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書店、そして読者から見た雑誌(第1回)

掲載日: 2009年11月10日

1472_mini.jpg(2009年6月26日開催「周辺環境から読み解く雑誌の今後」より/全3回)雑誌の休刊などが相次ぐのはどのような理由があるのでしょうか。

 

永江 朗 氏

永江氏

雑誌を取り巻く状況-部数・広告減、コスト増

今日のようなテーマ(「周辺環境から読み解く雑誌の今後」)が出てくるのは、雑誌の休刊や廃刊が相次いでいると、一般の新聞などで報じられているからでしょう。ただ、ひとつ注意しなければならないのは、雑誌に休刊はつきものだということです。創刊される雑誌もあれば休刊するものもある。3号でつぶれる雑誌もあれば30年続く雑誌もある。雑誌には寿命があります。時代と合わなくなっているのに、だらだらと続けばいいというものでもありません。

しかし最近の休刊誌のなかには、かつてなら出版社が無理をしてでも続けたであろうものが少なからず含まれています。大手出版社の雑誌や、その出版社の看板雑誌と言われるような雑誌です。出版社がそういう雑誌を抱えきれなくなっている。つまりこれは、メディアとしての雑誌がどうこうというだけでなく、出版社の経営の問題でもあるわけです。

例えば、主婦の友社の「主婦の友」のように、社名にもなっている雑誌は、売れなくなったからといってなかなかやめられるものではありません。逆にいうと、それだけ追い詰められているということでもある。

講談社の月刊「現代」の場合も休刊が大きな話題となりました。ジャーナリストたちが「現代」の跡を継ぐようなメディアを作っていこうとムックを創刊したり、シンポジウムを行ったりした。「現代」の部数以上にその休刊が衝撃を与えたわけです。講談社のある編集者は、「「現代」の休刊によって講談社が長年蓄積してきたノンフィクション/ルポルタージュなどジャーナリズムの遺産が一気に無に帰してしまう、そんなことでいいのか」と嘆いていました。

「論座」は朝日新聞社の、「諸君!」は文藝春秋の代表的なオピニオン誌でした。メディア産業としての新聞社や出版社が、その姿勢を世に問うていく非常に重要な器であったわけです。「月刊プレイボーイ」は集英社の総合男性向けエンターテインメント誌の草分けでもあった。また、「エスクァイア」という非常に良質な総合誌、ライフスタイル誌も休刊してしまいました。
「KING」は、講談社が昔の100万部雑誌、国民雑誌の名前を担ぎ出してきて作った男性誌でした。古典芸能でいえば大名跡、止め名のようなもの。野球でいえば永久欠番。それを担いでおきながら、わずか2年ほどで休刊してしまいました。
それくらい、天下の大講談社といえ、朝日新聞社といえ、文藝春秋といえ、主婦の友社といえ、持ちこたえられなくなっているということです。

休刊、廃刊の理由は、個々の雑誌によってさまざまな事情があるので一概には言えませんが、私は3つの要因が重なってしまったのだと考えています。1つは、読者=部数の減少です。2つめが広告収入の減少。3つめがコストの増大です。
販売収入は減るし、広告収入も減る。それなのに制作コストは増えていく。まさにトリプルパンチが雑誌を見舞っています。

トリプルパンチ-いったい何に奪われたか

なぜ部数が減ったのでしょうか。さまざまな意見があります。編集者がサラリーマン化したからだとか、作る内容に新鮮味がないとか。しかし、一番大きいのは若者の人口が減っていることでしょう。

ごくごく大雑把な言い方をすると、ベビーブーマー、いわゆる団塊の世代に比べると、今の10代後半くらいの人口は半分といっていいでしょう。戦後出版史を振り返ると、雑誌マーケット、出版マーケットは、ベビーブーマーとともに成長してきました。人口の減少はマーケットの縮小を意味します。部数の減少は起きて当然のことです。

