本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

続クロスメディア,ニッポン放送vs.ライブドア その1

社団法人日本印刷技術協会 副会長 和久井孝太郎

1. はじめに

前号では,クロスメディアと関連付け,ライブドアによる在京のラジオ放送局「ニッポン放送」に関する企業買収(M&A)の話題を取り上げた。ライブドア堀江社長が仕掛けたその攻防戦が想定の範囲内で,4月18日に一応の決着を見たことは既にご案内のとおりである。
ここで一応の決着と書いたのは,予想どおり,いわゆる『放送とインターネットの融合』を旗印とした「業務提携」の中身を明らかにすることができずに,「業務提携推進委員会」の設置ということで当事者同士の和解が図られたことを指している。
70日に及んだ攻防戦の中で堀江社長に対して,[テレビとインターネットを融合させる将来ビジョン]を質問し,その答えが具体的でないと批判しているのをよく見聞したが,秒進分歩で進歩するITをベースとする「今・ここ」のデジタル・ワールドの住人である彼には,明るい未来への直観であって具体的なものは走りながら創造していくのだ,という本音の帰結が「業務提携推進委員会」の設置という形になった。
筆者は,『テレビとインターネットの融合』などというアバウトな言葉を使うべきではない,と前回書いた。技術的な融合はデジタルの本質から見て必然であるが,基幹メディアの文化特性が融合する必然性はない。テレビも,インターネットも,それぞれ特徴をもったコミュニケーションの基幹媒体であり,媒体特性の融合で得られる利益はない,という意味である。媒体(メディア)問題は,送り手(媒体関係者)の目線だけで論じてはならない。生活者(利用者)の目線が重要なのである。
基幹的な紙媒体である新聞と雑誌,書籍でも長い歴史の中でそれぞれが文化的進化を遂げてきた。新聞社がワンソース・マルチユース的な視点で雑誌出版や書籍出版を手掛け,さらには互いにそれぞれの媒体価値を高めるためにテレビ局に出資をしてもメディアの融合などというアドバルーンを上げたことはなかった。紙媒体とインターネット,映画とインターネット,テレビとインターネットでも同じである。
文化の多様性をさらに発展させるためには媒体融合ではなく,それぞれの媒体価値を互いに高める仕組みとしての媒体交差,すなわちクロスメディア(利用者が多様な媒体をより一層活用できるようにする仕組み)の構築について科学と技術の進歩を適切に活用すべきである。文化の科学も進歩している。
現代フランスを代表する知識人の一人,ジャック・アタリがその著書『21世紀事典』で'21世紀には民主主義と人権が普及して,狂信は多様な文化に取って代わられるが,そのためには必要な科学の進歩が達成され,科学が適切に用いられるという条件が不可欠だ'と述べていた。志とその実現手段を要約したものだ。伝統的な手法やマネーゲーム的な手段だけでは,社会貢献の志は実現できない。

2. クロスメディアの全体像(クロスメディア曼荼羅)

図1は,筆者が1989年に初版を発表した「マルチ・メディア曼荼羅(まんだら)(多媒体曼荼羅)」を,現状に合わせて「クロスメディア曼荼羅(交差媒体曼荼羅)」として今回第3版に改訂したものである。

