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Webプロデュース最前線

Web制作会社の株式会社TRANSでWebプロデューサとして活躍している佐々木裕一郎氏に,TRANSの仕事ぶりについてうかがった。

トランスは2002年に設立したコンテンツと広告の企画・制作会社である。トランスは映像・音楽・印刷・デジタル・イベント・商品企画の6つのチャンネル別に構成され,Web についてはプロデューサの佐々木氏,大手サイトのシステム構築(SI)なども経験したエンジニア,映像のディレクタの3名というWebの仕事をするための最少人数で構成されている。Webへの取組は,社内に専属の制作スタッフやデザイナを抱えず,プロデューサやディレクタ、エンジニアのみ徹底的なプランニングを行い,仕事を受注した後で,プロジェクトごとに制作ディレクタやアートディレクタ,エンジニア,Webデザイナなどの必要な人材を集める。

取組から1年半が経ち,その試みは良い方向へと向かっている。2003年のインターネット関連の売上は1億円を突破し,営業へ行かなくてもクライアントのほうから仕事を依頼してくるという形で仕事ができるようになった。

現在の主な事業は、(1)Webコンテンツ制作、(2)ECサイトの構築、(3)携帯電話のコンテンツ制作,という3つである。大手クレジットカード会社のECサイトや音楽アーティストのWebサイト、月刊音楽情報誌のWebサイトなどを手掛けている。

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覚悟のいるECサイト

ECサイトの構築は,仕事として受注金額が大きい。ただし,どんな会社とも一緒に仕事をするわけではない。費用も人手もかけず,簡単にECサイトを構築したいという企業には楽天などを紹介する。ECサイトを作る場合は,クライアント側に相当の覚悟が必要だからである。リアルな世界に1店舗構えるくらいの心積もりがいる。例えば地代・家賃・人件費・広告費がかかるという意識がないとECの仕事もうまくいかない。それをクリアした企業とECサイトを作れば,最初の立ち上げだけでなく,顧客管理やセキュリティ、販売促進策など継続的な話に発展する。

従来のWebサイトは商品の説明ページとして広告予算で作成してきた。しかしその費用対効果を計るのはページビューの数,つまり無料のトランザクションしかなかった。これでは何万人アクセスしたという記録があっても実際にどの商品がどれくらい売れているのかわからない。

最近は,メーカー側がダイレクトに商品を販売したいという考え方になってきた。商品情報のページにECのエンジンを組み込み,[Buy Now]ボタンをつけることを要求される。このため,Webサイトを作る場合にはWebデザインとECの仕組みの両方がわからないと要求に応えられなくなってきている。

さらに一歩進んで,一度PCのECサイトで商品を購入したユーザに対し,次に買う時にはPCでなくてもいいのではないかという発想になっている。自宅に帰ってPCを立ち上げ,Webサイトやメールでセール情報を入手して購入する,というのでは手間や時間がかかる。そこで,リピーター向けには携帯電話に情報を発信して刈り取る。例えば,セール情報を携帯電話のメールに送る。ユーザが商品を気に入れば,携帯電話からインターネットにアクセスして即座に購入することができる。

ECサイトの構築には,幅広い技術的な情報や決済の仕組み,流通の手段を知り組み合わせる必要がある。例えば,一般的なECサイトはユーザが注文したらその情報が自動的にメーカーへいき,次に倉庫へ出荷指示の情報が流れて、商品がユーザに送られるという仕掛けになる。決済にもクレジットカード決済や着払い,コンビニ決済などがある。

決済については,トランスでは着荷時決済を採用している。着荷時決済では,宅配業者がユーザの家に商品が届けた段階で決済をする。発注した段階で決済すると、商品が届かない段階でクレジットカードの請求書が送られることがある。この場合,キャンセルされると膨大な事務作業をしなければならない。このようなことは経験を積んでいく上でわかってきた。管理系のシステムや仕組みも知らないとECの仕組みを売ることはできないし、ユーザの顧客満足度は決して上がらない。

成功例を販売する

トランスでは常に少し先の仕組み作りを挑戦しながら、その中で成功した仕組みをソリューションとして販売する。わからないソリューションに値段をつけて納品するということはしない。また,仕事を発注する企業に対しては,クライアントではなく一緒に問題を解決するためのパートナーという意識で対応している。費用対効果を考えて、効果のほうが高いソリューションを提供する。

ECの例でもそうだが,覚悟のないパートナーとは仕事をしない。単に予算があるから仕組みを作って欲しいというケースは失敗してしまうからである。例えば,サイトのノウハウは開発や運用だけではない。閉鎖する場合にもノウハウがある。会員管理をしている場合は,その会員データをいつまで管理するのか。ECの場合はいつまでフォローするのか。商品の販売を月末で終了する場合、顧客に届くのは遅くてもその翌月後,クレジットカードの入金はさらにその後になる。つまり,サイトを終了してから2ヶ月は関わらなければいけない。

