代わりに若きMacオペレータが登場したのである。
DTPによる文字と画像の統合によって,従来のアナログレタッチは絶滅に瀕した。
レタッチマンの側にも変化への対応に遅れをとった責任がある。Macアレルギー,キーボードアレルギーで,従来の職人根性のまま撤退してしまったからである。
優れた経営者は,若きMacオペレータのそばにベテランレタッチマンを配属して,画像修整のコーチをさせながら,若きオペレータからはMacテクニックを学ばさせた。そうした成功例を私は知っている。現在,画像処理オペレータの中で,色修整力や色演出力の未熟さが問題になっているのは,技能者のノウハウを伝えなかった後遺症といえよう。
文字組版の乱れも同じ理由に起因している。「美しい組版」「美しい画像再現コントロール」この感性,美意識は,技術革新の中で「変わらぬもの」の原形なのである。
製版印刷のことを「グラフィックアーツ」という。「アーツ」である限り,工芸的センス,芸術的感性は不変なものとして,身につけるものといえよう。

経営者の意識改革利益中心主義だけでは,高齢者,技能者のノウハウを伝承することはできない

高齢者人材の活用は重要である。
現役時代から,その能力,技能,指導性を育て,ランクづけして技能登録しておく必要がある。そして定年後も活用すべきだと思う。非常勤で可。給与も出せる範囲で可。
大切なのは高齢者のノウハウへの評価と誇りを尊重することである。私の周辺では能力もエネルギーもありながら定年後,時間をもてあましている人たちが多くいる。
平成デフレ不況の中で再就職も難しくリタイア生活を送っているのである。
自己の能力の評価と存在感が保証されれば喜んで自己のノウハウを伝えることであろう。ただし,ボランティアではなく,各社でできる応分の給与でよいと思う。
これには経営者の意識改革も必要であり,その会社の収益性にもかかわりあってくるのではないか。リストラ(人員削減)万能主義の経営者では不可能であろう。
私はテレビ番組ではNHKの「プロジェクトX」のファンである。日本の産業のターニングポイントを生き抜いた技術者たち。今は老いたりといえども,後継者の育成に従事している誇り高き男たち。あの姿こそ理想といえよう。

高齢者,技術者もひきこもらず,再挑戦しよう

<60歳,70歳 鼻たれ小僧>
現在は年齢の8掛けが相場である。
60歳→48歳,70歳→56歳。
自ら,引退者を決め込み,ひきこもるな。
現役の時,自己のノウハウを棚卸しし,チェックし,分類して,定年後の活用を準備しておこう。
その際,大切なのは自己のノウハウが技術革新に対してチンプ化しないこと,変化への対応力をもっていることが重要である。
さらに自己のノウハウを伝える伝達力,指導力,標準化,テキスト化の作業も重要である。「無防備で定年を迎えるな。装いせよわがノウハウよ!」が高齢者へのメッセージである。職場の友人同士のネットワークも強化しよう。
経営者は高齢者,技能者のノウハウを尊重し,現状にそれを生かす教育システムを作ろう。ある印刷会社では,印刷の若きオペレータのそばに定年後のベテラン印刷マンをサポート役として配属して,インキ壺の管理,印刷物の判断力,コントロールなどに効果を上げている。若きオペレータは最近の印刷機コントロールコンピュータ装置をいじりすぎて,失敗する例が多いという。 ベテラン印刷マンは,そんな時の判断に指導力を発揮して品質アップに貢献しているというのだ。
高齢者は,カラーマネジメントのノウハウを学び,豊富な経験と重ね合わせて,その会社の印刷の標準化,安定化を推進しよう。
若きオペレータは高齢者のノウハウを学び,尊敬し,その優れた判断力を身につけていこう。
こうした相互乗り入れが,高齢者のノウハウを伝えていく有効な方法である――ということを結語としたい。

関連記事へ

2003/10/03 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会