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ネット上のテキストの流通がもたらすビジネスの可能性

8月24日掲載記事で『季刊・本とコンピュータ』編集長の仲俣暁生氏に今の「読者」の姿について話を伺ったが、さらに詳しく状況を説明してもらうために寄稿をお願いした。

印刷された本以外に読むべき文字、つまり「読書」の対象がなかった時代と異なり、携帯電話やパソコン上で書かれたり読まれたりするテキストがごく当たり前にある時代には、「読書」という言葉のもつ意味も、その機能や役割も大きく変わっていくことでしょう。そのような変化の兆しは少しずつ見えてきています。すでに紙の本でも、読みたい人よりは書きたい人のほうが多い、とさえ言われます。そのような風潮を否定的にとらえる人もいますが、出版社から刊行された本を受け手としてただ読むだけの、いわばリードオンリーの「読者」から、多くの人間が読者であると同時に書き手でもあるような状態、つまり「書くこと」と「読むこと」が往復し合うような、新しい「読み=書き」のかたちが、少しずつ広がっていくことは、あながち悪いことばかりではないように思います。

ネット上の書き込みというと、無料掲示板がすぐに連想されるせいか、その質が問題にされがちですが、最近はネット上で流通していた小説やエッセイが商業出版物となって刊行され、ベストセラーとなるケースも増えてきています。ネット上における「読者」や「書き手」は、紙の出版物を読んだり書いたりする人とまったく別の人種ではなく、ある部分ではかなりの程度、重なりあっているのです。

インターネットは、そのような新しい「読み=書き」をささえる仕組みのうちで、もっとも強力なものだと言っていいでしょう。そのなかでも、このところ大きな話題になっているのが、「ウェブログ」というネット上の日記サービスです。私が「ブログ」に関心をもつ理由は、そこではさまざまな話題をめぐって、大勢の人間が同時にテキストを書いたり読んだりできる場があり、そうした場をベースに、一種のゆるやかなコミュニティが生まれつつあるからです。これまで、そのようなコミュニティは商業雑誌や同人誌などの印刷メディアによって支えられてきましたが、その機能のある部分は、確実にインターネット上に置き換わりつつあるといえるでしょう。

「ブログ」あるいはそれらに類似のサービスを提供する企業は、大手からベンチャーにいたるまでいくつも存在しますが、なかでもめざましい成長を遂げているのが、誕生からわずか数年で日本におけるウェブログの最大手となった「はてなダイアリー」です。「はてな」 という小さなベンチャー企業が起こしたこのサービスはとても使い勝手がよく、私自身もこのサービスを使い始めておよそ1年半になります。現在6万9千人の「ダイアリー」の書き手がおり、日々、硬軟さまざまな日記が更新されています。

日記といってもそのなかには、本や映画や音楽やコンピュータについてのエッセイやレビューがあったり、著作権やプログラミングといった専門的な話題をめぐる議論もあったりします。ある人の日記にコメントをつけたり、リンクを貼ったり、キーワードを共有することで、書き手同士のあいだに緩やかな関係性が生まれ、書き手だった人が、他の人の日記に対しては読者となる。その魅力に、多くの人がとりつかれているのです。しかも、このサービスは基本的に無料なのです。

もちろん、電子メディア上でプロ・アマを問わない多くの人が「読み=書き」行為をするという現象は、インターネット以前のパソコン通信(BBS)の時代からなされていたことです。1980年代にはじまった草の根BBSから、ニフティサーブを代表とする大手商用パソコン通信がさかんだった時代を経て、1995年頃のインターネットの爆発的普及を期に、ニューズグループや個人ウェブサイトをはじめ、電子メールをつかったメーリングリストや、それをより雑誌風にアレンジした「メールマガジン」など、さまざまな電子的な出版活動が生まれてきました。

他方、マイクロプロセッサの処理速度や画面解像度の向上、そしてネットの帯域幅のブロードバンド化と常時接続化、さらにはネット上で「読み=書き」するための端末としてのパソコンや携帯電話、あるいはPDAの普及によって、テキストを電子メディアを通じて「出版」するための仕組みはますます成熟しつつあります。「はてなダイアリー」をはじめとするウェブログサイトの現在の隆盛ぶりは、そうした長い歴史の積み重ねの上に咲いたものであり、決して一朝一夕に生まれたものではないでしょう。

ネット上で見られるテキストの流通は、はたしてこれからの出版や印刷とどうかかわり、それらをどう変えていくのか。今回のシンポジウムでは、ネット上でのテキスト流通の現場にさまざまな立場で関わってきた方々をパネラーとしてお招きすることで、その現状と、未来を考えてみたいと思います。

――2004.9.9『季刊・本とコンピュータ』編集長・仲俣暁生

2004/09/10 00:00:00


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