O氏 若手だが中堅印刷会社で組版の実質的責任者を務めるオペレーター。同じ60年代生まれということもあってH氏とは飲み友達であるが,H氏の仕事は厄介なものが多く,いつもエラい目にあっている。
D氏 若手書籍デザイナー。書籍専門のデザイン事務所に7年勤めたあと,独立。O氏の紹介でH氏の仕事も受けることに。
H--- Dさんはどう? 困ったこととか,バカって思ったことは。
D--- 編集者にエラい目にあったことは数えきれないんだけど(笑),印刷所の場合は,私の作ったデータを勝手に直されるのが困るかなあ。例えば,角背の本では表紙とカバーで背幅を微妙に変える場合があるんだけど……
H--- ああ,なるほど。角背に対してカバーが丸くかかるから,カバーの背を若干広くするんやな。なんぼぐらい?
D--- そのときは1mm。それを,どうもミスだと思ったらしくって,勝手に同じ幅にしちゃったの。それで色校のときに「直しておきましたから〜」って。
O--- そうか,微妙だから何かの間違いだと思っちゃったわけだ。
D--- それからね,本扉の中央に文字を入れるとき,本当の中央じゃなくて,ちょっと小口にずらしたりするんだけど,それもフリーハンドで置いたと勘違いしたのか,「直しておきましたから〜」って(笑)。
O--- うわ,気をきかせたつもりが,改悪になっちゃったと。
H--- 印刷会社って視覚的効果とか考えへんやろ? 錯視の補正とかも。
O--- 考えないことはないけど,一般に疎いかも。勝手に直すのは問題だけど,こちらで作るぶんにはあんまり微妙なことはやらないのが普通だよ[注1]。それはデザイナーさんの領域だと思う。
D--- 餅は餅屋よ。
H--- 文字は文字屋とも言うし。……言わへんか。
O--- 推測なんだけど,そういう行き違いの背景にはデザイナー不信があるのかも知れない。
D--- どういうこと?
O--- 俺達オペレーターはさ,はっきり言ってデザイナーさんにはいつもエラい目にあってるわけ。あ,Dさんは違うよ。Dさんの指定は分かりやすいし,データもまず問題ない。疑問点は電話一本ですぐ解消するし。
D--- どーイタまして。
O--- ところが,ウチに入ってくる,デザイナーさんのデータの8割はメチャクチャ。おまけに印刷用語を知らないから指定は意味不明だし,印刷・製本の都合を無視した無茶な仕様を作ってくる。
H--- うっ,編集者も耳が痛い。俺も駆け出しの頃はホ〜ンマにメチャクチャやった。どれだけ印刷会社さんに迷惑かけたことか。
O--- で,そういうのが毎日だから,正直言って特定の人以外は信用してないわけ。そうすると,自分の勘違いなのに,「またヘンなデータを作ってきた」とか「ヘンな指定をしてきた」って思っちゃうことも実はあるんだよね。
D--- そういえば私も,信用してない相手とやりとりするとき,こちらの誤解なのに相手のほうがおかしいと思ったことがあったわ。
H--- そういうたら,昔の話やけど…。ある印刷会社さん,整理が苦手らしくて,入稿した原稿類の一部が戻って来えへんことがようあってん。
D--- うわっ,サイテー。
H--- ある日も著者から預かったチョー大事な写真が返却原稿の中に無かったんで,電話して「おたくホンマどうなっとんですかっ!」て文句言うて,探させてん。
D--- それって,まさか…。
H--- そう,他の仕事の資料を出そうとして抽き出し開けたら,その写真が入っとった。
O,D--- おいっ!!
H--- そういえばその写真は,都合で他の原稿と一緒に先に戻ってたんやけど,上の抽き出しから下へ落ちとったらしい。
O--- 整理が悪いのはオマエじゃん!
H--- 謝ったけど,現場の怒りは納まらへんかったやろなあ。それでバカ編集者の烙印押されたみたい。で,向うも相変わらずミスが多いし,相互不信が募って何かと話が通じなくなってしもたんや。
D--- 不信感があると通じる話が通じなくなるのよね。
H--- この件は俺が100%悪いねんけど,そこの印刷所は技術的な話がちゃんと伝わらへんことが多かったんで,つい自分を疑うことを忘れてしもたんや。その件で俺,ナンチャッテ編集者にされてしもて,ますます話が通じにくくなった。
O--- 話が通じないってのが一番困るね。
H--- コミュニケーションいうのは共通の基盤プラス互いの信頼がないと成り立たへんので,両方無くなると無駄もトラブルも増えるわけや。
[注1]書籍組版で,版面位置の指定が無ければページの天地左右中央に入れる,ということは普通に行われている。製本方式に関らず!
2003/10/24 00:00:00