もちろん、人口減少だけでなく、読者に飽きられたとか、内容が陳腐化してしまったという理由もあるでしょう。しかしこれもさまざまな要因があります。たとえば「ブルータス」というライフスタイル誌があります。同誌が創刊された1980年頃、あるいはその前に「ポパイ」が創刊された1976年頃は、日本人にとって海外旅行はまだまだ高嶺の花でした。せいぜいハワイへの団体旅行ぐらいです。ヨーロッパを旅行するために会社を辞めて、その退職金で旅行費用を捻出するような時代でした。それがバブルを経て、今や高校生でも卒業旅行で海外に出かける時代になりました。

70年代、80年代の雑誌作りは、欧米の文化をそのまま伝える誌面が成立しました。編集者は出版社のお金で海外に行けるという特権的な立場を利用して雑誌をつくっていれば良かった。ところがバブル以降、一般読者のほうが編集者よりよほど海外の事情に通じているような事態が起きます。ネパールの山の中だとか、パタゴニアの崖だとか、編集者も行かないようなところにも一般の人が行くようになった。

元「ブルータス」編集長で、いまはコンデナスト・ジャパンの社長をしている斎藤和弘氏は、以前私の取材に答えて、「いわゆるキャッチアップという思想が、もう雑誌作りに効かなくなった」という言い方をしています。

また、多くの人が指摘するように、ケータイとネットの影響は大きいでしょう。私事を言いますと、先週末、我が家のモデムが壊れてネットを使えなくなりました。たかがモデムひとつで、我々出版業界にいる者はこんなに仕事が進まなくなるものかと驚きました。原稿を書くための資料探しも、原稿を送るのも、ゲラのチェックや色校も、みんなネットを使っていました。村上春樹の「1Q84」を読んでいて気づいたのですが、1984年と現代とのいちばん大きな違いはコンピューターとインターネットとケータイの存在の有無なんですね。しかも私たちはその変化に無自覚です。

フリーペーパーの登場も大きいでしょう。実際に情報誌の類はかなりがフリーペーパーに移行しています。フリーペーパーも洗練と細分化が進み、「R25」に代表されるような若い会社員向け、F1層、M1層に向けた雑誌もできています。

出版社にとってもっともダメージが大きいのは広告収入の減少です。なぜ広告が減っているのか。これについてもいろいろな意見があります。最も大きいのは不況が続いているからでしょう。企業にお金がないんです。経済は循環しますから、やがては回復するでしょうが、それでもかつてのバブルのようなことは二度とないだろうというのが経済学者のほぼ一致した見方です。

よく言われているのは、広告がネットに奪われたということです。「広告も」と言っていいかもしれない。しかし、ある大手広告代理店の人は「広告効果、媒体価値そのものに企業が疑問を持ち始めている」といっています。これは衝撃的なことです。

アメリカではトヨタショックというものがあった。トヨタが新型のカローラをアメリカで発売するにあたって、テレビへの広告出稿をやめてネットだけにした。そうすると売上は落ちるかと思いきや、なんと少しプラスになったというのです。企業のマインドとしては、広告を打っても打たなくても変わらないなら、広告費用を削ればその分利益が増える。今や広告は打たないほうが利益が出る、そういうふうなマインドに変わりつつあるということです。

4マスの広告、即ちテレビに効果があるか、ラジオに効果があるか、新聞に効果があるかといった、メディア別の広告効果、媒体価値に対する疑念というよりも、広告という行為そのものに対する疑念が起こっている。これは「ネットに奪われた」というよりも深刻なことです。

コスト増については皆さんほうがよくご存知でしょう。紙代、印刷代の値上がり、人件費、原油高のこともあるが、こういうことが起きてきた。バブル崩壊後の出版界は紙代、印刷代の部分でコストの圧縮を図ってなんとか延命しました。言い方を変えると、印刷業界等に多大な負担を強いることで出版社は何とか乗り切ってきたが、もうこれ以上の負担を強いる余裕がなくなっていいます。それが折悪しく、こういう経済状況の中でコストアップということが出てきてしまった。それがトリプルパンチの中身だと思います。

2009年6月26日クロスメディア研究会「周辺環境から読み解く雑誌の今後 」より(文責編集)

※続きはクロスメディア研究会 メンバー限定で公開いたします(2回:19日、3回目:26日予定)。

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