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日本の印刷市場、印刷産業のグローバル化の現状
(その2)

■ASIA FORUM
第7回マレーシアFAGAT(2004年)
日本講演レポート

2004年6月30日

社団法人日本印刷技術協会・常務理事 山内亮一

  

3.印刷市場のグローバル化の条件

ビジネスの基本は顧客満足を得ることである。顧客は、必要とする印刷物がどこで作られるかには全く関心がない。顧客が求めていることは必要なものを必要な時に作ることである。したがって、経済のグローバル化の進展にともない印刷市場がグローバル化することは当然である。通信技術の発達と普及はその促進剤になる。
ただし、印刷の商取引は既製品の大量取引ではなく,オーダーメイド品の加工依頼であり、納期も短いので他の製品とは異なる制約条件がある。

(1) 納期

情報化の進展に伴い、あらゆるビジネス活動のサイクルは短くなり、当然のことながら印刷物の納期もより短納期が要求される。
日本の出版業界における大きな問題は返品率の高さである。日本で1年間に発行される定期刊行物以外の書籍の部数は7億4千万冊である。しかし、そのうちの40%弱、2億8千万冊は売れずに出版社に返品されている。このような状況を改善するために、出版業界は情報化を進めている。

日本の18000書店のうち6000点ほどにPOSシステムが導入され、いつ、どこで、何が、どれだけ売れたかをリアルタイムで知ることが出来るようになった。POSの普及がさらに進めば、初版は確実に売れる部数だけを印刷して市場に出し、以降は、POSデータによって売れ行きを見ながら再版をしていくことになる。したがって、書籍の印刷も、小ロット、短納期での頻繁な再版発注になっていく可能性が高い。
オフ輪工場は、従来から経済効率の点から24時間、7週間、365日稼動が普通であったが、最近では、枚葉印刷の分野でも、短納期での生産が顧客満足の重要な要件になってきており、24時間、7週間、365日稼動の印刷工場は増える傾向にある。
技術面では、フルデジタル化が完了し、現在はその仕上げ段階としてCTPの導入が急速に進んでいる。これも、印刷物生産の短納期化に拍車を掛けている。 米国のある調査によると、1995年時点で1日以内の納期の仕事は29%であったが、2005年には4割近くの仕事で1日以内の納品を求められるようになるという。 このような印刷物の短納期化に対する最大の障害が印刷物の輸送期間である。印刷物の納期に影響する輸送期間は印刷物貿易の最も大きな障害となり、この制約によって海外で印刷する印刷品目には強い制限がかかってしまう。

(2)品質

日本の印刷物発注者の品質に対する目は異常とも思えるほど厳しい。欧米ではフレキソ印刷のシェアが高いが日本でのシェアが非常に低い最大の理由はグラビア印刷とフレキソ印刷の品質の差である。日本のペーパーバックと米国のペーパーバックとの差も、日本の印刷物発注者や消費者の品質に対する厳しさを示すひとつの例である。私個人としては、日本の印刷物発注者の品質要求は多くの場合合理性に欠けているように思っているが、商売としては現状を前提として取り組まざるを得ない。
品質に関わるひとつの要因して、多様な印刷用紙の使い分けも日本の印刷物発注者の満足を得るためには重要である。日本の印刷界で普通使用する用紙品目は、品種では中質紙,上質紙,A2コート,A3コート,微塗工,アート紙,片面コート,晒クラフト,マニラボール,白ボールなどであり、サイズも、 A列,B列,寸のびA列,寸のびB列と非常に多様である。納期が短い印刷物生産においては、このような多様な紙が常にすぐに手に入るようになっていなければ仕事にならない。
印刷機械の各種プリセット機能や自動化は、世界各国の印刷物品質水準を高いレベルの同一水準に押し上げていくだろう。今後、印刷物品質を大きく左右する要因は、印刷機のオペレータの技能ではなく、管理力やモラルになっていくと考えられる。設備のメンテナンスコストや材料コストの負担を避けるようなことでは,競争力のある品質を維持することは出来ないし結果としてコスト高にもなる。

(3)コスト

人件費が安い地域で印刷物を生産して日本に輸入することが価格面で有利であるとは限らない。東南アジアでの印刷物生産のコストとしては、材料費、特に印刷用紙の価格と労働生産性が問題となる。
労働生産性が同じならば日本の印刷価格の半分になるが、労働生産性が日本の半分であれば価格は25%ほど低いだけで、運賃や海外との取引にともなうコストを考えると海外で印 刷物を生産して日本に輸入することのメリットはないという調査結果もある。日本の印刷現場では、全判の両面兼用枚葉8色機でもオペレータの数は2人というのは決して特別な例ではない。

