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技術の発展と人材の課題 その2

このような経過をたどった印刷業に求められた技術者は、それぞれの工程の専門家でありました。ここで注目すべきことは印刷業の技術者には新商品を開発するというよりは自分のところの工程の改善、改革をすることを求められました。このことは将に印刷業が受注産業であったことを示しています。新しい商品は得意先が考えてくれものであって、印刷業はそれを受けて、高い品質と低いコストで製造することに専念したのです。
もう一つ、印刷業に求められた技術者に印刷物を評価できるセンスの持主があります。その訳は先ほどお話したとおりですが、印刷物を評価するときに見当精度をミリやミクロンで表すことが出来ます。印刷濃度も数値で表すことが出来ます。しかし印刷物の全体の良し悪しを評価して物理量である数値で表すことは出来ません。結局「透明感がある」とか「冴えている」「重厚である」というような感性的表現による情緒的把握をしています。印刷物を的確に評価するには、評価する本人に感性、センスが求められるのです。

さて、これまでお話してきたのは、主として高度経済最長期からバブルの頃に当ります。
1955年、昭和30年から始まった高度経済成長は1980年まで25年間続きました。その間に日本は世界の大国と認められるまでになりました。さらに10年ほどのバブルの時代が続きました。昭和から平成に変わった平成元年、1989年がバブルの絶頂期と言われています。日経平均の株価が史上最高の38,916円を記録したのは平成元年12月29日のことです。そこからバブルが崩壊していきました。大不況の時代に入ったのです。バブルの後始末をするのに10年以上かかりました。その後一進一退を繰り返しながら現在に至っています。
実は、印刷業界の情報革命といわれるDTP化はバブルの崩壊期と重なって進行しました。アドビ社のIllustrator8.8-Jの発売が1988年、Photoshop1.0Jの発売が1991年ということがそのことを示しています。
技術の発展からプラスだけを享受できれば幸いですが、そういう訳には参りません。DTP化の新技術は印刷情報のフルデジタル化という大きなプラスをもたらしましたが、一方、プリプレス部門に縮小というマイナスを印刷業界に与えました。
しかもバブル崩壊期の大不況の中で対応を迫られたのです。印刷業界では全力を上げてDTP化に取り組んで新しい体制を築きました。しかし、残念ではありますが、印刷業界はDTP、フルデジタル化、ネットワーク化という新技術からプラスを十分には引き出したとはいえない状況にあります。
そこで、印刷業の現状と将来について、整理してみたいと思います。

バブルの崩壊によって引き起こされた大不況の中で、単価ダウン、小ロット化、短納期化、高品質要求が津波のごとく印刷業界に襲ってきました。最初のうちはこのようなことは'印刷業同士の過当競争が原因であるので、何とかお互いに姿勢を正してお行儀の良いビジネスで解決できないものか'という声が聞かれました。しかし、談合をするわけには参りませんのでそのようなことで解決することは出来ません。またいくら印刷業界の中で解決しようとしても難しいと思います。何故かと申しますと単価ダウン、小ロット化、短納期化、高品質要求は日本の社会全体、あるいは世界の自由経済社会が関わっている構造的な問題であって、印刷業界特有の問題ではないからです。ユニクロ的ビジネスや100円ショップの急成長でみられますように、日本中に単価ダウン、小ロット化、短納期化、高品質要求の風が吹いています。しかもこの風が近い将来収まるという見通しはついていません。今後も継続すると思います。
したがって、印刷業界としてはこれからも原価削減の施策を積み重ねていかなければなりません。これまで印刷業界は信じられないくらいの原価削減をしてきました。印刷の通し単価の経緯をみても分かります。それを支えてきたのが印刷の多色化、大型化、輪転化という技術の発展でした。ところが、これからは製造工程を劇的に変化させる新技術は期待できません。これからの新技術の一つにオンディマンド・カラー印刷機がありますが、これなども新しいビジネスモデルには有効ですが、印刷の単価ダウンに対応するものではありません。
IT、Information Technologyはこれからも発展を続けます。携帯電話の機能の高度化と使い方の多様化は目を見張るものがあります。光ファイバー、ADSL、無線LANなどのネットワーク技術が私たちの身近にくるのはこれからです。安心、安全な社会を実現するためにもITは一層発展をするでしょう。
情報処理の分野ではクロスメディア化するのは確実です。その社会の中でも私たちが得意とするプリントメディアは必ず残ります。しかし社会の中で存在意義のあるものが残るのであって、現在の印刷物が全部足並みを揃えて残るということは考えられません。
クロスメディア社会にあって、プリントメディアがどのような役割を果たすかということを見極める必要があります。
JAGATがPAGE2005で「メディアは循環型ビジネスへ」というスローガンを掲げました。情報が発信者から受信者へ一方的に流れて終わってしまうということでは新しいビジネスは生まれません。情報を受け取った受信者がどのように反応したかを把握して、それをフィードバックをして次の情報発信に繋げるという循環型にすると新しいビジネスモデルが登場するようになります。印刷業も新しいビジネスに挑戦するチャンスが増える訳です。
このように印刷業の現状と将来を見ますと、これから印刷技術はどのようになるのか、あるいはどのようにすべきであるかということが問題になります。

2005年6月23日「JAGAT大会2005」講演より

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2005/08/18 00:00:00


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