本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

インスピレーションのクロスメディアパブリッシング

日産自動車オフィシャルWebサイト「羅針盤」は,インターネットの黎明(れいめい)期にほかの自動車メーカーに先駆けて登場し,注目を集めた。羅針盤に携わった,株式会社インスピレーション永山辰巳氏にWebと紙におけるクロスメディアパブリッシングについてお話を伺った。

インターネット活用でインパクトのある仕掛け

羅針盤のWebサイトができた1994年ごろ,企業が立ち上げるWebサイトは,どこも一様に社長の写真とコメントを掲載していた。その中で,車の情報しか載せないプロモーションサイトとして「羅針盤」は立ち上がった。

永山氏は1989年に日産自動車中央研究所に途中入社し,1992年ソニーコンピュータサイエンス研究所へ企業留学した。1994年に日産自動車総合研究所へ戻った後,インターネットを活用してインパクトのある仕掛けを作りたいと考えた。それが紙のカタログとWebサイトである。

当時,自動車会社が印刷会社へ発注するカタログは数十億円掛かっていたが,社内でカタログの効果を調べている人はいなかった。そこで,日産自動車が作成するカタログを調査すると,いろいろな問題が明らかになった。印刷後変更が加わるため,カタログに記載されている数値が正確でなくなるケースや,写真の著作権がきちんと処理されていないため,2次使用も自由にできなかった。

最初に,永山氏はインターネットを使い,カタログの効果の検証を試みる。インターネットでカタログを応募できる仕掛けを作れば,住所と氏名の情報を入手できるので,応募してきた人が購買したかどうか,トラッキングができると考えたのである。しかし,実はカタログの配布は特約店契約をしたディーラーの特権事項で,メーカーはカタログをユーザに直接配布できないことになっていた。ディーラーからは「ビジネスの妨害だ」と抗議された。ディーラーを説得して,日産自動車から直接顧客にカタログを配布できるようになるまで,半年くらい費やした。

カタログをメーカーから配布できるようになったことで,1995年にはWebサイトとカタログを連動したユニークなキャンペーンを仕掛ける。息子がカタログを請求して父親に郵送するというものである。

当時ネットを見る人のほとんどは大学生だった。ここに着目する。車の購入動機は「コマーシャルを見て欲しくなった」「家族から薦められた」「子供が生まれた」などで,本人よりも外的な要因にあるという。

そこで,永山氏は息子がWebサイトから父親へカタログを送る仕組みを作成した。父親の住所とメッセージを入力し,メッセージには「オヤジ,新しいセドリックを買えよ。古いセドリックはオレにくれ」などと書かれてある。これが投稿されると,美しく装飾された父親宛の手紙が印刷され,カタログとともに郵送される。

郵便物を受け取った人は驚く。日産自動車に何を頼んだだろうかと裏を見ると,自分の息子の名前が書いてある。このDMが捨てられることはほとんどない。開封すると息子からの手紙が入っている。

キャンペーンは数千人が利用し,問い合わせが多く寄せられた。社内でも評価が高かったという。デジタルからアナログという変換が,面白い結果を招いた。

販売促進マニュアル

永山氏は一般顧客の次に,ディーラーに対する配布物の電子化を試みた。 ディーラーには日産自動車が作成した営業担当者が車を売るための資料「販売促進マニュアル」がある。社内スタッフに,この電子化をしたいという話をしていたら,商業車の販売促進マニュアルの電子化をしてみないかという話がきた。なかでも,キャラバンの商用車の販売促進マニュアルは分厚いものだった。例えば,畳屋や酒屋など業種ごとに仕様が異なるので130車種もあり,営業担当者は営業へ行く先にすべての資料を持ち込んでいた。

しかし,あまりにも仕様が細分化され過ぎていたため,CD-ROM化は大変な苦労があった。電子化すると本当に効果があるものは,実は電子化が困難であるということに気がついたという。

一方,セフィーロという車があった。発売当初,買う側があらゆる仕様を自由に選べるということが「売り」だった。購入者はチャート表に希望の仕様をチェックしていく。その後で,営業担当者は記入内容を確認する。しかし,車を買おうとしているほとんどの人は気分が舞い上がっているため,何でも「良い」と答えてしまう。その結果,車が届くと「違う」と文句を言うケースが続発した。「外装色と内装色のこんな組み合わせがあり得るのか」というのである。もちろん,仕様をコンピュータで3次元データにして生成することも考えた。一部のディーラーには,それが可能なシステムを試験的に設置したが,ディーラー側は使いこなせなかった。

結局セフィーロは,メーカー側で数種類の組み合わせを用意し,客はその中から選ぶ,という従来どおり「幕の内方式」の販売へ変更された。 デジタルの究極の姿として,オンデマンドで車を生産できるはずだと考え,その方式もすべて用意された。ところが,人間側はその仕組みについていけなかった。

オンデマンド・パブリッシング

永山氏は1996年にはフルデジタルのリアルタイム・オンデマンド・パブリッシングシステムを開発する。それを使ってカタログを作ると,すべての車を比較できる。ある高級車とある大衆車の車台が同じだということも分かってしまう。従来のカタログではそのようなことは決して記載しなかった。安い車を売る時はそれが宣伝文句になるが,高級車を売る時はマイナスになる。

しかし,比較されるのはカタログの本質である。これをデジタルの中でどう演出するかが重要なカギだと永山氏は考えた。

商業印刷の歴史を見ると,印刷する側の強い意志の下で情報が世の中に出されていた。オンデマンドでは,主体は客側にある。永山氏はインスピレーションを設立し,客の意志を反映できるパブリッシングシステム作りを目指している。

例えば,紙の出版で培ってきた編集のノウハウをコンピュータの中に入れる。客が見たくなるようなことを予測して自動的に台割りや目次を作る。200種類の編集ノウハウがあるとすると,その中からユーザに適した方法で答を出す。

Webパブリッシング

これからは,リアルタイムWebパブリッシングが盛んになると永山氏は考える。例えば,スーパーのデジタルチラシをリアルタイムで作る。

通常,スーパーの食品売り場では,長年勤めている担当者がいて,地域の人のし好や年齢層,天候の変化などを熟知し,販売促進活動をしている。しかし,チェーンのスーパーの場合,2〜3年で異動があるため,顧客情報が蓄積されない。

そこで,売り場担当者のノウハウをデジタル化する。毎日の天気や気温,来場者数,チラシと売り上げの関係などの情報をデータベースに記録する。データベースからチラシを検索すると,前任者は前の年の同じ日に,「なべ物のリスト」を使ったチラシを作成していた。天候が同じパターンなので,同じチラシを選ぶと,自動的にA4のチラシと,Webデータが作成される。インスピレーションの技術を使うとこのような仕組みを容易に実現できるという。(通信&メディア研究会)

2005/11/18 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会