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緩やかに変わっていく中堅企業の経営ビジョン

■ASIA FORUM
日本からの情報レポート
Vol.6,No.2

2003年12月10日

日本印刷技術協会・メディア統括部
主事補・吉村 マチ子

装置産業としての印刷業界は,技術の進歩とともに,生産性を飛躍的に向上させたが,そのことによって,供給過剰という深刻な問題に直面している。需要と供給のバランスが崩れたことから生じた,この現状を打破する方法はあるのだろうか。 JAGATが東京都内の中堅印刷業を対象に行ったヒアリング調査では,比較的経営状態の良い会社が多かったために,緩やかに変わっていく中堅企業の経営ビジョンが浮き彫りにされた。しかし,中堅印刷企業全体を考えると,従来の同業他社情報の重視だけでは,経営環境の変化に取り組めない段階にきているのだろう。

経営者の興味・関心を探る

印刷業界が直面している経営環境の変化に中堅印刷企業がどのように対応しているのか,経営者が何に一番関心をもち,どう取り組もうとしてるのか,生の声を聞くためにヒアリング調査を実施した。
調査対象として,東京都内の30〜150名規模のJAGAT会員企業(メーカー・ディーラーを除く)から25社を無作為抽出し,15社の経営者から協力が得られた。JAGATの委託により印刷経営総研の調査員が3月中旬から4月上旬にかけて面談によるヒアリングを行った。 経営者の興味・関心がどこにあるかを探ることを目的に,調査項目は,自己研さんの方法,成功要因,今後の見通し,情報収集の方法などに的を当てた。15社の経営者は,30代から70代までと幅広く,創業社長から2代目,3代目,4代目まで混在している。会社経営に携わった年数も10年未満の社長が7名(うち6名は5年未満)と最も多いが,40年以上の社長も3名となっている(下表参照)。 以下に代表的な回答を紹介するとともに,回答から垣間見られる経営者の横顔を紹介したい。

調査企業のプロフィール

主要業務創業年数
商業印刷出版印刷事務用印刷総合印刷包装その他 〜29年30年〜50年〜70年〜90年〜
7社 4社2社1社1社2社4社2社5社2社

代表者の年齢 代表者の代経営に携わった年数
30代40代50代60代70代 創業者2代目3代目4代目 〜9年10年〜20年〜30年〜40年〜
1名3名4名5名2名 3名4名4名4名 7名1名2名2名3名

勉強会への積極的参加は比較的少ない

自己研鑽として行っている活動としては,「未来情報研究会(同業者33社)の勉強会に常時参加」「経世志塾(異業種交流)の勉強会や異業種の勉強会に参加」「日本創造経営協会の創造セミナーなどに参加」「日本青年会議所役員として,異業種企業との交流を行う」という,積極的参加組は4名となった。
この4名はそのほかにも,「商工会議所・三菱総研のセミナーやJAGATの講習会に参加」「中小企業家同友会での経営者の体験談が非常に役に立っている」「勉強会・セミナーに積極的に参加してきた。現在も従業員を積極的に参加させ,報告レポートには必ず目を通す」と語った。 この4名以外にも,異業種交流の場である「中小企業家同友会に所属」,あるいは「東印工組の青年部会に所属し,相互啓発や自己研さんに努めている」経営者もいるが,「いくつかの部会に所属しているが,平日の昼間なので参加できない」,あるいは「過去には参加していたが,今はほとんどしていない」「勉強会,講演会などはほとんど行ったことがない」など,なかなか時間的余裕が見いだせない現状がうかがわれた。
全体としては,自己研さんというより,「人との出会いを大切にし,人脈を豊かにするために会合に積極的に参加」という声に代表されるように,業界内のお付き合いを重視しているようだ。 趣味としては,15名のうち8名がゴルフを挙げている。接待や付き合いという意味合いが大きいようだが,「とにかく負けるのが嫌い」という人柄をのぞかせる回答もあった。

