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イギリスの印刷会社に見る原点回帰とデジタル印刷(その2)

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■印刷'付加価値'サービスとコンプリートパッケージ
昔から印刷の儲けは後工程からと言われているが、イギリスでもこれを地で行っていた。印刷付帯サービスを'付加価値サービス'に転換するために、各社ともに泥臭いが、顧客が印刷物に求めている価値は何かをとことん考えて実行している。

そのために、ITとハンドワークを融合させ、顧客が受け取った印刷物を「価値の高いアイテム」として提供することで、おいしい仕事にする努力を続けている。日本でも同じであるが、コンプリートパッケージ(丸抱え)での受注に成功すれば、印刷1部いくら?などという価格競争に巻き込まれることもなくなる。訪問した各社はそれぞれ大きな収益源があるが、共通するのはコンサル型で丸抱えの営業戦略である。

Bezier社は自らをリテールメディア・ソリューション・プロバイダーと称し、小売店舗のディスプレイやPOPなどを総合的に手掛ける。スーパーマーケットチェーン「ブーツ」の1500店舗の間取りなどに合わせて各店舗向けにディスプレイ用印刷物キットをパッキングしているが、このために各店舗の窓の枚数までデータベース化して把握していた。また新規出店の店舗へは販促印刷キット一揃えと人を送り込んでサポートする。

L&S Printing社はボディショップチェーンの300店舗が2週間ごとに変更する店内ディスプレイ用の印刷物キットを印刷制作・箱詰め・発送までを請け負う。

1st Byte社で売り上げの10%を占める大きな仕事に不動産会社向けのEC化プロバイダーehouse社からくる不動産広告がある。不動産会社が広告したい物件情報をehouse社がPDF原稿に仕上げる。これを1stByte社に送信。Indigoで印刷、ラミネート加工、折り、断裁などを行い、夕方6時に不動産会社に向けて発送される。営業は全く動いていないし校正もない。売り値は1セット100部で9000円、年間にこの仕事が3600本ある。

ProCo print社も300万個のノベルティを3カ月で生産していて、大きな収益源になっている。

■あの手この手の自社プロモーション
営業販促も各社で実にさまざまな努力をしていた。1stByte社は20人規模のデジタル印刷専業で、平均受注単価が6万円と小さいので外勤営業はいない。内勤営業が毎日5〜10通のDMを送り徹底した電話セールスでフォローする。「何百万円にもなる仕事であれば外勤営業が顧客訪問するのは当たり前であるが、自分たちは徹底的にデジタルのメリットを追及しているので外勤営業はしない」という。電話一本でWebのテンプレートに原稿を流し込むだけで済ませたい、早く安くサービスしてほしいという顧客をターゲットにして、デジタル印刷を徹底的に売り込んできたという。ロンドン市内で操業するこだわりも地域密着重視の表れである。

Blackburns社の新規開拓用オリジナルグッズは面白い。見込客に月曜日から毎日、小箱のギフト(時計のおもちゃやコインのチョコレートが入っている)を一つずつ届ける。そして見込み客には金曜日に少し大きな箱に入った会社案内を渡す。見込みのない客には、最後の小箱にはハート型のチョコレートが入っている。小箱にはそれぞれメッセージが入っているが、このグッズの効果で会ってくれる客は21%もあるという。現在、売り上げの上位10位に入る顧客も、これで開拓した。

ProCo print社の顧客戦略は贈り物攻勢である。新規開拓では毎月1000通以上の自社DMを送る。またワールドカップなどに合わせて顧客名入りTシャツを贈る、バレンタインデーにパーソナライズしたカードを添えたバラの花束を贈る、暑い季節にはアイスクリームを贈る、自社パーティに招待し後でお礼の手紙と写真を贈るなど、手を変え品を変え顧客との密着を図っている。このための年間経費は1000万円を超えるが、わずか3人の営業で16億円を売り上げるのであるから、1人分の人件費と思えば高くないという。このような自社プロモーションとともに取り組んでいるのが顧客の啓蒙で、オンデマンドで短納期になることを理解して頂くという。

■プリント・マネジメント・カンパニーの存在
日本にはないような業態の中間業者であるプリントマネジメント会社が台頭していた。彼らの狙いは年間印刷発注額が2億円を超えるような大口の発注者である。例えば、印刷費用を3割ダウンするとの提案を持ち込み、実際は4割ダウンの価格で印刷会社に発注し、印刷在庫も持つ。発注元からも発注総額の10%以上を成功報酬として得るというビジネスモデルである。10年ほど前からいくつもの業者が現れ、5年ほど前からは合従連衡で大規模なところができてきたという。欧米亜に拠点を持つWilliams Lea社(6500人規模年商900億円)、英国で1000人規模のAstrron社、communisis社の3社はどの訪問先も知っていた。