▲図1 クロスメディア曼荼羅

読者が目を凝らしてもらえれば,どこを改定したのか分かるように痕跡を残してある。「多」から「交差」へ,だが媒体曼荼羅の基本的な考え方・構造は全く変わっていない。そこでもう一度,媒体曼荼羅の基本的な考え方と構造を確認したい。
最も基本的な部分で,コミュニケーション媒体は「人々や社会(世界)のより良い自己実現のためにある」と筆者は考えて最初の媒体曼荼羅を組み立てた。
曼荼羅の右半分(ユニバーサル・サービス領域)は,わが国では総務省(旧郵政省)の行政領域であり,左半分(選択的なサービス領域)が経済産業省(経産省,旧通産省)の行政領域になっている。このような行政と媒体曼荼羅の関係がどのようになっているかは,文化的な特徴であり,国によって状況が大きく異なることを,あらかじめ念頭に置いてほしい。例えば,通信・放送行政など日本,米国,中国では大きく異なる。
曼荼羅の上半分は,主としてパーソナルorビジネス・コミュニケーションの領域であり,下半分は主としてマス・コミュニケーションの領域である。
クロスメディアを取り巻く8個の円は,曼荼羅における8つの媒体分類を表している。その中で「写真・印刷出版」「放送・移動体通信(モバイル)」「情報通信ネットワーク」そして「コンピュータ」は,媒体の4つの基本技術(四隅の円に情報の運び手を表示:「フィルム・紙」「電波」「光・メタル」「デジタル信号」)に対応する基幹媒体領域である。
そして,さらにそれぞれの中間により新しい基幹媒体領域「エレクトロニック・パブリッシング」「ハイビジョン・映画(エレクトロニック・シネマ)」「衛星通信」「データベース」がある。その外側には,より具体的な個別メディアを曼荼羅の思想に沿って配置した。
今回の媒体曼荼羅の改訂で,10年前と大きく変わった点が2つある。IP(Internet Protocol)ブロードバンド・ネットワークとデジタル携帯電話の急速な普及である。 今年は,日本の元祖インターネットJUNETがスタートしてから21年目に当たる。なかでも,この10年間におけるわが国のインターネットの普及は目覚ましく,いまや重要な社会基盤の地位を確立するまでに成長した。
当初のインターネットは,専用のシリアル回線とイーサネットで構成されていたが,FDDI・ATM・ISDN・高速イーサネット・ADSLさらには無線LANなどの新しいデータリンクを取り込み,IPという共通の通信基盤として接続形態と帯域幅(スピード)の両面から進化を続けている。
同時に,電子メール・ネットニュース・Web・IP電話など新しいメディアサービスを次々に生み出し続けている。現在のIPのバージョンは,1981年に作られたIPv4を基本としているが,これがいまやさらに,128ビットの無限大に近いアドレス空間をもち,ネットワークの自動設定やセキュリテイ機能などを増強したIPv6へと発展しようとしている。インターネットが理想とする「自律・分散・協調」の特性が社会の情報基盤として一層生かされる。
この10年のもう一つの特徴は,デジタル携帯電話に代表される移動体通信(モバイルやGPS)の急速な普及である。わが国の政府は,電子政府化(e-Japan構想)を推し進めてきたが,2010年を目途にユビキタス社会を現実のものとするために昨年度u-Japan構想を打ち出している。
いつでも,どこでも,だれとでも,何とでも(例えば情報家電,物と物)の円滑でユニバーサルなコミュニケーションができる,いわゆるユビキタス社会を実現するには,現在のネットワーク社会の不安であるプライバシーの保護,情報セキュリティの確保,電子商取引環境の整備,違法・有害コンテンツへの対応などをu-Japan構想では実現する必要がある。
現時点でJAGATおよび会員や関係者が特に注目しているのは,クロスメディア曼荼羅の左半分に関わるクロスメディアであると筆者は推測しているが,そう遠くない将来には右半分を含むクロスメディアの全領域が関係することは, 図4 クロスメディアの例として示したマーケティングにおける可能性などからもご想像がいただけるだろう。
いずれにしても,現代の媒体ビジネスは先端技術の上に成り立っている。現在,左半分のクロスメディア技術ではおなじみのアドビシステムズが世界をリードしているが,先のライブドア堀江社長も将来大いに関係をもつであろう右半分のクロスメディア技術でも世界的に見た場合はマイクロソフトがリードを広げようとしている。今のところわが国では研究段階にとどまっている。
これまでも,コンピュータのOS,インターネットの基本技術,Web,検索技術,DTP技術など多くの重要な媒体技術が輸入であったようにクロスメディアでも今後も輸入となるのだろうか?

その1 | その2

関連記事 クロスメディア、ニッポン放送VSライブドア(堀江貴文社長)

2005/05/24 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会