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2002年の印刷産業を振り返る(その2)
『印刷白書2002→2003』より

■ASIA FORUM
日本からの情報レポート
Vol.6,No.2

2003年11月20日

日本印刷技術協会・常務理事
山内 亮一

やっと始まった設備過剰の調整

『平成14年度印刷業経営動向実態調査集計結果報告書』(全日本印刷工業組合連合会)によれば,過去7年間3.5%前後を維持していた中小印刷業界の営業利益率が2001年度は大きく低下した。原材料費比率が低下して加工高比率はやや上昇したが,1人当たり売上高の落ち込みによって利益の源泉となる1人当たり加工高が減少した。一方,1人当たり人件費は前年と全く同じ水準だったので,労働分配率が上昇,これが売上営業利益率低下の最大要因となった。

今回の報告書は,上記のような経営実態とともに,CTP化に向かうプリプレスのフルデジタル化がもたらしたさまざまな変化も明瞭に示した。そして,やっと供給力過剰に対する調整が始まったことも明らかにした。

1992年以降は外注費削減による加工高の上昇で収益性を確保するという流れが続いてきた。しかし,この2年間で今までの流れの一部が反転した。それは印刷外注の増加であり,1人当たり機械装置額の減少と対になる動きである。印刷外注費比率はこの2年で2.0ポイントも上昇した。一方,その1,2年前から1人当たり機械装置額は減少に転じている。現状の供給力過剰もさることながら,今後の需要回復見込みも立たないから,設備はせずに外注で済ませておこうという動きの現われである。
2001年度後半からは,過去に例のない仕事量の落ち込みが続いている。既に長い間の受注競争で収益性を低下させてきた印刷業界も,やっと設備競争が自分の首を締めることに気づいたということであろう。しかし,単に設備を手控えるだけであれば中長期的にはジリ貧になる。この1,2年のうちに次の一手の準備を整えておかないと,少し景気が良くなった時に結局ほかに方法がないとして再び設備競争が始まりかねない。次の一手をどう準備するかが勝負になる。

課題はデジタルネットワーク化と環境問題対応

今後の長期的な意味での日本の印刷業界の課題は,デジタルネットワーク化と環境問題への対応である。
デジタルネットワーク化については,印刷業界自体の課題への回答と世の中全体のB2B/EC(電子商取引市場)の広がりへの対応の意味で,CIM(Computer Integrated Manufacturing)化,EDI(Electronic Data Interchange)化,そしてその中核となるMIS(Management Information System)がキーワードである。世の中全体のB2B/ECの広がりへの対応の意味では,業界標準の設定が課題となる。
個別企業レベルにおける対応は,どんぶり勘定からの脱却,ホワイトカラーの生産性向上による合理化,そして新しいデジタルビジネスを収益性のあるものにしていくための土台の作り変えを目指して,ITをフルに活用していくことである。

近づくB2B/ECの波に巻き込まれる日

日本におけるB2B/ECは2001年に34兆円,全事業所間の取引総額の5%になった。今後はB2B/ECでの取引は年率約30%で伸び,2006年には125兆円,全取引の17%を超えると見られている。一般産業界のB2B/ECが拡大すれば,印刷業界もさまざまな業界のSCMの一部としてEDI/ECに対応せざるを得なくなる。その時に,印刷業界独自のEDI/EC標準をもっていなければ,印刷物やその取引の特性を考慮しないシステムを押し付けられたり,各印刷会社が各種得意先業界の異なるシステムに対応すること,つまりいくつもの違った端末をもたなければならないことになる。それによって各企業がどれだけの無駄な支出を強制され,個別企業のがんばりに関わりなく,業界全体がそのために一定の利益を吐き出さなければならなくなるかを十分に認識しておく必要がある。
しかし,この問題への対応は個別企業が行うべきものではなく,業界ぐるみで取り組まなければならない。