成功要因は「人財」と技術・品質

成功した要因,経営資源として10名が「人材」を挙げ,特に「『人材』でなく『人財』」という声が多かった。「個人の頭の中にある創意工夫に期待」「知識・ノウハウによる顧客の課題を解決する能力」「専門性に特化せず総合的に活用」「人材・チームワーク」「良い技術者の存在」「定年の延長で定着性が向上」などの声が寄せられた。
また,「『川の水は上から濁る』を信条に,社員との信頼関係の確立に努力したことが,社員の自信ややる気につながった」と,経営者として自ら模範を示すことの重要性を語って,「要は人である」と結んでいる。
次いで,9名が「顧客重視」を挙げた。「得意先の要望をかなえるべく努力した」「ユーザオリエンテッドの姿勢でクライアントの意向をしっかりくみ取り,十分対応」「きめ細かい対応で優位性がある」「技術のないところからスタートしたため変なこだわりがなく,顧客の要求に柔軟に対応できた」「お客に引っ張ってもらってきた」「顧客との間でも人との出会いを大事にしたことが,顧客との信頼関係につながり商売につながった」「信頼を得ることでニーズの先取りが可能」など。
技術・品質に言及したのは8名で,「高精細印刷への取り組み」「積極的な技術関連投資」「業界に先駆けて,設備投資を積極的に行った」「ISO9002取得で経営品質が向上」「アイデア商品で差別化,特殊糊の開発」「伝統と高度な技術を生かして開発された独自の組版システム」「早期にオフ輪を導入,一貫印刷工程への対応が可能」など。
さらに,「知識や文化を伝え継承してきた現業に対する自負」「本業一筋に地道に商売してきた」という印刷業に対する誇りが語られたほか,「提案型企業への変身」「うまい・速い・安いから安い・速い・うまいに転換」「生産コストに競争力がある」「東京支社を営業拠点に特化し,販路拡大に力を入れた」「夢は大きく計画は緻密に行ってきた」「健全財政の貫徹」など。

今後の事業の方向性は3つの方向を示す

今後の事業の方向性としては,@内部努力によって従来の延長線でがんばる,A顧客との関係性を変えて従来路線を脱却する,B経営品質・製品品質の向上で企業体質を強化する,という大きく3つの方向性に分けられる。
@従来の延長線では,「社内加工高の向上」「QCの活用による社員の意識改革(特にコスト意識)」「社内の企画・デザイン力の強化」「生産能力,品質,コスト対応力のバランスを重視」「コストダウンと短納期の追求」「フェイスtoフェイスのビジネスが大切ではないか」「技術力をアピールしながら成長」「社員の創意,工夫を重視」「M&Aにより一貫印刷工程に対応」など。
A従来路線の脱却では,「ネットやITの利用による顧客とのコラボレーション」「デジタルカメラスタジオの導入」「データベースの構築で受注拡大」「自費出版の見積もりサイトを開設」「顧客の販売促進分野のアウトソーシング」「Webによるコンテンツの公開」「エンドユーザのニーズを正しくつかむ」「紙媒体からの脱却とPODの活用」「付加価値のある営業」など。
B企業体質の強化では,「環境ビジネスを推進し,水なし印刷や大豆インキ・非木材紙の普及などに力を入れる」「現ビジネスの延長にある新製品・新技術の開発(研究開発費に売上高の2%,人材育成に1%を計上)」「リスクの分散や企業体質の強化」「ISO9000,ISO14000の取得」などの声があった。

堅実経営で次の変化に対応する

就任5年未満の経営者が多かったことから,後継者は特に問題となっていない。後継者が既に決まっている企業が5社,候補者がいる企業が3社と余裕を感じさせた。また,「社員の中から選抜する」企業もあった。
経営課題としては,厳しい経営環境を反映して「財務体質の強化」がまず挙げられたが,それ以外には「意識改革を促す社員教育,社長のリーダーシップ,長期経営構想の確立」「人材育成,権限委譲と組織運営,ISO取得,働きがいのある職場環境」「業績を社員に公表し,中期経営改革で個々の社員の自立を促す」などの声が聞かれた。
いずれの経営者も,現在のビジネスに軸足をしっかりと置きながら,環境変化に対して新たな方向性を模索していることが感じられた。そのためにも「人財」を最優先し,困難な時代を乗り切るために率先垂範で先頭に立っている。
受注産業にありがちな受け身体質や,横並び体質は早急に脱却しなくてはいけない。社会的な変化を肌身で感じながら,財務体質の強化や経営品質の向上によって,足腰を強くした中堅印刷業は,新たな事業領域を徐々に拡大し,時代の変化に対応して緩やかに変わっていく姿が表れている。

2003/12/04 00:00:00