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新しいメディアの中で求められる「編集」

Webの情報コミュニティサイトで「関心空間」(運営=株式会社ユニークアイディ)というサービスがある。これはユーザーの「関心事」を立体的に「繋ぐ」ことでコミュニケーションを広げていくものである。参加してみると自分の好奇心がどんどん広がり、表現欲が高まり、自然と「読み/書き」をしたくなっていることに気づく。
ユーザーは会員登録をすると自動生成される自分のページに、興味のある物事をキーワードとして登録。そこに紹介、論評等のコメントを載せていく。ビジュアルをはりつけることもできる。そしてそのキーワードと関連付けられる他のユーザーのキーワードを探し出し、自分でリンクをはっていく。
キーワードは検索用にブック、グッズ、グルメ、エンターテイメント、ミュージック、スポーツ、レジャー、コンピュータ、アート、ノンカテゴリ、の10のカテゴリーに分類されているが、キーワードの立て方は自由である。
これが仕組みの骨格で、それが視覚的・直感的に理解できるように作られている。

このサービスはインターネットそのもののシステム、世界観をシンプルに分かりやすく表現していると同時に、編集の仕組みを具象化したものでもあり、「編集」ということをユーザーが体感できる参加型メディアなのである。
ユーザーは、ある程度フォーマットの決まった箱にタイトルとキーワードをつけコメントを書き込み、その箱のもつ文脈を延長し、新しい価値を生み出すためのリンクを張る作業――「情報編集」を行なうのである。
だからこのサイトをより正確に括り直せば、情報編集コミュニティメディアと言えるだろう。

自分のページには、自分の関心を自由に掲載でき、それらが一覧できるように陳列され、書棚を人に見せるような感覚で自分の関心を人に見せられる。
とはいえ、このサイトは本、雑誌の編集表現を模倣する形でできているのではない。シンプルに分かりやすく「関心」を編集すること、そのことを通したコミュニティの仕組み作りを追究した結果が、この形となり、それが既存メディアの優秀な編集表現とも近接し、違和感を感じさせない見え方、使い方になったということであろう。

このサイトでは、ユーザーが相互に「読み/書き」し合う中で、お互いに刺激し合っている。そのことが表現のクオリティを保ち、読むことの愉しみを味わえるコメントで満たしている要因であろう。
繋がれたキーワードによって、自分の関心の先にある新しい好奇心の対象を容易に発見できる。自分の関心を延長、発見するナビゲーション役として、既存の雑誌等のメディア以上に動的に活用できる「編集構成本」となっているのである。
そこでのユーザーは編集者兼ライターであり、読者であるという両面を同時的に体験できるのである。

編集とは情報と情報を組み合わせることで、新しい価値(意味)を生み出す作業、というところにポイントがある。
編集者は、ある企画(世界)を実現(表現)するためにそのメディア領域の全体を使って編集作業を多面的・多元的に行なっていく。
既存の「編集」という業務も、例えば単行本の出版の際、編集者は著者が書いたテキストを、右から左にと、読者に手渡すわけではない。
原則的には着想・企画の段階から著者との間で主体的に共同作業を行ない、執筆の流れの中では、企画コンセプトに則った形でディレクションを行ないながら、テキストを完成させていく。 そして並行して企画コンセプトを活かす(表現する)形で本の構想を練っていく。
編集者を中心にして、著者、デザイナー、その他の関係者が同一のコンセプトの元、一つの本としてのアイデンティティを持つ「具体的な形」を作り上げていくのである。それが本の編集である。

雑誌もそうだが、ムックに代表される、一つのテーマを立体的に見せることで総合的な理解を促す「構成本」の場合は、その編集作業の比重がより高い。それは構成本とは一人の作家の「作品」ではなく、「編集表現=編集著作物」だからである。
情報のかたまり同士を組み合わせて「見せる」要素が大きく、それを強調する視覚表現を伴うことが多い。
因みに、構成本にふさわしい内容とは、テーマを立体的に表現することでイメージ形成できるもの。逆に言えば、文章表現のみでは説明し難いものである。実用〜教養まで、「的確な理解を促す表現技術」が必要となるものがその対象となる。この理解をより迅速、的確に行なうために、書記、文章表現手法からデザイン、図解、ダイヤグラムをはじめさまざまな視覚表現手法を選択・発明していくのである。それを「情報デザイン」と言う。

この構成本の考え方は、インタラクティブな仕組みの中でより活きてくる。即ち、紙メディアの上で擬似的に立体的表現を模索する以上に、デジタルメディアというステージ上での方がより表現の自由度が高まるのであるし、そもそもWeb上でのさまざまな表現は、この「構成本」と同質なのである。
そしてその特性を実にシンプルな形で明解に見せてくれているのが「関心空間」なのである。

ここでは自分に興味あるものをキーワード検索して出てきたコメント群を――意識としては他のWebサイト同様に抜き読みをしているつもりでいて――実は全てを読んでしまっていたりする。ここではWeb上での快適な「文章を読むこと=読書」ができるのである。
しかし、この読書の形は明らかにこれまでの読書という観念とは違う形に変容してきている。

今の読書はゆったりとした時間の中で長い時間をかけて長い文脈の文章を読むという形ではもはやない。生活のリズムに同調させる形で、ないしは生活の空き時間を埋める形で、分節化された文章の断片=短文脈を消費する形の「読む」が主流となってきている。

デジタル、インターネットの登場により分散処理、(厳密に言えば違うが)リアルタイム性、そして情報ストックの概念がアナログのみであった時代とは激変し、それらが生活のさまざまな局面に組み込まれ、今や当り前のものとなった。
そしてそこから生まれたさまざまなメディアは、時間と空間双方の「余白」を埋めるにふさわしい形のさまざまな情報とコミュニケーションのサービスをはじめた。これまで本、雑誌、TVなどが占めていた部分を、よりライフスタイルにマッチした形で、携帯、ゲーム機、PC(Web)、音楽再生機、等々が埋めはじめているのである。

時間との接し方が変わってしまったのであり、時間の感覚が変容してしまっているのであり、その中で、読み書きがされているのである。
そこに長い文脈のコンテンツを投入しても、現状の読者の意識構造がなかなかそれを「読み解いていく」ことに馴染めないのである。
(しかし今はパラダイムがシフトする過渡期であると考えられる。いずれ、スローライフ型のライフスタイルとバランスをとりながら長い文脈に触れるゆったりとした時間も得られる形になっていく可能性は強い)。

これまで「読者」としては市場価値の低かった層が、積極的に短い文脈のコンテンツを「読み/書き」している。先ほどのデジタルメディアを使ってである。そしてここに変容した新しい「読書」メディアの可能性が散見できるのである。

概ね短文脈型のコンテンツ(文章)は「情報編集」への依存性が高い。この短文脈型のコンテンツ(文章)を、そのままでも意味をもちながら、なおかつ組み合わせて「編集」することで全体として新しい価値を生み出す形にしていくことが、新しい読者と市場価値を創出する上で、意識するべきテーマとなってきているのである。
短文脈のコンテンツを、時間軸なり空間軸に沿って意図的な文脈として編集配置していく作業が今大きな意味を持つ、ということである。

2003/09/18 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会