4.これからのグローバル化の姿と可能性

(1)デジタルネットワーク化による促進

印刷物の構成要素となる文字、図形、画像の全てのデータはデジタルデータとして取り扱われるようになり、各種のデジタルデータを通信回線で交換することが当然のことになる。 この場合、顧客が満足する柔軟な生産体制を品質面から保証するためには、カラーマネージメントの運用が不可欠になる。
カラーマネージメントの基盤は印刷機がいつでも同じ色再現をするように調整されていることと、顧客、デザイナー、印刷会社など、印刷物制作に関わる企業が、できればひとつの標準を利用してそれぞれの設備の色再現の違いを調整できる仕組みを作り、その標準は既にJISにもなっている。同委員会は、今後「ASIAN COLOR」という標準を作りたいとの意向を持っているようである。
JAGAT自体は、日本のISO/TC130委員会運営の主体ではないから、その先頭に立ってアジア地域の標準化を推し進めることはできないが、FAGATという場が標準化制定に貢献する機会はいろいろあると思っている。

先に述べたように、印刷物の納期はどんどん短納期化してきており、印刷市場のグローバル化においては物流が最も大きな問題となる。しかし、印刷物の内容であるコンテンツデータは通信回線を介して自由に流通させることが可能になってきている。韓国の通信インフラは日本以上に整備され利用が進んでいるし、中国の大連にプリプレスの工場を設立した日本の中小企業の経営者は、大連における通信インフラ整備は日本以上に進んでいるし人材というインフラもすばらしいと述べている。同社は、日本の学校で使われる教科書の改訂にあたって、10万ページにのぼる学参物の入力の仕事を大連で行ったのをきっかけにデータ入力やプリプレスの仕事のみを扱う企業を設立し、日本の印刷会社や顧客からの仕事を行っている。この経営者は、プリプレス事業は、品質に関するリスクが少ないことが最大のメリットである述べている。
このような状況を反映して、文字入力や画像処理、組版といったプリプレスの業務のみを海外で処理することをPRする印刷会社の増加傾向が見られる。日本の印刷会社が仲介に入ることが安心感にもなっている。
国境をまたがる印刷ビジネスの交流は、物流を伴わないコンテンツあるいはデジタルデータの処理、加工という分野でより有望なようである。地球規模で考えると、時差の大きな地域間では、それを利用して制作期間を短縮するためのコラボレーションの例もある。

(2)国際共同出版

日本のマンガは、アジア各国で多く読まれるようになった。中国では、2003年に「クレヨンしんちゃん(蝋筆小新)」が出てヒットした。日本のマンガは、アジアだけでなく、米国、欧州でも本格的な普及の兆しが出てきている。2003年春、米国ランダムハウス(RANDOM HOUSE)と講談社が提携、2004年5月にランダムハウスの系列出版社が講談社のマンガを出すことになった。 漫画だけでなく、吉本ばなな、村上春樹といった作家は韓国、中国、そしてヨーロッパでも人気のある作家である。村上春樹の「海辺のカフカ」は2003年秋に韓国で出て以降ずっとベスト1〜3位に入っており、塩野七生の「ローマ人の物語」は韓国で400万部売れている。中国でも文芸分野の5人の人気作家の1人は村上春樹だという話を聞いたことがある。
従来、日本の出版市場は輸入超過で翻訳ばかりしていたが、マンガ以外の日本のコンテンツもこれからどんどん海外に出て行く可能性が十分ある。ある韓国の出版人が、日本、韓国、中国はみんな三国志を読んでいる共通のベースがあるから、国際共同出版は十分可能ではないかと言ったという。国際共同出版は、ヨーロッパで盛んであったようにアジア圏でも当たり前になるかもしれない。

そして、例えば、日本の出版社が初版を出すときに、中国での発行部数が最も多く次が日本での発行部数というような可能性も想定される。そうなれば、当然、中国に印刷の拠点を持っていって、そこで本を作りそこから各国に本を配送することは十分に考えられることである。中国のビジネス書では発行部数が1000万部という本もあると聞くが日本の国内市場とは桁違いの部数である。日本の出版社が、飽和している日本国内市場から海外に出て行くような国際展開は、印刷業界にとっても注目に値する動きであろう。小学館は既にVIZという会社を上海に作っている。
ここ1,2年、韓国のテレビドラマが日本で高視聴率を上げることは珍しくなく、2003年は中国の「女子12樂坊」というグループのCDは大ヒットしたし、このグループはコマーシャルでも大活躍した。今後ともに、アジア各国相互の人的交流、文化交流、経済交流がますます拡大していくことは明らかであり、それにともなってアジア地域の印刷市場、印刷産業の相互関係が密接になっていくことは間違いない。
どのような場合でも交流の基盤は信頼関係であるが、既製品の大量生産ではなく、一品個別生産的な性格が強く、しかも納期、品質、価格に標準がない印刷物の取引においては、より一層強い信頼関係が重要になる。

FAGATのメンバー機関の信頼関係を各国の印刷物業界の信頼関係にまで広げていくことによって、アジア各国におけるさまざまな交流の促進に貢献できればFAGATの意義もより深いものになるだろう。

2004/06/16 00:00:00