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デジタルワールドの5年間の変化をふりかえる

JAGAT技術フォーラム座長
和久井孝太郎

1. はじめに

90年代後半のJAGAT技術フォーラムの検討を受けて、『デジタル革命とメディアのプロ』(文献1)を出版したのが2000年6月。それからこの5年間に、印刷産業界ではっきりしたことは、
@ DTPの一層の普及、より一段の生産性向上に不可欠な経営管理や顧客とのコミュニケーションへのIT利用環境の整備。
A 同時に、各印刷企業間の競争がさらに厳しさをまし、ホームページ制作などインターネット関連ビジネス、マーケティング、セールスプロモーション分野へ進出する動きが活発化 してきた。そして将来に向けては、印刷産業発展のカギを握るクロスメディアのプロを如何に育成するかが課題となった。
インターネットを基盤とする新世界、デジタルワールドは、玉石混交の情報が渦巻く混沌の世界であるとか、『インターネットはからっぽの空洞(クリフォード・ストール:草思社1997年)』とか論評されてきたが、21世紀に入ったこの5年間で様相が一変した。
この劇的な変化で地上の伝統文化世界、リアルワールドの多数の住民がデジタルワールド文化を享受できるようになってきた。その一つの現われとして、日本の広告費勢力地図でインターネット広告が、ラジオのそれを抜き雑誌広告に迫る勢いを見せている。

しかし本質的にもっと重要なことは、インターネット文化が進化したことで私たちの伝統的なコミュニケーションの基本が大きく変わろうとしていることである。筆者は、5年前に(文献1)でデジタル革命は、IT産業革命であると同時にメディア革命であり、私たちの文化自体に多大なインパクトを与えるものであることを指摘し、印刷分野でも幅広い視野を持ったメディアのプロ育成の必要性を論じた。
私たちは、感性豊かな日本文化の中で生活している。ともすれば急速な文化環境の変化に、直感的な拒否反応を示すことが少なくない。
伝統を守ることは決して悪いことではないし、文化自体には優劣はない。だが、文化環境の本質的な変化に対して、食わず嫌いの拒否反応を示すことは、ビジネスのリーダーなど責任ある立場の人間が取るべき態度ではない。変化の本質を冷静に、可能な限り合理的に、理解すべきである。

そのキーワードがクロスメディアであり、クロスメディア・ビジネスを推進することで社会へ貢献するホリスティック(包括的)なものの見方ができる人材を育成することが不可欠である。従って、第2のキーワードをホリスティックとした。
ホリスティックなものの見方が完璧にできた人類文化史上の最大の偉人は、お釈迦様である。お釈迦様の知恵にあずかるためには、先ずは頭の柔軟体操をしてことの本質を知る努力をしなければならない。

2.新世界、デジタルワールド文化の劇的変化

インターネットが重要な役割を果たすデジタルワールドの変化では、後述する「メトカーフの法則」「ムーアの法則」「ギルダーの法則」など鼠算的な変化の経験が生きつづけている。

2.1 インターネット世界人口の現在

米国のコンピュータ産業年鑑社(Computer Industry Almanac Inc.)によると、2005年の時点でインターネットの世界人口は10億人、そしてその約半分(48%)が携帯電話などによるワイヤレス・インターネット・ユーザーである。これが、2007年には14億6千万人、そのうちワイヤレス・インターネット・ユーザーが56.8%になると予測している。
一方、「インターネット白書」によると日本のインターネット人口は、2005年2月末現在で7007万2千人(1年前と比較して450万人増加)。また、わが国の内閣府「消費動向調査」によると、パソコンの世帯普及率は65%、携帯電話のそれが56.8%である。
さらに、ITU(国際電気通信連合)が行った人口に占めるインターネット利用者数の国際比較(2004年)では、上位からスウェーデン76、韓国66、英国63、米国とシンガポール56、日本と香港50、ドイツ43、フランス41、中国7(単位は%、小数点以下は筆者が四捨五入)であった。
OECDによるブロードバンド普及率の国際比較では、人口当たりの普及率が最も高かったのがアイスランドで27、韓国、オランダ、デンマークが25超、日本は18で11位、米国は17で12位(単位は%、小数点以下は筆者が四捨五入)である。
これを人口の実数で見ると1位は、米国で4900万人(OECD全体のブロードバンド人口の31%)で、ブロードバンドの種類を光だけに限ってみると、日本が1位の460万人である。

