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印刷営業の役割と印刷価格の本質

1年ほど前に、中規模印刷会社の経営者から「安値でばかり受注してくる営業マンはいないほうが儲かる」という声が寄せられた。一方、最近、印刷会社の下請け専業で伸びている会社が目立つようになってきたが、これらの会社に共通することは、印刷前工程の煩雑なことは責任範囲から外して「印刷」だけに専念できる受注形態を取っていること、そして価格は基本的に定価である。これらのことは、印刷業における営業の役割とは何か、さらには印刷の価格が持つ性格をも示している。

本ホームページのMISページでは、過去に1,2回、「ing」思想について触れたことがある。「ing」思想は、JAGATの現最高顧問塚田益男氏が、1980年代前半において、ゼロサム社会と第三の波の到来を見据えて、そのような時代における印刷経営の基本的思想として提言されたものであるが、まさにいまの印刷業界における基本的考え方として取り入れるべきものであろう。MISページで「ing思想」を取り上げてきたのは、この考え方を基本に据えて経営管理のコンピュータシステムを考えることで、業界で一般的に問題にしている重要な課題が解消されるからである。
詳細は1985年発行「印刷経営のビジョン」(社団法人日本印刷技術協会発行)に68ページにわたって解説されているが、その全てを紹介するわけに行かないので、本稿では「ing思想」の元になっている「印刷価格」と「印刷営業の機能」に関する基本認識に関する記述の一部を以下に紹介する。生産システムがCIMのような自動化されていったときの考え方についての示唆も得られるであろう。

「印刷物は一点一点が異なるオーダーメイドである。既製品を作っているのではない。既製品だと生産方式がこなれて一定の形が出来るからコストも決まってくる。発注者もコストを理解できるから「コスト+α」で発注価格を決め、α分を出来るだけ小さくしようとする。この場合は生産方法も固定的だから品質も予見でき、品質で心配することもない。
ところが、印刷物は既製品ではない。一点一点、発注者と印刷セールスマンの間で、心の通った打ち合わせがなければ印刷物は出来ない。又、生産方法についても、印刷会社に任せるべきで、発注者が指示するわけには行かない。印刷の発注者はコストを買うのではない。印刷物製作目的に合致した良い印刷物が出来たときの喜びを買うのである。不満足の印刷物の時は価格ゼロでも不満である。価格の目安として市場価格はあるが、満足できるなら「+α」がついてもよい。市場価格の中なら、印刷会社が合理的に生産をしてコストを下げても、それから生じた利益を発注者が求めることもない。

顧客は市場価格を目安にするが、ここで言う市場価格とは競争でこなれた価格のことをいうのではない。顧客が価格決定の参考のために印刷の専門家に聞いたときに、答えとして帰ってくる常識的な価格水準のことを云う。印刷は一品生産のオーダーメイドだから、原則として一点一点に競争でこなれた価格が存在することはない。だから、正当な価格水準というものは、専門家による常識しか頼るものがない。

印刷は建築と同じくプロセスワークであり、発注から納品までの制作プロセスでは仕様変更の連続である。4色8ページの予定が12ページになったり、文字組32ページが、初稿が出て校正しているうちに新原稿を入れたくなり48ページになったとか、当初2000部印刷の予定が4000部になったり、いろいろな変更がつきものである。高級な印刷物になるほどこうした変更が多いから入札という発注方法がとれない。したがって、印刷物の発注にあたっては発注者と印刷会社との間のコミュニケーションが大切で、それが信頼関係を育てることになる。その信頼関係を維持できることを非価格競争力というのである。
非価格競争力とは、文字通り価格競争をしないでも受注できる営業力、経営力のことを云うのである。無論、多くの印刷人はそんなことはありえないと云うだろう。価格競争をしないと云っても非常識な価格が許されるなどと云っているのではない。価格、納期、品質についても発注者と印刷業者との間にまず信頼関係があって、5から10%の違いなら黙って指名発注をしてくれる、そういう信頼関係を維持できる力、それを非価格競争力という。

得意先は価格というものは、発注者と営業マンの間で決定するものであり、工場長の意見や使用する印刷機、すなわちコストの内容は全く感知する必要がないといっている。発注者に喜ばれるようなサービス活動を行い、その上でそのサービスの対価としての価格を決め発注者と交渉する。発注者の同意を得てはじめて価格が決定する。そうしたセールスマンの努力とプロセスを称してPricingというのである。Priceは価格だが、ingは進行形であると同時に意志を表すものだ。Pricingは「値付け」をする、価格を決めるという主体的な意志を表す。セールスマンが顧客と相談して価格を決定するという行為をいうのである。

印刷界には、お使いさんのようなセールスマンが沢山いる。価格は顧客である発注者の言うとおり、仕事は原稿の運び屋やさんというセールスマンである。こうしたセールス行為にはingは不要である。価格決定に関与していないのだから、「安い」とか「不満」だとかいう資格がない。
営業マンのプライシングとは、決して自社の製造部の見積り額を提示することではない。営業マンが外注工場を使おうと、どこから材料を仕入れようと、その営業活動の中で得意先に自身をもって納期と品質を管理できる金額、そして得意先にもその誠意をわかってもらえる信頼感、その上で決定されるものが本当の受注価格である。
「コスト+利益=価格」の思想では得意先が不在になってしまい、得意先の信頼感を得ることができない。営業部はあくまで製造部とは別組織であり、営業部の見積り行為は営業部の存在と得意先の満足感のためにある、ということを忘れてはならない。」

以上、「ing思想」の元になっている「印刷価格」、「印刷営業の機能」に関する記述を抜粋紹介した。上記に賛同できない、あるいはいまの印刷の受注はほとんど価格のみによって決定されると本当に考えるならば、営業マン教育などは直ぐに止めるべきだし、そもそも営業部を廃止すべきではないか?

2003/10/08 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会