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2002年の印刷産業を振り返る(その1)
『印刷白書2002→2003』より

■ASIA FORUM
日本からの情報レポート
Vol.6,No.2

2003年11月10日

日本印刷技術協会・常務理事
山内 亮一

1991年に8兆9287億円と後1歩で9兆円に届くところまでいった印刷産業の出荷額は,2002年,8兆円を切るのはほぼ間違いないだろう。品目別に見ると,ハリー・ポッター効果で浮上した書籍市場以外,紙媒体の分野は悪く,上場企業で見ても,唯一良いのは電子部品分野であった。そのようななかでも,折り込み市場やDMは健闘し,インターネットはさらに普及してさまざまな変化をもたらした。
印刷業の経営に関しては,設備過剰の意図的な調整が始まったと見られる動きが感じられた点が大きい。
印刷業界の今後の共通課題はデジタルネットワーク化と環境問題への対応だが,個別企業での対応では済まない課題を内包しており,社会全体の動きに対して業界全体の不利益を防止する,さらに望ましくいえば,積極的に社会に貢献していくことをリードする機能としての業界団体の役割を強く意識しなければならなくなってきた。

8兆円を割り込む印刷産業の出荷額

2002年度上期の印刷産業全体の出荷額推計値は3兆8410億円,対前年比は2.5%減であった。印刷業界の出荷額の3割強を占める上場印刷企業21社の売上高合計は1兆2600億円,前年同月比3.1%減であった。一方,中小印刷業界の前年同期比は2.2%減で,出荷額合計は2兆5800億円と推計された。
日本経済自体,2002年度後半に大きくもち直すことはなく,せいぜい横ばいが良いところと見られている。下期の印刷需要が上期と同じ落ち込みになるとすると,2002年度通期における印刷産業出荷額合計は7兆9100億円と計算される。
1991年に8兆9287億円と後1歩で9兆円に届くところまでいった印刷産業だが,2002年度末で8兆円を切るのはほぼ間違いないだろう。

過去最悪の景気を示す平版インキ出荷販売量

印刷産業の景況は,2001年下期から再びマイナス成長に入って以降,水面下に沈んだままである。バブル崩壊後3回目のマイナス局面だが,今回は今までとはその内容が異なる。それは印刷の仕事量の変化である。平版インキの出荷販売量は,既に2001年8月以降2002年9月まで,5月を除いて13カ月の前年割れになった。移動平均レベルでのマイナス幅は2.5%減である。
バブル崩壊後の過去2回のマイナス成長局面を振り返ってみると,第1回目では平版インキは減少することなく伸びていた。第2回目の後退局面では1998年4〜8月までの5カ月間,平版インキの出荷販売量が連続して前年同月比を下回ったのみで,マイナス幅も12カ月移動平均ベースで最大1.0%減であった。
ただし,2002年は10月の前年比は2.5%増,12月も0.9%増となり,その他の指標でも景気の底を打ったような数字が出てきている。広告業の売上前年比は,2002年12月は17カ月ぶりで前年を2.4%上回った。また,JAGATの定点観測による中小印刷業の売上前年比は,2002年11月の3.0%減が12月には2.3%減,2003年1月は1.4%減とマイナス幅が減少して,2月は0.5%増と17カ月ぶりに前年を上回った(図1)

