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出版側からみたDTPエキスパートの役割と意義

医学書院 制作部出版管理課 柳沢 耕平(JAGAT認証DTPエキスパート)

はじめに

私がエキスパートを取得して,3回の更新試験が過ぎた。この間,DTPを巡る環境はさまざまな面で整備されつつ,新たなテクノロジーが次々と開発され,DTPという枠組みそのものが広がりを見せている。エキスパートのカリキュラムを見ても分かるように,もはや,DTPはデスクトップをはみ出していると言える。このような時代を迎えて,現在までの,またこれからのDTPエキスパートの役割や意義について思いつくままに述べてみたいと思う。私は出版社の中にいる人間なので,印刷会社の実感とは掛け離れたところもあるかもしれないが,一つの意見として聞いていただきたい。
初期のDTP黎明(れいめい)期やこれまで,エキスパートが果たしてきた役割とは,ユーザがデジタルでの入稿における不備や,トラブルを是正したり未然に防いだりするための尻ぬぐい的な役割が多かったのではないかと思う。しかし,ユーザ(この場合出版社)の知識レベルが上がってきた現在においては,少しずつその性格を変え,マイナスの要素を減らすことから,プラスの要素を増やすことへと移行してきているように思う。
私の周りにもDTPエキスパートを取得している印刷会社の営業担当はいるが,彼らは取り立ててほかの営業担当と比べて優れているという感じはしない。ただ,「この用語を出して話が通じるかな?」と考えなくても「この人はエキスパートだからこの話は通じる」と前もって分かる,というだけである。優れた営業マンはエキスパートを取得していなくても仕事に真摯(しんし)で,勉強熱心だ。逆にひどい営業は話をしても「もち帰って現場に相談します」と言うだけで,伝令役にしかなっていない。中には現場に指示を伝えられない,伝令役にすらなれない営業担当もいる(こういう営業はむしろ仕事の邪魔なので,現場=例えば出力担当者などに直接電話を掛けて話をするほうが早い)。
ネットワークが活用され,ほとんど営業要らずのワークフローになった時に何ができるか? 現在においても出版社の立場から確実に言えることは,「モノを運ぶだけの営業担当なら要らない。バイク便のほうがずっといい」ということである。

エキスパートにとらわれず

よく言われることだが,DTPエキスパートは資格ではなく,認定である。資格というものが,「それを取得していなければ○○してはならない」という性格のものであるのに対し,認定は,「私は○○できます」という宣言をしているようなものである。分かりやすい例を挙げれば,「医師免許という資格がなければ医療行為をしてはならない」ということは,「医療行為をするには最低限これだけの知識が必要です」という「最低ライン」を決めるものであるのに対し,DTPエキスパートは「このライン以上,無限大」を広い範囲で認めるためのものである。と同時に,認定は,それを受けていない者であってもそれに値する実力をもっているかもしれないことをも示している。
私自身への自戒を含めて言うと,認定に甘えることなく,仕事へと,より高い付加価値へと臨んでいく姿勢が大切だと思う。
エキスパートに期待できることとしては,何より知識の裾野の広さである。アナログからデジタルまで,また,工程の川上から川下までを見渡してディレクションを取ることができる,ということが強みだろう。一つのジョブに対して,要求されるコスト,スピード,質などの条件によって複数のワークフローを使い分けられること。また,提案型の営業,ひいては新たな付加価値,新商品の提案にまで踏み込めると面白い。
紙でできた本とは,ソフトウエア,ハードウエア,インタフェイスが一体になったものである。コンテンツの中身は出版社の領分だが,ソフトウエア,インタフェイスなどの作り方によって,全く違った商品になり得る。紙媒体以外のメディア,例えばCD-ROMはソフトウエアだが,そこにどんなインタフェイスをもたせるかによって,さまざまなコンテンツの見せ方をすることができる。検索性,一覧性などをどうするか? ユーザが最もアクセスしやすいインタフェイスはどんなものなのか? ほかの情報とのリンクは? 等々。ソフトウエア,特にインタフェイス部分については,印刷会社の中でも今後強化していくべき部分なのではないだろうか。
今年になってΣブック,パブリッシングリンクなどの電子書籍の規格も新たな展開を見せてきた。ベータとVHSの規格戦争を彷彿とさせる状況で,当面は各社様子見が続くかもしれないが,紙の本にプラスして,「ウチならこういう付加価値もあります」という新たな出版企画をもち込むこともできるのではないだろうか?

オープンに,広く,インデペンデントに

出版社にとって,信頼できる印刷会社とは,預かった原稿を「このようなテクノロジーを用いて,このような処理をします。この方法を採るメリットは○○で,デメリットは○○です」と,デメリットを含めてはっきり開示できる会社である。これは実績と自信がないとなかなか言えないせりふで,特にデメリットを把握するには経験,試行錯誤がそれなりに積まれていなければならないし,それを開示するのはそれなりに勇気のいることだ。しかし,後になってそのデメリットがトラブルの種になるよりは,早い時点でオープンにしてしまったほうが良いのである。
逆に信頼できないのは,その部分をブラックボックスにしてしまい,「大丈夫です。任せてください」としか言わない担当である。これは出版社側が細かく「何を,どうしてください」と言えない(言わない)ことも問題なのだが,だからと言って何の説明もなければ,その仕事の過程やそこに使われた技術を共有することができない。共有することができなければ,双方の認識にだんだんズレが生じ,問題になることも予測される。
「ウチは××を頼んだつもりだったのに」「そんな話は聞いていません」……××には「別メディアへの展開」「シリーズ総索引」「PDFでのデータ戻し」などが入りそうだ。方法を共有し,ある意味での「顧客教育」をしていくことが,次の仕事へとつながっていくし,トラブルを防ぐことにもなる。そうは言っても相変わらずデジタルに弱い編集者は多い。それを補完する能力,ニーズを予測し,先回りする能力も必要になってくるだろう。製版から印刷の現場で力を発揮するのがプリンティングディレクター(PD)であるなら,エキスパートに期待されるのは,より包括的で守備範囲の広い,言うなればプロダクトディレクターとも言える役割だろう。
今後主流になっていくであろう,CIP4/JDFといった規格は,ほかの業種を貫くようにして存在している。「ウチはウチ」といった考え方は通用しないということだ。裏を返せば,このような規格に即していれば,それがどの産業に属しているかは問われない。業種の垣根をなくす方向へと移行している。それに合わせて,そこに携わる人間も,オープンで,デバイス・インデペンデントな人間へと変化していく時期に差し掛かっているのではないだろうか?

(『プリンターズサークル5月号』より)

2004/06/10 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会