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あるDTPエキスパートのその後

◆早川 誠一

2004年6月某日。
その男は,2月の第21期DTPエキスパート試験を受け,何とか合格を果たして認証証を手にしたばかりのころで,今後自分の仕事においてこのことをどう生かしていけるかを考えていた。
彼の仕事は,「製版管理係」というもので,いわゆる入稿窓口として,営業がもってきた原稿類の内容をチェックし,現場に対して必要な指示を出すというものだった。仕事の性質上,彼は印刷に関する幅広い知識を必要としていて,単に製版知識のみならず,デザインから加工・仕上げまでをトータルで理解していなければならなかったのだが,まさに,それはDTPエキスパートの理念に合致するものだと考えていたし,今後,変化の激しいDTP環境に対応すべくDTPエキスパートとしてのあり方を思案しているところだった。

ところが,突然の一本の電話が彼に転機をもたらした。
それは,その男の上司からで,彼に次のように告げたのである。
「異動して欲しい。次は《仕入商品課》だ。」
男は大いに驚いた。
男が勤める会社は,某飲料・食品メーカーのポスターやパンフレットを作っているのだが,昨今の印刷業界の風潮で,その得意先が販売している飲料や食品などの販促活動におけるPOPや景品の提案・購買を行うのが,《仕入商品課》である。
男が驚いたのは,DTPエキスパート認証に合格したばかりで,これからもこの仕事を続けるものだと思っていたからであり,印刷とは直接関係の無い仕事をすることになるとは少しも考えたことが無かったからである。

というように,小説風に書き出し始めましたが,現在,私の業務内容は「仕入商品課」という部署になっており,DTPとの直接的な関係が薄れてしまっています。
「それじゃ,せっかくDTPエキスパート試験に合格したのに,無駄じゃないか?」とよく人に言われるのですが,それは違います。
私の前の業務内容はDTPオペレータではなく,設計や進行管理だったことも幸いしていますが,設計・進行管理という面ではものづくりは印刷物でも,それ以外のものでも共通する面があるもので,やはり最終的な出来上がりを想像して,途中で校正(景品の世界では試作)をつくり,問題点を修正して,品質の高い商品を作ることは変わりません。また,印刷物は非常に幅広いところにあるもので,景品のパッケージや景品そのものへのロゴ入れなど,版式はこれまでに深く携わってきたオフセットではないものの,シルクスクリーンやグラビア印刷などを使って行われるので,DTPエキスパートになるために,勉強してきたことを応用させる場所は多様にあります。
確かに,DTPエキスパートとして学んだすべての知識をフル活用することは少なくなりました。でも,「色を見る目」=「知識と経験に裏づけされた根拠からの正しい色,及びその方向性への決断力」だと私は考えていますし,それは,環境が変わったからといって失ったり,錆び付いたりするものではなく,逆に,変わった視点からDTPというものを改めて見ることができるので,これまでに理解に欠けていた知識を手に入れて,より「色を見る目」を養うことにもなると考えています。

以前の業務についている間は,印刷業界以外の人でもDTPエキスパート認証試験を受けられる方がいらっしゃることに驚嘆と敬意の念を覚えたものですが,自分も純粋な製版・印刷の仕事から離れることは夢にも思っていませんでしたので,改めて,このような方たちの努力には頭が下がる思いです。なにせ,普段は自分の仕事だけで忙しいはずなのに,それ以外のまったく知らないことを勉強しようとするのですから。
今では,私をはじめとした多種多様なDTPエキスパートがいた方が様々な面でDTPエキスパートの活躍の場が増えるし,一般の人にとって身近な存在としてのDTPエキスパートになれるのではないかと考えています。

 

月刊プリンターズサークル連載 「DTPエキスパート仕事の現場」2004年11月号


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2004/10/31 00:00:00


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