過去最大の落ち込みをした商業印刷

上場印刷業の2002年度中間決算で品目別の状況を見ると,最大の特徴はエレクトロニクス分野のみが前年売上高を上回り,ほかの分野はすべて前年割れになったことである。商業印刷の売上前年比は7.9%減という大幅な前年割れとなり出版印刷も4.0%減となった。
もう一つの特徴は,収益性における二極化である。大手企業の収益性が年々低下しているのとは対照的に,ユニークな中堅企業が高い水準の収益性を確保している。
1990年代半ばまでは5〜7%の水準にあった大手3社の営業利益率は1998年以降年々低下,共同印刷は2002年度中間決算で1.1%,大日本印刷も2.2%という低水準にまで落ち込んでしまった。売上原価率の上昇に反比例する形での収益性の低下であり,受注価格の低落が色濃く現われている。
一方,2002年度中間決算では,東京リスマチック,廣済堂,日本写真印刷,サンメッセ,図書印刷の5社が増収増益を果たした。図書印刷を除いてほかの4社は6%以上の高い対売り上げ営業利益率を達成している。この4社以外で対売り上げ営業利益率が高いのは,亜細亜証券印刷(19.2%),宝印刷(17.9%),平賀(7.9%),トッパンフォームズ(7.6%),福島印刷(6.9%)である。
亜細亜証券印刷,宝印刷はいわゆるディスクロージャー関連の市場を対象に,知識集約的な専門能力を売りにしている企業である。トッパンフォームズ,福島印刷はフォーム印刷の専業ながら,デジタル技術を使ったアウトソーシング事業や自社製品開発で気を吐いている。東京リスマチックはデジタルデータの取り扱いと小ロット印刷に強みをもって隣接産業のプロを顧客とするというニッチ市場で事業を拡大してきた。日本写真印刷は,大手企業との競合を免れ,海外市場をも視野に入れて商業印刷,書籍分野から産業資材・電子分野へというドラスチックな市場転換を進めてきた。
ここ数年の決算資料,申告所得データ,その他業界団体がまとめている業績データが示していることは,全体としては業界の低迷だが個別に見れば上記のような中堅企業の健闘である。

ハリー・ポッター効果で浮上した書籍売り上げ

出版科学研究所によれば,2002年の出版物販売金額は2兆3105億円,対前年比0.6%減となった。6年連続のマイナス成長である。内訳を見ると,書籍は9490億円で6年ぶりに前年を0.4%上回ったが,雑誌は1兆3615億円,対前年比1.3%減に終わった。出版物全体の販売部数は39億5604億冊,対前年比は2.0%減である。金額と部数との前年比の差は,ハリー・ポッターを始め比較的高額なミリオンセラーが出たことによるものである。
書籍のプラス成長への回帰に大きな力になったのがハリー・ポッターである。同シリーズは,合計1600万部近い部数を出し,金額ベースでは360億円を稼ぎ出したと見られる。

自ら扉を閉ざす出版界

出版市場に影響を与えている構造的要因としては,少子高齢化,メディアの多様化,新業態の書店や図書館の利用増が挙げられる。しかし,最も大きな問題はとにかく物事が先に進まないからで,販売面では一部に下げ止まり感が出てきているが,全体として閉塞感はますます強くなってきている。
昨年3月に結論が出た再販制度に関連しては,公取委が強く推奨してきた制度の弾力運用に対する出版業界の反発がかえって強くなってきている。筑摩書房が行った全集の完全非再販扱いへの取次からの反発,ベルテルスマンの日本でのbookクラブ展開への反発あるいはポイントサービスを行った書店への出版社や書店からのクレームなどだが,これらに対して公取委からの表立った動きはないという。
書籍の新刊点数は遂に7万2055点と7万点の大台を超えた。対前年では3052点,4.4%増であった。これだけの本は店頭に置き切れないということは分かっていても新刊を出さなければお金が回らないからである。結果として,新刊の発行部数全体および1点当たり発行部数減少の傾向は変わっていない。自転車操業は相変わらず続いている。返品率改善のために出荷量調整が行われ,書籍分野では4年連続で改善されて効果が出ているが,みすみす販売機会を失わせ,かえって市場全体の活力を減退させているとの指摘もある。書店数は減り続けて遂に2万店の大台を割り込んでしまっている。