ECサイトは,構築したからといっていきなり売上が上がるものではない。努力を積み重ねて効果が出る。そこまで我慢ができる企業とできない企業がある。

他にも仕事をする判断基準として、確実に商品を出荷できる,継続的に何かをリリースするというのもポイントになる。日常的に同じ商品が並んでいてもECは活性化しない。3ヶ月に一度商品をリリースするなど、ビジネスの山場を作れないと商品を購入してもらえない。以上も含めて,仕事を受けるかどうか事前に検討を重ねる。現在は,これらにきちんと対応できるクライアントのWebデザイン、EC機能提供、会員囲い込みのためのコンテンツ企画、コンサルティングなどを行っている。クライアントはクレジットカード会社から京都にある料亭まで幅広い。

プロデュースに徹する

顧客からサーバやシステムが欲しいといわれた場合は、パートナーとして最も信頼できるプロバイダのBIGLOBEのシステムを販売する。自社でシステム開発をしたり,安定性の欠けるシステムを売ったりすることはしない。メンテナンスが必要なことはしたくないからである。携帯電話のプロバイダとも同様な形態をとり,更新業務もそこが行う。トランスではプロデュースフィーをもらう。社内になるべくオペレータを抱えない。必要な人材は,プロジェクトが発足するたびに探す。打合せはトランスの事務所でしたり,クライアント先でしたりする。外注したスタッフからくる納品物は全てチェックするが,日常的なルーチンワークには参加しない。

トランス側はプロデュースに徹する。みんなで必死に同じ作業をしていると,上からみた目や横から見た目がつくれない。できるからといって自分も作る側に回ると,忙しいだけでクライアントが本当に求めている新しい企画に没頭できない。制作するよりも,市場で何がおこっているかをリサーチするように心がけている。成功しているビジネスについては,その企業を実際に訪問して話を聞き,ノウハウ蓄積していく。流行っているもの,流行っている映画,流行っている場所,全てを見ないと市場にうけるものを作れない。

映画でもお店でも本でも,流行っている物は若干インタフェースやサービスに説得力があり、他とは違っている新しいデザインの要素が入っている。今の動向をおさえておかないと,Webデザインを提案する際のバリエーションが乏しくなる。クライアントに対し,「このようなイメージで」と他のWebサイトを紹介するのと,新しい案を10種類提案するのとでは大きく違う。前者はそのサイトをコピーしなさいと言っているのと同じであり後者はクライアントの選択肢を提案している。

ディレクションのための知識武装

Webサイトの制作ディレクタは,クライアントやデザイナに対して優位に立つための話術やプレゼンテーションの力がないと,自分に問題のしわよせがくる。制作ディレクタはニーズを言うクライアントと自己主張するデザイナとの橋渡しをしなければならない。コミュニケーション力は,制作スタッフにはある目標をもたせて,期日までに納品させるためにも必要である。

特にアートディレクターとのやりとりには神経を使う。例えば,ターゲットが主婦のサイトを作る場合「お昼を食べた後,30代主婦での人たちがアクセスするだろう」ということをきちんと説明して「わかりました」という言葉をひきださないといけない。そうしないと,仕事の方向がずれた場合,それは違うと指摘できなくなる。

ディレクションは説明が仕事である。最低限,最近の技術動向を知りながら、コンテンツに対して愛情が無いと優位に立てない。

また,クライアントに対する説得も重要である。クライアントが納得するデザインと,ユーザに訴えかけるデザインが乖離している場合はよくある。クライアントが喜ぶものを納品するのは簡単である。しかし,ユーザに受け入れられるものを納品するためにクライアントを説得し,成功につなげないといけない。そうしないと,自分は納得できない,市場にも受け入れられない,結果的には仕事の評価は下がるという悲しい納品になってしまう。

営業からコンサルティングへ

現在の仕事の形態としては,トランス側から見て可能性のある業種に対しては営業をして開拓するが,そうでない場合は基本的に営業をしない。営業はコストが非常にかかるからである。

商売のプロトタイプをつくらないと新たなソリューションは作れない。そのプロトタイプを作る費用を自社で負担してもいいと考えた業界に対して営業にいく。例えば新たな飲食店のECサイトを作ろうと考えた場合は,老舗の料亭へ行って提案営業をする。そこで良い仕組みを作ることができれば、他の料亭やレストランなどに水平展開が可能になり、会社として新しいキャリアを追加することになるからだ。

現在は,代理店やパートナーから「このようなことをしたいからどうすればいいか」という仕事もいくつか入るようになった。この場合は,問題を解決するためのソリューションを提案するということで,提案するドキュメントを提出する時点でコンサルティング費用をもらう。やみくもにプレゼンシートを作って営業すると完全に受託業者になってしまう。当社はその体制から抜け出し,一緒に問題を解決できるパートナーの地位を確立しつつある。(2004年8月3日)

●株式会社TRANS
 〒107-0052 東京都港区赤坂8-3-12 c-complex 2F
 tel:03-5786-3691

2004/08/03 00:00:00


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