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出版の変容・読者の変容

7月16日の青山ブックセンターが破産申し立てによる営業中止となったというニュースはある種の衝撃であった。

1980年の六本木店開店からスタートした青山ブックセンター(以下、ABCと略記)は、東京を中心に7店舗展開をしていた。その象徴である六本木店は広告、デザイン、建築、現代思想、そして文学、アート関連の選定・品揃えで群を抜いており、書店でありながら通常のベストセラー優先型の書店とは違う、本のセレクトショップとしての地位を確立していた。そしていち早くニーズに合わせた深夜営業も行なっており、東京に集中している版元の人間、カタカナ系職種の人間にとって、深夜作業中必要となった本を調達する得難いスポットともなっていた。

しかしこのABC破綻の衝撃とは、ありうべき書店の破綻ということ以上に、本と読者の変容に客観的に目を向けなければならないという事実を突きつけられた事が大きい。ABCがあるからまだ留保できるという気分が打ち壊されたということである。

かつての書店はどのような書店でも、本そのものの持つ力によって大なり小なりパブリックスペース、知的体感スペースとして機能していた。それが本そのものに吸引力、魅力が乏しくなり、通常のベストセラー優先型の品揃えではそういう場を成り立たせることが難しくなったのである。ゆったり店内を回遊しながら、さまざまなインスパイアを受けていくという余地が書店からどんどん消え失せていくなか、独自の品揃えとディスプレイによって数少ない本の力を引き出していたのがABCだったのである。店舗全体が、ショップでありパブリックスペース、知的体感スペースであるという二重性を正にぎりぎりで体現していたのである。

ABCは、80年代から90年代前半にかけて、本と言った時に想起する作り手、読み手の中心層を顧客に抱え込んでいた。
かつて本といったときその中心にあるのは文学書を核にした一般書教養書であった。それらがマスメディアとしての本の中心にあり、そこで発明発見公表された知がさまざまな形式をもつ本に応用転化されていくというつながりがあった。
しかし出版業界が右肩下がりをはじめた90年代半ば以降、その中心部分が希薄化しだし、ビジネス書、PC系を中心とした実用書・技術書、そしてエンターテインメント系書籍にスペースを譲り始めた。やがてアーリーアダプターとして機能していた意識の高い最初の読者の姿が見づらくなってきた。そしてかつて中心にあった知が空洞化し、すべてが均質のドーナッツ形状になっていった。それが現在にまで繋がっている、本の世界だと言えよう。

その本を生み出してきた出版業界も、持ち株会社によるM&Aの波が起こり始め、企業経営の方程式が導入され始めた。その中で出版社は株主利益を求められ、企業型経営の仕組みに変換することを求められることは容易に想像がつく。再販制の枠の中でとはいえ、事業=文化という二重性を築いていたものに対して、客観的な経営判断に基づく優先順位が付けられることになる。

それは本というものが持つ多元的、複合的イメージが希薄化し、単一の意味・機能がより表にでてくることに結びつき、それに合わせて読者という存在もますます希薄化してくるだろう。

一字一句を丹念に読み抜いていくこと、さらに行間を読む、余白を感じる、本をある種の宇宙の象徴と認識する、という総合的統合的空間性から、断片へ、細部へ、瞬間へと文字を読むことのモードは大きくシフトしているかに見える。
そしてその読む傍らで即座に「書く」こと「送受信する」ことがデジタル技術により実現している。文字の「読み/書き」という行為は、「おしゃべりの文字化」であるメールを筆頭に夥しい量のコンテンツを生み、それを瞬時に消費する形の文化として既に定着している。

携帯が登場した時、これが「携帯」という名称で落ち着いてしまう等ということはまったく予測できなかった。暫定的なものだろうと多寡を括っていたら、このよく分からない呼称のままいつのまにか定着してしまった。
しかし冷静に見てみると携帯は今、携帯型電話ではすまない複合モバイル・ツールでありメディアに成り変わりつつある。まさに後半に○○という用語が付くことを予見して今はまだ「携帯」という前半分を名乗っている状態と考えればこの奇妙な呼称も腑に落ちる。

呼称と実態が乖離をしはじめている。機能とその機能を豊潤にする複合的なコードとの断絶が起こっている。概念に見合った呼称がない、あるいは概念化をしていない変容の途上にある事象が増殖しているのである。
それがコンテンツという言葉が一般的にも使われだした90年代の後半に入った頃からより顕著になったということが言えるかもしれない。そしてそれは、今がまさにパラダイムシフトが進行中であり、最終形態に落ち着つく手前にあるということを示しているのかもしれない。


昨年JAGATでは「顧客の顔が見えるメディア」と題するシンポジウムを開催した。この企画立案の際、メディアに対して「顧客」という呼称を付すことの是非について悩んだものである。さてこのシンポジウムでは、1年後の今では当り前のように言われるようになった顧客の視点から商品、サービスを提供することの重要性を考えるに当って、それが立ち遅れているメディアの仕組みの中でそれを実現しているベンチャー系企業経営者の方々をパネラーとして行なった。そしてクローズドで開催したフォーラムでも、中期的なメディアビジネスの課題を探った。

本年は、コンテンツとその受け手である読者/ユーザーの立場から、価格戦略、再生戦略、配信戦略、権利戦略、育成戦略を交えたライフサイクル最大化の戦略を考える。
そのJAGAT技術フォーラム主催のシンポジウムを9月22日(水)に開催致します。概要は近日中に公表致しますので、ご期待下さい。
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2004/07/27 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会