新たな動きに期待

一方,新たな業態で出版業界に参入した企業はどんどん店舗を増やして,既に2000店舗程度にもなっている。カルチャー・コンビニエンス・クラブ(CCC)TUTAYAは,1000店舗を展開し書籍売り上げでもトップ5に入っている。既に500〜600店の店舗網をもっているブックオフも今後新刊の世界にも入っていくようだ。CD,ビデオ,DVD,本といった商材を,販売,レンタル,リサイクルなどいろいろな形で提供するゲオはローコストの店舗運営で非常な勢いで拡大している。商品,販売形態を複合化して,より幅広い消費者を獲得しているからである。
メディアの多様化による消費者の時間,支出配分の変化あるいは人口動態など,出版市場の基盤は大きく揺らいでいる。電子辞書は毎年300万台以上売られており,そこに収められているコンテンツの量は紙の辞書にして900万冊相当で,1000万〜1500万冊といわれている辞書市場に匹敵するほどになっている。電子地図と同様に,業界構造をも変えつつある。
出版業界が何も新しい動きをしていないということではない。POSデータの有効利用,インターネットによる書店からの注文受け付け,オンライン書店など,ITを使った改善の動きも見られる。しかし,上記のような地殻変動のなかでは,さまざまな新規参入者の登場,新たな業態の拡張などがあってこそ出版の世界に明るい展望が開けてくるのだろう。

さらに一歩衰退の歩を進めた新聞とラジオ

株式会社電通の『平成14年日本の広告費』によれば,2002年の日本の総広告費は5兆7032億円,前年比5.9%減であった。
2002年の広告市場の第一の注目点は,広告媒体としての新聞,ラジオがさらに一歩衰退の道を進めたことである。2002年の新聞広告費は1兆707億円,前年比11.0%という過去最大の落ち込みとなった。2002年において各媒体中最大の落ち込みとなり,広告費全体における新聞広告のシェアも19.9%から18.8%と1.1ポイントも低下した。信頼度が高い新聞という特性や,主要な読者層と製品分野との関連を考えると,減少が考えにくい自動車・関連品,不動産・住宅設備,出版からの出稿の落ち込みが大きい。また,昨年,一昨年と大きな動きがあって,広告市場を大きく押し上げた情報・通信,金融保険は総広告費を削減するなかで,テレビへの広告費配分はあまり減らさず,新聞広告が控えられた。1990年における1兆3592億円,シェア24.4%から景気に左右されながらも,実額は21.2%減,構成比は5.6ポイントも減少した。つまり,広告媒体として衰退の道をたどっているということである。
ラジオも新聞と同様に,1991年以降,特別に大きなマイナス要因がないなかで,実額,構成比ともに減少し2002年はさらにその傾向を強めた。

安定している雑誌

マスコミ4媒体の中で新聞と並ぶ紙媒体である雑誌広告は,1996年に4000億円の大台に乗って以降4000億円と4400億円の間で推移し,シェアも7%前後で推移している。2002年の広告費は4051億円と4000億円台をキープ,前年比も3.1%減でマスコミ4媒体の中では最も落ち込みが小さかった。従って,2002年の構成比も7.1%と7%台を維持している。
2002年の状況を雑誌のジャンル別に見ると「女性誌」が好調で,業種別には「食品」「趣味・スポーツ用品」が前年を上回り,「化粧品・トイレタリー」は横ばいでの推移となっている。雑誌広告が対象とする消費者と広告主業種は今後も安定していると思われ,ここ数年の状況はしばらく続くのではないだろうか。携帯との綱引きは予想されるが,広告内容から考えて印刷物のビジュアルの強みが優位に働くように思われる。
テレビはこの2年連続での減少で遂に2兆円の大台を割り込んだ。しかし,広告媒体としてのテレビの強さに陰りがあるといった状況もないようだから,景気回復局面では1999年→2000年時点(8.7%増)と同様に大幅な伸びになると考えられる。

折り込み市場と競合する?フリーペーパー

SP広告全体は前年比3.3%減で,マスコミ4媒体全体あるいは4媒体それぞれの落ち込みよりも小幅な落ち込みに止まった。その内訳を見ると,今まで不況のなかでもプラス成長を続けてきたDMの前年割れ(4.5%減)と折り込みの健闘が2002年の注目点であろう。
折り込み広告は前年比0.3%減と健闘した(図2)