Colour Quest社がプリントマネジメント会社から要求されている品質管理は、日常的にはカラーバーを必ず入れてCIE LabでΔE<3以内で濃度管理することと、3カ月ごとにカラーバーの付いた刷り出しを提出することである。この要求に対応するためにオフセット印刷機はCIP3対応させており、色彩計も導入するなどオプションを充実させている。デジタル印刷における同様な品質管理は次の課題になっている。受注の70%はプリントマネジメント会社からの受注で、価格は安めであるが大量の受注が安定的に入ってくるという。

Herts & Essex Printers社は仕事の半分はプリントマネジメント会社からの受注であるが、印刷の仕様も明確であり発注元へのデジタル印刷などの面倒な説明はプリントマネジメント会社が行ってくれるので、価格的は厳しいが大量の仕事を流してくれる点で、受け入れることができるという。

ProCo print社もプリントマネジメント会社からの受注は売り上げの5〜10%あるが、付加価値の高い受注に絞るので、価格を大きく下げられることはないという。

Blackburns社によるとプリントマネジメント会社は大口発注の大手企業が対象なので、自分たちのような中小印刷会社では中小の顧客企業に対して彼らと同様なサービスが提案できるとしている。

Colour Quest社では丸抱えで発注してくれる顧客が3社あるが、これらの顧客に自らもプリントマネジメントの提案を行っている。

■工場の朝は早い
L&S Printing社は平均的な受注は月に650Jobほどで、その内の250JobをIndigoでこなしている。就業基準時間は8.5時間、始業6:30からで、週5日(月20日)である。仕事量によって2シフトにすることもある。

Blackburns社の勤務体制は、オフィスは8:30〜17:00で昼休みは1時間、工場は7:30〜17:00で昼休みは12:15〜13:15の間に30分であるが、工場は機械が止まらないので、早く帰りたいと昼食を食べずに働き、その分早く帰る人もいるという。

■収益を生み出す循環
日本の印刷業界では、全日本印刷組合連合会の業態変革推進プランやそこで示された印刷の原点回帰では、印刷という足元の収益を見直す必要性が説かれている。

今回訪問した各社はいずれもきちんと印刷の原点を押さえて収益を生み出す好循環をまわしていたのが印象的であった。

■会社概要

1.L&S Printing
ロンドン郊外。年商14億円、規模90人(営業9人(セールス6人、見積もり3人)、工務5人、デザイン2人、製版・CTP6人、デジタル印刷7人、オフセット15人、後加工20人など)、設備はクレオCTP、小森オフセットB全5色機2台、同B半裁1台、HP Indigo Turbostream、同E-Print Pro、同5500 60ラージフォーマット、Xerox Docucolour 2060など。

2.1st Byte
ロンドン市内、デジタル印刷専業。 年商6億円、規模は28人(内勤営業2人、製版2人、デジタル印刷6人、後加工6人、事務3人、管理者3人など)。HP Indigo UltraStream、Xeikon 5000。

3.Herts & Essex Printers
ロンドン市内から北に20kmのハートフォード。年商8億円、規模は22人(内勤営業5人、管理2人、製版・CTP3人、印刷7人、加工4人)。設備は半裁のハイデル菊半裁6色機、同5色機、同2色機と4裁機、HP Indigo3050(7色機)、同5000(6色機)など。

4.Colour Quest
ロンドン市内の北西20kmのハートフォードシャイン。年商12億円、規模52人。設備はSCREENのCTP、ハイデル菊半裁5色機3台、同4裁機2台、Indigo Platinum(5色機)、 Indigo 1000、加工機としてハイデル凸版機など。

5.Blackburns
マンチェスター郊外、年商7億円、規模40人(外勤営業1人、内勤営業・ディレクター5人、工務4人、データ処理4人、製版3人、アナログ刷版1人、デジタル印刷3人、オフセット5人、加工5人など)。設備はB半裁オフセット7台、HP Indigo press 5000 2台など。

6.ProCo print
マンチェスター郊外、年商16億円、規模76人(外勤営業3人、内勤営業16人、製版9人など)。設備は、アグフア:ApogeeワークフローによりCTPとIndigoの両方に出力。ローランド300インラインコーター付B2判5色機 2台、同4色機 1台、HP Indigo 5000(7色仕様)と同3050など。

7.Bezier
マンチェスター郊外に位置しており、年商94億円、規模510人。設備は、スクリーン印刷機、オフセット印刷機など多数、HP Indigo3050、inca 2台、紙器用CADや各種加工機。

8.Charlesworths
年商20億円。規模260人(イギリス130人、中国のDTP拠点130人)。CTP化率98%、ハイデル5色機印刷機(全判と半裁)と折り機を組み合わせ32ページライン、16ページライン、8ページライン、またラミネータとの組み合わせで表紙ラインなどを専用ライン化、HP Indigo Platinum 1台など。

(レポート:JAGAT 相馬謙一)

2006/04/03 00:00:00


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