2.2 過去5年最大のトピックスGoogleの出現

このようなインターネット人口の動向をも踏まえ、過去5年におけるデジタルワールドの変化の中で最も注目すべきは、インターネット上に存在する膨大な玉石混交の情報の中から玉を選び出すロボット型検索エンジンの開発実用化を成し遂げたGoogleの成功である。
Googleの検索エンジンは、検索ロボットと呼ばれるプログラムを使って、世界中の80億以上のWebページのリンク構造をたどり、新たなWebページの情報を収集して体系化し整理する。
Googleのホームページ上の会社概要によると、そのほか画像10億以上、UNIXのニュースグループであるUsenetメッセージ10億以上、インタフェース言語100以上、検索結果表示の言語35、世界中に設置されたドメイン(グループ的固まり)100以上。

Googleの二人の創始者ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンは、次のようなことを言っている。'Googleの使命は、独自の検索エンジンにより、世界中の情報を体系化し、一般的にアクセス可能で有益なものにすること'
このような考え方に対する賛同者も多い。また、GoogleのデータベースのオペレーティングシステムがオープンソースのLinuxであることも、多くのユーザーから好感を持って迎え入れられた理由だといわれている。

2006年現在ネット上には多様な検索エンジンが多数存在し、それぞれの目的に応じて情報を体系化し整理している。依然として最もユーザー数が多いのがGoogleだが、インターネットの向こう側ではいろいろな買収劇や自力開発などがあってYahooもMicrosoft(MSNサーチ)も必死に追撃している。
従って、自己のホームページや後述するブログ、在来の掲示板や2チャンネルなどネット上で効率的なコミュニケーション(通常のメッセージだけでなく、広告では特に)を展開しようとすれば、コミュニケーション対象が日頃使うであろう検索エンジンに拾わせ、かつ自らの情報を整理の上位にランクさせたい。
このような欲求を満たすために、検索エンジンに対して最適化(SEO)対策が必要となる。かつては、インターネット上の情報は、玉石混交で雑音が大きくてコミュニケーションの効率が悪いといい続けられてきたが、環境は大きく変わり始めた。

一方、Microsoftのビル・ゲイツが次のようなことを言っていた。'「メトカーフの法則」[注1]は、知識にも当てはまる。一瞬にして世界で最も洗練された考え方を検索エンジンで呼び出せるということは、ビジネスや科学そして教育を一変させる。それは私たちの思考方法すら変えてしまう。そして、最終的に我々が本当に世界的な知識経済の可能性を実現するのを手助けしてくれる'

[注1] メトカーフの法則:(文献1)P25で説明ずみであるが再掲する。「ネットワークの建設・維持費用は、ネットワークの規模に比例して直線的に増加する。一方、そのネットワークの価値はノード数(ユーザー数と考えてよい)の2乗に比例して増大する」
最も簡単な通信モデルでは、たとえばネットワークにユーザーが1人しかいなければ通信は成立しないから価値はゼロ。2人の場合は、1つの通信経路ができる。Eメールを考えてネットワークのユーザーが4人になったとすれば、それぞれが必要に応じて3人の相手にメールできるから通信経路は6になる。さらに、n台の端末がネットワークにつながっていれば、その組み合わせはn(n−1)/2通りできることになる。従ってnが十分に大きいとすればnの2乗の半分ということだが、半分という係数は特別な意味を待たないからnの2乗でもよい。
しかし、現実の問題としてネットワークの価値は、通信経路の大きさだけではない。ユーザーが多くなれば、ネットワーク上の情報も増えるし、サービスも増える。メトカーフは何を考えていたのだろうか?

