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思いでの1枚をよみがえらせるDTPエキスパート技術

株式会社55ステーション e-ビジネス部 東 陽一

 
ある日,テレビで「新潟県中越地震」の被災者たちのその後の生活について報じているニュースが流れていました。被災地では多くの人たちがボランティア活動をしている中,自分にも何かできることはないだろうかと考えていたその時,ある光景が目にとまったのです。それは,着の身着のまま避難していた被災者が避難所から一時帰宅し,自宅から大切なものを持ち出しているところで,お年寄りを始めとする多くの人たちが,大切なご先祖様のお位はいとともに持ち出していたのが写真でした。汚破損した家族の写真を,何よりも先に探し出し,大事そうに持ち出していたのです。
そのような映像を前にして,自分ならその大切な写真をよみがえらせる手伝いができるのではないだろうかという考えが頭に浮かびました。写真のデジタル化の技術が進んだ時代だからこそできることです。DTPエキスパートの資格は,何もビジネスだけに活用する資格だけではないはずです。日々の画像の入力や補正などで実践してきたノウハウを少しでも世の中で役に立てたい,生かしたいという気持ちから,会社の上司へ提案してみました。

実は,私の勤めている会社は,全国で写真屋を多店舗展開している会社なのですが,阪神淡路大震災の時に多くの店舗が被災したという経験をもっています。震災当時,従業員は自分たちの判断で,交通機関がマヒし足場も悪い中,被災した店舗まで,お客様の写真を救い出しに行きました。結果,お客様の大事な写真はすべて持ち出すことができました。その後,その写真を取りに来られたお客様が,「今回の震災で家と大事な家族を失いました。思い出となるものをすべて失ってしまいました。そんな中,写真を出してあるのを思い出し,ダメもとで来てみたが,保管されていて本当に良かった。私たちに唯一残された大切な写真となりました」と涙を流して喜んだことが,今でも社内で語り継がれています。それ以来,「お客様の大切な写真は,私たちが心を込めて焼きます」という理念の基,写真を焼いています。
そのような風土のある会社であるからこそ,今回の新潟県中越地震でも,社内で「写真をプリントする企業として,何か私たちでお手伝いすることはないか?」という声が上がっていました。「大切な写真を復元するお手伝いをしたい」という提案は,社内でも多くの人たちが共感し,すぐに受け入れられ,広報室が中心となって準備が進められました。
できる限り多くの人に,このサービスを提供しようということで,1人1枚までということで受け付けました。急な話だったため告知活動も大してできず,被災地の方々の生活もまだ安定しておらず,12月の慌ただしい中,どれだけの人が来てくれるのか心配していましたが,汚破損した写真を持ち込まれたお客様はいました。
額縁に入れられていたが床に落ちてガラスが割れ,傷ついてしまったものやガラスに貼り付いてしまったもの,土砂に埋もれて汚れてしまったものや,半分に破れて一部が欠損しているもの,水に濡れて波打ってしまったものや色あせたものなどが持ち込まれていました。
最初見た時は,完全修復は無理かなという気持ちもあったのですが,とにかく作業を開始しました。写真の中身を見てみると,子供がまだ小さかったころの写真。自分が働き盛りのころや,子育てに一生懸命だったころの写真。今は会うことのできなくなってしまった両親の写真や祖父母の写真。そこには決して取り戻すことのできない,大切な時間や思い出があるのだと感じたのと同時に,そんな写真を期待を込めて持ち込まれたお客様の,その写真に対する思いを考えると,これはぜひとも奇麗に修復して喜んでもらいたいという気持ちのほうがだんだん強くなってきました。そして,それこそ,通常の業務以上に精いっぱい修復させてもらいました。

今回の被災した汚破損の写真の修復は,あくまでもこちらの一方的なサービスであり,果たして被災者のお客様に本当に喜んでもらえるのだろうか…。結果,お客様には大変喜んでいただいたと聞き,ようやくホッとしました。しかし,実は予想外のうれしいこともありました。それは,被災地域にある現場の店舗の従業員たちもみんな喜んでくれたことです。
このサービス自体は本部主導の企画であり,ともすれば偽善者っぽくも見られ,現場にしてみては,普段以上に苦労している中で一銭にもならないサービスを受けさせられ,多少の反発もあるかもしれないと考えていました。しかし,サービス実施後の現場へのアンケートでは,今回の企画に参加できて本当に良かった。このようなサービスはもっと持続してやるべきだ。お客様のうれしそうな顔を見て自分もうれしくなった,などというコメントをもらい,本当にやって良かったと思いました。
しかし,これは自分一人でできたことでは決してありません。周りの人たちの賛同と協力がなければ成り立ちませんでした。広報室は,被災地でビラを配ったり,お客様と現場,現場と本部との調整に苦労し,現場のお店が入店している母店のダイエー長岡店も,ダイエーが産業再生機構に組み入れられ,気持ち的にもマイナス傾向にあった中で,このような良いことはどんどんやりましょう!と店長に共感してもらい,入り口にポスターを貼ってもらったりしました。
お店では,5名中2名の被災者がおり,被災地から通勤していた現場の従業員たちも,お客様との受け付けフローなどの体制を整えてもらいました。また,本部で画像修正を行い,それを引き伸ばして焼いてもらった神田西口店の従業員も,われわれの志を理解し,丁寧に納得いくまで焼き直してもらいました。さらには,それを入れる台紙などの備品の準備などで商品部や取引先にも協力してもらいました。
このように,みんなのベクトルが一つになって初めて成り立ったサービスでした。サービスを受けたお客様が喜び,それを接客した従業員も幸せになり,両者から支持を得られた本部や取引先も苦労が報われ,また次への一歩へつながる。このような形が,顧客にとっても企業にとってもベストな形ではないでしょうか。

プリプレス業界始め長引く不景気の中でこそ,既存の概念を捨て,本当にお客様の喜ぶことや望まれていることは何なのかを考え,それを提供することによって働いている者もうれしくなるような意義のあるサービスというものが提案できれば,これに勝るものはないでしょう。そしてDTPエキスパートの有資格者には,それを生み出せる可能性を秘めているのです。
今回のサービスを開始するに当たっても,広報室で作った対外向け資料には,「社内には(社)日本印刷技術協会認証のDTPエキスパートの有資格者が2名おり,写真画像の修復の実務経験もあります」と,お客様の写真を修復する際の信用力アップとして告知されたとともに,実際,そのスキルを使ってサービスを実行したのです。
DTPエキスパートは,ペーパーメディア,マルチメディアに関するハードやソフトを含めたさまざまな知識や技能を習得したものに与えられています。何も印刷分野,DTP分野だけで活用するのではなく,デジタルな時代,ITな時代だからこそ,さまざまな場所やシーンでそのノウハウやスキルを生かせられるはずです。それを可能にするかしないかは,DTPエキスパート有資格者の気持ち次第です。せっかく苦労して取得した資格です。もっと幅広く活用し,世の中に認められる真のエキスパートになりましょう。

 
(JAGAT info 2005年3月号)

 
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2005/03/21 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会