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「印刷」を継承できるビジネスにするために

このエッセイの中で「印刷会社が業態変革を行うためには、まず自社の経営資源を棚卸し再評価して、コアコンピタンスの特定を行う必要がある」ということに何度か言及してきた。
ここで改めてコアコンピタンスについて説明すると、それは継続的に圧倒的競争力をもたらす資源の特定をおこなうということであり、ひと・もの・かね・情報という自社の経営資源を徹底的に因数分解して、それぞれに評価・議論を繰り返し、経営層のだれもが共有できる「キーワード」を抽出することにある。
そのために、
・「長期競争継続性」……その現在価値が5年10年のスパンで競争維持できるか
・「顧客価値」……それが顧客の立場でどう見えるか、どう捉えられているか
・「希少性」……その現在価値が希少価値であるか
・「模倣不可能性」……他者に容易に模倣ができないものか
・「活用可能性」……その現在価値を企業活動、経営に中心的に活用できるか否か
などの観点からできるだけ客観的にシビアーに検討していくと、候補は数個しかでてこないであろう。
そのとき、印刷会社の持つ機械・設備がその候補になるか。そうでなければ人材の営業力、技術力、あるいはスキル・ノウハウが候補になるか。さもなくば顧客とのパートナーシップが候補になるか、……と考えたとき、個々の印刷会社にとってコアコンピタンスという武器の特定は、実はかなり難しい作業なのではないだろうか。
ではその武器を手に入れるためにはどうすればよいのか。経営戦略の策定ということであり、そのためには自社のドメイン(事業領域)の定義が必要であると経営学、イノベーション論を専門とする慶応大学総合政策学部教授・榊原清則氏は言う。それは「われわれは今どのような事業をおこなっており、今後どのような事業をおこなおうとしているのか」「わが社はいかなる企業であり、いかなる企業になろうとしているのか」「わが社はどのような企業であるべきか、どのような企業になるべきか」という質問に明確に答えられるようにすることで、これが戦略決定の最初で、しかも一番重要な問いかけである。

例えば印刷産業を「メディアコンテンツ産業」「情報サービス産業」「情報価値創造産業」……と括るのは、あくまでも産業全体の可能性のエリアを指し示しているだけで、個別の会社の戦略にそのまま具体的に対応しているわけではない。もしそのように規定してしまっては、逆に曖昧化してしまい、方向を見失うことにもなりかねない。

榊原氏は、そのことについて「たとえば缶詰の缶をつくる会社が、自社のドメインをブリキ缶とみるのと包装とみるのとでは、意味が決定的に違う」と言い、「日本の製鉄会社が多角化を経営課題として打ち出し「総合素材産業」と唱え始めたのは1980年代半ばのこと。この言葉の中には、各種の新素材や代替素材に積極的に挑戦していこうとする意気込みが込められている」とした上で「だが製鉄会社が世の中に存在するすべての素材を扱おうと考えたわけではあるまい」と述べている。

もしこのドメインの特定がより明確に、より具体的になされ、それを経営、社員、取引先を含むステークホルダー全体で共有できたとき、印刷のイノベーションが自社の中で沸き起こり、それがコアコンピタンスになるのではないだろうか。
例えばアスクルの現在の最大の市場はオフィスだが、アスクルのドメインは「文具・事務用品の総合販売」にあるのではなく、社名(明日来る)に込められているように「翌日配送によるオフィスサポート」にあり、そのコアコンピタンスは「翌日配送を可能とする仕組み」にあるのではないだろうか。

先日行ったJAGAT会員アンケート(『印刷白書2006』)によれば、「これから」の経営の舵取りの方向を示すキーワードとして「人材」「企画」「リーダーシップ」「改革」の4 つが飛びぬけたポイントを得ていた。この回答は印刷会社が自らの事業領域を延長拡大させるファクターの強化を強く求めているということに他ならない。「現状維持」ではなく、「自社のビジネスを強化し、進化させる軸」を選択している結果と受け取れる。
そのとき、印刷産業として自社をひと括りしてしまうのではなしに、改めて自社のドメインを定義し、イノベーションのロードマップを作り、そして中長期にわたり「ビジネス」として継続できるコアコンピタンスを獲得していくことが、業態を変革したいという意思を具体化する方法であり、印刷を次の時代に継承していくやり方なのではないだろうか。 ◆
経営層向情報サービス『TechnoFocus』No.#1442-2006/5/29より転載

2006/05/30 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会