メトカーフ(Robert M.Metcalf):イーサネットの提唱者で米国スリーコムの共同設立者。メトカーフのこのような考え方をはやらせたのは、未来学者のジョージ・ギルダーだと言われている。1990年代の初めの段階でギルダーが、「やがて来るネットワーク時代〜新しいコミュニケーション技術によって実現し、特性付けられる世界(テレコズム)を支配する『メトカーフのテレコズムの法則』として提唱したのが最初だそうだ。
当時ギルダーが何を言っていたのかを調べることは、Googleなどの検索エンジンを使ってすぐできる。そこで、1993年9月のForbes ASAP誌にギルダーが発表した論文、'METCALF'S LAW AND LEGACY'を原文と和文の両方の対比で読んでみた(レガシー:時代遅れな考え)。

筆者が注目したのはメトカーフ曰く、「イーサネットは理論ではなく実践の中で稼動している。同様なことが全てのコンピュータ及び通信の世界に通用する。コンピュータと通信を支える量子理論と通信理論のような科学は、決定論的というよりむしろ確率論的モデルに依拠している。それらは、個人の自由と企業の創造力の時代の基盤を提供している。
人類が常に決定論的な保証を追及してきたというのは、時代の優勢な科学、すなわち、自然の確率論的な本質を見出すことを無視してきたアインシュタインが失望したように、神は明らかにサイコロを振っているのである」 かなり科学的で哲学的な話をしている[注2]。

[注2] そもそも自然科学は、人間の恣意的な解釈に寄らない普遍的な『法則』が存在するとの信念で努力を積み重ねてきた。すなわち、自然界の現象を含む物事を物質と物質の間(例えば、地球と太陽)に働く力の相互作用によって理解する力学(ニュートン力学、アインシュタイン力学)。
流体力学や熱力学、さらに物質をより基本的な要素(例えば、原子や素粒子)に還元し微粒子の揺らぎを本質と理解する量子力学が現代の最先端物理学を形成して、ニュートン力学とアインシュタイン力学を含む自然界の統一した法則の形成を目指している。
ニュートン力学やアインシュタイン力学は、完全な法則が得られれば現在の物事の理解だけでなく、将来のありようも決定できる「決定論」の立場であった。

デジタルワールド基盤の要素である機材やシステムを生産している、工学の基本的な立場も決定論的である。すなわち、PCや携帯電話などのソフト・ハードを含む製造物の未来の姿と働きを設計図の段階で決定して生産し販売する。
しかし、我々の身の回りの現象の中には、揺らぎによる変化が問題になるケースが少なくない。この場合は、天気予報に見られるように未来を確率的に予測することになる。
人間の行為である情報や通信の問題では、すべてを決定論的に理解することは困難で、確率論的な理解が不可欠である。メトカーフの言いたいことは、「私の法則は確率論的な科学の法則」であり、単なる経験則ではない。

揺らぎがあろうがなかろうが、自然の選択と人間の選択、全ての存在の選択が決定した過去は、変える事ができない(真実の歴史を変えることはできない)。しかし、現在の瞬間は揺らいでいる。この瞬間にあって未来に向けていかなる選択をするのか? 未来を決定論的に予測することはできないが、決して不確定的でもない。
私たち日本人は、現在をうまくしのぐ事に力点を置きすぎる。もっと重要なことは、よりよい未来に向け現時点でベストの選択をすることである。

今や、ネットワーク上の記号化された文化情報とはいえ、特定あるいは不特定多数によって作成された玉石混交の無限に近い世界中の情報を、完全は望めないにしてもロボット型検索エンジンが体系化し、アクセス可能で有益なものとすることは人類の文化にとっての飛躍である。
最近では、未来に向けた自らの選択の参考にするために巨大なサーバーからもっぱら情報を引き出す人々が増えている。
例えばビジネスに関係したものでは、伝統的な商品販売の経験則「パレートの法則(売れ筋の上位20%が売上の80%をしめる)」に対して、インターネットを使ったビジネスでは「ロングテールの法則(売れ筋上位20%よりも、多様でニッチな残り80%の商品群の売上の総和が大きい)」という話題が世界中を駆け巡り、多くの人々が自らの仮説を展開しているのを簡単に比較検討できる。