成長路線を牽引してきたサービス業からの出稿は,主力業種であるマスコミ関係(連合求人広告が主)が9.4%減となったが,マスコミ関係に次いでシェアの高い遊戯・娯楽場や代行サービス,外食も伸びてサービス業全体として0.9%増となった。この市場でシェアトップの小売業は,ホームセンターやディスカウントショップ,百貨店,および小売専門店合計がマイナス成長になったが,小売業中最大のシェアをもつスーパーが9.2%増となって全体としては0.2%増とほぼ横ばいで推移した。このようななかで,シェア3位の不動産業からの広告出稿が不調(5.5%減)で折り込み市場全体の足を引っ張った。今後の折り込み市場については,着実に増加してきているフリーペーパーの動向が注目される。
フリーペーパーとは「ある特定の家庭またはある特定の地域の家庭や職域に無料で届けられる新聞タイプの媒体で,主に女性や家庭を対象に地域に密着した生活周りの情報を中心に構成されたタブロイド版またはブランケット版の定期発行の情報紙」と定義されている。
2001年秋時点では,1061社が1182紙・誌を発行しており,総発行部数は2億2000万部が発行されている。購買決定権をもった主婦や可処分所得の高いOLなど,明確なターゲットに絞って配布して効果を上げている。最近では,駅での設置配布が増加している。消費者から見るフリーペーパーは,どのような製品の情報を得るかという点でチラシと非常に近い媒体の位置付けがなされており,今後,フリーペーパーはチラシの競合媒体となる可能性がある。

2001年が特殊だったDM

DMの対前年比での落ち込みは,2001年に,通信(マイライン),生損保などのDMの大口差し出しが前年比8.5%増と大きく伸びたが,2002年はその反動で減少したことと,郵送料が安い封書からハガキへの転換が一層進んだことがマイナスの主要因である(『日本の広告費』におけるDM市場規模は「ダイレクトメールに費やされた郵便料」という定義である。2002年の差出封書数前年比は9.8%減,はがきは5.5%増であった)。ちなみに,2002年のDM広告費を2000年の広告費と比べてみると0.7%増であるが,折り込みの2000年に対する2002年の広告費は±0%である。つまり,2002年におけるDM市場のマイナス成長は,この市場の基盤に従来と異なる変化があったからではないということができるだろう。

新たな展開が見られるインターネット広告

2002年の広告費で唯一前年を上回ったのが「POP」で,「交通広告」「電話帳」「展示・映像他」などのSP広告は前年を下回ったが,それぞれの定位置が変わっていくような徴候は見られなかった。ただし,「屋外広告」には衰退傾向が見られる。
新しい電子広告媒体は,全体として2002年も伸びた。衛星メディア関連広告費とインターネット(モバイル含む)広告費の合計は1270億円,前年比5.3%増であった。衛星メディア関連広告ではブロードバンドサービス需要に支えられて加入世帯数を伸ばしたCATVの広告費増(18.1%増)が大きい。また,インターネット広告費は一時不調が伝えられたが2002年も順調に伸びた。インターネットは対象人口がモバイルの利用を含めて5000万人を超え,ブロードバンドの普及でインパクトのある広告訴求が可能になったこともあって,例えば大型キャンペーンでのリーチ獲得を目指すなどナショナルクライアントが本格進出,モバイルへ向けた広告宣伝利用が高まってきたからである。「モバイル」は,インターネット広告に新たな展開の可能性をもたらした。

今後の広告市場の見通し

広告市場は,バブル崩壊後過去2回の景気後退局面では,2度とも2年連続の前年割れとなった。今回は3回目の景気後退だが既に2年連続の前年割れになっている。
『日本の広告費』では,2003年におけるマスコミ4媒体の広告費見通しを0.4%増と見ている。経済全体としては厳しい情勢が見込まれるとしながらも,企業業績の回復,民間設備投資のもち直しといった企業環境に明るい展望がうかがわれることと,IT,自動車,情報家電,デジタルカメラの分野における積極的な広告展開がプラス要素となるとの見通しに基づく予測である。
しかし,同資料の最近の予測は,結果としては楽観的な傾向が見られる。出版市場にしても広告市場にしても,今後の市場動向を考える場合には日本の人口動態の変化を折り込んで見なければならない。特に広告市場については米国追従の姿勢が強く感じられるが,年間1%程度で増え続ける米国の人口動態とともに,広告の世界で一人飛び抜ける米国追従の流れはそろそろ変わると見るべきではないだろうか?

●詳細はこちら●その 2

2003/11/04 00:00:00