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ご主人様、御用は何でしょうか?

筆者は秋葉原の路地裏の店々に40年間通っている人間だが、最近はパーツショップがめっきり減って、その代わりにメイドだの、萌えだの、ワケが判らんものが増えて困っている。最初はそのうちに下火になるだろうとタカをくくっていたが、再開発で街頭も整備されてかつてのイメージは払拭され、このままでは代名詞としてのアキバは以前と全く異なるものになりそうだ。

年代差というのは恐ろしいもので、底にある価値観がまるで違う。メイドという仕事が一体どういう階層の人のどういう仕事であったのかを考えると、和服で女中の服など流行らないように、メイドのコスチュームが可愛いとか着てみたいとかというのはありえないと思うのだが…。今の若い女性は「3高」が望みというから、女性についても職業の階級など考えなくなっているわけではないだろうに。

しかしこういった既成の価値観を無視した日本のアニメを始めとするpopカルチャーは実際の文化としてはどこにもないバーチャルな世界を作り出していて、その価値観のニュートラルさが世界に受け入れられる要素にもなっている。まだ価値観の枠に囚われていない世界の子供から若者までに対して、それらがはびこりだしている。見方を変えると、既存の価値観が新たなビジネスへの着眼を阻害している要素になっていることもあるかもしれない。

新アキバの名所がヨドバシカメラであったり、新宿の小田急ハルクの地上の大半をビックカメラが占めたように、一見すると同じような小売業であっても、デパートでは電気製品をうまく売ることができず、またアキバでも専門店よりもカメラ店の方が強くなったり、来る客層が萌え系になって電気店がドンキホーテになったりと、過去の経験の延長上に業務を広げる例よりは、過去の経験が活きない例を見ることが多くなった。携帯電話のアプリケーションでも、一つ一つをみると単純なことなのだが、既存の通信サービスとは異なるものがビッグビジネスになっていった。

そこで、オジさんも自分の意見をぶちまけているだけではなく、自分の領域のことで既存の価値観が新たなビジネスへの着眼を阻害している例を考えてみた。たとえば印刷の価値である。量的にたくさん刷るものは少なく印刷するよりも価値があるか? 金額的にはおおむねそうであるが、質的には違う。美しく印刷してあるものは粗雑な印刷よりも価値があるか? 眺めるだけならそうかもしれないが、役に立つと言う点では関係無い。以上は印刷する側での代表的な見方だが、印刷物を発注する側では全く違う。たとえば納期が短い、修正が利きやすい、発注の手間が省ける、……など異なる視点があって、それゆえに印刷方式が使い分けられている。

納期と言う点では、活版端物が滅んで軽オフ化し、さらにデジタル印刷化というような変遷があった。修正が利きやすい点は、ワードプロセッサ化→内製化に進んだ。発注の手間と言う点では代理店・ブローカーが発達し、受注面ではワンストップショッピング化、生産面では一貫化に向かって進んでいる。総合すると、内製化でデータをデジタルで用意し、生産は自動組版と通常の印刷とバリアブルプリントの組み合わせで、サービスとしては印刷後のフルフィルメントまで含めた一貫処理、というのが大きな流れになる。

こういった流れに向かうのに既存の価値観が邪魔しているところがいろいろあるように思う。一般にオフ輪転8色を中心に印刷しているところは、軽オフででもできる500〜1000部単位の刷り込みはやりたがらない。技術的にはオフとインクジェットのハイブリッド印刷機も可能になっている。(参考記事「印刷もハイブリッド時代」)しかしオフ輪で10万部印刷する8色単価も、刷り込みの墨1色の単価もそう変わらない時代になりつつあるのに、印刷の隣接業務に関して作る側の論理で「それはウチの仕事じゃない」という意識がある以上は、印刷物を発注する側の価値はわからないので、新たなビジネス開発につながらない。

サービスという点では、まさにメイドの心境で、ご主人様の価値観に従って、やって欲しいといわれることはなんでもするつもりにならないと、新たなビジネスモデルは見えてこないのかもしれない。2006年2月1日〜3日のPAGE2006は、顧客のビジネスの流れに沿っていろいろなメディアを組み合わせて活用するために開催されます。今後のメディアビジネスをPAGE2006をヒントに考えて、それぞれの会社のビジョンを考えていただきたい。

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2006/01/04 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会