これはリアルワールドにおける伝統的な出版文化などの知識や教養とは異質で、変化が加速されつつある現在の瞬間・瞬間の選択に役立つ。例えば、現在のビジネス的な判断・選択の局面では、自らに培われた知恵と瞬間・瞬間の情報を統合した直観による選択のよしあしが勝負の分かれ目になる。
ビル・ゲイツが言いたいことは、'ユーザー数と情報が無限に増大する中で、ネットワーク上の検索エンジンが進化するネットワークの価値は、マイロボット的知能を備えたPC端末数(メトカーフのノード数に対応)の2乗に比例してさらに増大する'であろうか。
検索エンジン分野でもGoogleに対するいろいろな競争相手が必要である。無数のユーザーの自由な選択によって淘汰され、より合理的なものが生き残って進化を続けていく。

2.3 GoogleとMicrosoftは何が違うのか? 

Googleは、世界最大の無料ロボット型検索エンジン(巨大なLinuxコンピュータシステム)を開発し、インターネット上で運用している会社である。従って、我々ユーザーにとって直接コストがかからず、システムもインターネットの陰に隠れて姿が見えない。

しかし最近、中小企業向けに社内情報検索エンジン(Googleの検索ソフトを組み込んだコンピュータ)「グーグル・ミニ」の発売を開始した。将来Googleは、クロスメディアのハブデバイス(ユーザー個人のためだけの情報再構築デバイス:マイロボット型検索エンジン)の製造企業などとして、私たちの目に見えるようになるかもしれない。

これまでGoogleのビジネスモデルは、Webサイトの運営者向に広告効率を高めるサービスの提供、一般広告主向きにはターゲット絞込み広告表示と実際に広告がクリックされた回数に応じて課金するシステム等で収入を得ているが、インターネットの本質(ユーザー数が極めて大きい、処理コスト単価が極めて安いなど)に根ざしたもので伝統的な広告ビジネスとは異質である。

近代経済理論、市場経済・自由競争のリアルワールド経済に対して、Googleはもうひとつ先の合理性へ、マス・コラボレーションの利他的経済の実践に挑戦しているように見える。だが、激烈なデジタルワールドの生存競争の中で、Googleの過度の商業化を心配する声が一方では上がっていることも事実だ。

それでは、Microsoftとはどういう会社だろうか、基本的な部分ではコンピュータのウィンドウズなどのOSソフトやインターネット・エクスプローラ、ワード、エクセル、パワーポイント、ビジオなどの応用ソフトを開発し、世界中のパソコンの多くにインストールしてきた会社で、インターネットのユーザー側にあるソフトメーカーである。

ビジネスモデルは、製造企業モデル。ビル・ゲイツの夢は、自伝などに書かれているように世界中の組織と家庭の机の上に有用な小型コンピュータを備えてもらうこと、そして情報民主主義を普及させること。

パーソナルなPCや携帯情報端末を知識化し、マイロボット化して情報民主主義の発展に貢献する。世界の勝ち組No.1に対する多様な意見の中には、彼らが提供する商品が手元で見え独占的なだけに反発を覚える人々もいるのではないか?

ビル自身、NPO活動の支援に熱心である。Microsoft NPO DAY 2006〜ITが拓く新しい可能性〜 今年の日本開催は、東京4月21日、福岡6月10日、大阪6月13日で、東京会場ではビル・ゲイツ自身の講演が予定されている。

同時に、私たち側のもう一つの関心事は、今年末に発売が予定されているMicrosoftの新しいOSソフトがどのようなセキュリティ能力を備えているかにある。常時インターネット接続のPCは、完全自動化されたセキュリティ最適化機能が必要だ。

この項続く デジタルワールドの5年間の変化 (2)
デジタルワールドの5年間の変化 (3)
デジタルワールドの5年間の変化 (4)
デジタルワールドの5年間の変化 (5)
デジタルワールドの5年間の変化 (6)

2006/05/27 00:00:00


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