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待ったなしの人材戦略

今年の3月に(株)リクルートのワークス研究所から「人材マーケット予測2015」が公表された。これは今後10年間の「労働、人材」の動向をシミュレーションしたもので、数々の重要なポイントが指摘されている。
例えば一つは、労働力人口の地図が塗り替えられ、若年層の激減と高齢者層の激増が起こるということ。製造業は全体で238万人の余剰が予測され、逆にサービス業では234万人の供給不足が予測されるということ。「35歳転職限界説」と言われていたものが崩れ、人材流動化が全年齢に渡って進行することが予測されるということ。そして、若手の正社員は希少化し、優秀な大卒の争奪戦が熾烈化するだろうということ。
指摘されているポイントは多々あるのだが、これだけを見ても、産業界全体の人材マーケットが激変することが見通せる。その中で印刷業が人材確保に後手を踏まずに、激変の波を乗り越えていくためには何に留意すればよいのだろうか。
新卒、第2新卒の雇用を例え少数であっても継続的に行ない、それを自覚的にノウハウ化、戦術化していくことで、産業界全体が血眼になったとき、後手に回り社員の若返りに対応できなくなる危険から逃れる必要もあろう。世代を問わない人材の流動化が起こったとき、自社が人材の単なる通過点と化してしまうことを未然に防ぐためには、より適材適所による達成感の伴った仕事作りを図っていくことも重要となるだろう。後継者は意図しないと作れず、意図したとしても時間をかけないと「成ら」ない。経営の後継者のみならず、業務のさまざまな拠点人材の後継者をより意図的、組織的に作り上げる仕組みも必要となるだろう。
しかしこれらの手当てをしていったとしても、さらに印刷業界には、新しい社会構造に対応できる産業モデルに転換しなくては立ち行かなくなり、その答えを早急に見出さなくてはならないという課題がある。そのためにもより主体的に人材戦略を考え着手していかねばならないことは明白なのである。

よく、うちはオープンな経営を心掛けているので、社員に経営上のさまざまな情報が開示されている。それなのに、なぜそこから経営や事業戦略を学びとって幹部社員になろうというスタッフがもっとでてこないのかと、口にする経営者がいる。だが、よく話を聞いてみるとそもそも分かりやすい形での「動機付け」がなされていないケースが多い。社員個々のモチベーションをより高めやる気をみなぎらせるための配置、指示、説明が日常的になされていないことが多いということである。
経営者の中には、自分のモチベーションと社員のモチベーションが同質のものであると思い、言わないでも伝わっていると思い、結果が伴わないのはスキルが低いからだと思ってしまうことがある。だが、理念に則ったビジョンの追究。そのための戦略と戦術の構築。その内容が社員との間で、一緒に実現したいものとして共有されることではじめてオープン経営によるやるきみなぎる会社はできるのであろう。それがなければ、目先の仕事に直結するとは思えない面倒そうな財務や組織論やマーケティングの学び方を敢えて独学しようとは思わない。研修で学んだとしても、ビジョンや理念に共感がなければその場だけの道具にしかならないのである。
だから経営者は日常的継続的にビジョンや理念を語っていく必要がある。それも社員のみならず、役員、株主、さらに顧客等々のステークホルダー間で共有されていく必要がある。

しかしそれ以前の話もある。基幹となるビジネスモデルの元で、安定した収益が長期に渡り確保できている場合、ビジョンがトップの意識からも、スタッフの頭からも徐々に薄れて行き、後続で入ってくる社員にはそれが伝達、浸透しないまま会社が回りはじめることも多々ある。そしてビジョンは「到達目標」というよりも、会社案内の片隅にのみ存在するほとんど意識されることのない空気のようなものとして、「単なるイメージ」と化してしまうことがある。このように10年、20年もの間、ビジネスがほとんど微細な差異と反復により成り立ってきたとすれば、理念はあってもビジョンは打ち立てにくいということである。印刷業もシンプルなビジネスモデルに加えて受注型の性格からも、分かりやすいビジョンを持ちにくい業種であった、これまでは。しかし今後はある種のベンチャーとして、明確なビジョンを掲げ変化する社会に対応できる戦略的な経営を行なっていくことが強く求められるはずである。

その中でこれまで綿々とノウハウ、スキルを蓄積してきた合理化、効率化、形式化の取り組みも、それがなぜそういう形になっていったのかの理由説明があれば、新しい戦略に見合うよりよいアイデアも生まれてくる。ルーティンワークを目的化してしまえば、それに従事する人たちは「何をしてはいけない」「こうしなければいけない」という規律のみに縛られてしまう。当然業務推進の効率化のためにそれを遵守するのだとしても、それがどういう状況の中で、こういう試行の積み重ねの中で形式化してきたという、その当初の問題解決すべき課題と、その解決のプロセスが説明されれば、その仕事に従事する場合のモチベーションは大きく違ってくる。そしてさらに、「ここまではやってよい」「こちらを伸ばすことはやってよい」という応用エリア、発想の方向性に関するガイドラインが示されたとすれば、より主体的に業務に従事したくなる。

プロデューサーがよく口にするキーワードに「巻き込む」というものがある。機能・役割を分担できるさまざまな人たちを、参加意識を持って主体的にコミットしたくなるように仕向けることが「巻き込む」の本義であり、それを熱意をもってどんどん話していく、そういう日常的なプレゼンテーションがこれからの人材戦略を具体化していく中で、まず経営者に求められることなのではないだろうか。


経営層向情報サービス『TechnoFocus』No.#1391-2005/5/30より転載

2005/06/06 00:00:00


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