ますます厳しくなる要求

グリーン購入法が実施されてから約2年がたつ。その後PRTR法も出てきたが,それらの法律の実施直後に比べてマスコミ一般も印刷業界でも,話題として取り上げられることは少なくなった。 しかし,環境問題対応に関する動きは日に日に範囲を広げ,要望される対応レベルも急速に厳しいものになってきている。それは,グリーン購入法がそもそも狙っていた環境問題対応の動きを増殖させるメカニズムが本格的に動き出したからである。

数年前にISO14001認証取得を目指す企業が,資材や部品を調達している企業に対して「ISO14000取得をするのでいろいろご協力いただきたい」という要望を出すことはよく見られたことである。しかし,その後,グリーン購入法やPRTR法などの実施を受けて,納入物品に使われている材料,物質の実態調査報告が求められるようになった。また,単に情報開示を求めるだけではなく,証明書の提示とその保証,あるいは立ち入り査察も要求され,それらが満たされなければ取引を停止すると明言する企業が出始めた。 調査対象物質として2000種以上のリスト掲載物質に対する報告を求めている企業もある。さらに,各種化学物質が安全とされる水準もどんどん厳しくなっていく。

加速する環境対応の波及

1つの製品を作るためには,資材・部品供給企業からの製品提供を受けなければならない。その資材・部品を供給企業も,材料加工メーカーや原材料メーカーから製品の提供を受ける。従って,1つの大手企業から上記のような要請が出されると,その企業につながるサプライチェーン全体にそれが波及していかざるを得ない。行政におけるグリーン購入の規制から始まったこのようなメーカーの動きは,消費者に近い流通グループが独自の規格をもってそれを運用する形で広がることは間違いない。

環境対応の波は上記のように一刻も止まることなく,より広く深く広がってきている。グラビア印刷や光沢加工業者には死活問題になる埼玉県生活環境保全条例の騒動があったが,今後,いつ,どの分野で同様のことが起こらないとも限らない。
そのように考えると,資源環境問題に対する対応は,個々の企業単位の努力だけでなく,業界ぐるみでの先手を打った対応が非常に重要になってきたと理解できるだろう。

繰り返される用紙価格の問題

2002年は,用紙価格の問題が業界を大きく揺るがした。用紙価格の問題は,数年ごとに周期的に現れる問題である。基本的には数百億円もする設備投資が生み出す需給バランスの変化があるが,近年ではアジア地域での大規模な生産力増強に伴う動きや世界的な規模での企業間競争と業界再編の動きが絡まっての動きになってきているようだ。
2002年の用紙価格の問題とは,世界的な規模での業界再編と生き残り競争の観点から収益性改善が課題となっている製紙業界と,この10年で1兆円もの市場価値が縮小,設備過剰のなかで生産の合理化では収益性低下をとどめることができにくくなった印刷業界の対立で,双方ともに余裕がなくなってきているから問題は深刻である。しかし,今後の製紙業界,印刷業界の経営環境は2002年のような状況が常態化すると考えざるを得ないから,もはや単年度の問題ではないということであろう。

求められる業界団体が果たすべき役割

上記のように,デジタルネットワーク化への対応にしても,資源環境問題への対応にしても,また用紙価格の問題にしても,業界各企業の努力だけではどうにも対処できない問題,あるいは個別対応では非常に効率が悪い問題が次々と現われてきている。
しかしながら,多くの印刷業界人は,IT化や環境問題が上記のような業界全体として対応しなければならない問題であるとの認識,またそれらへの対応が不十分である場合に起こることの重大性の認識が希薄なために,業界団体の意義を軽んじる傾向を感じざるを得ない。
これからは,一社一社が良くなれば業界全体が良くなるという前提において,一つの統一ビジョンの下で業界が動いていくための業界団体ではなく,社会全体の動きに対して業界全体の不利益を防止する,さらに望ましくいえば積極的に社会に貢献していくことをリードする機能としての業界団体の役割を強く意識しなければならない。

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2003/11/05 00:00:00