2005年5月にドイツの印刷会社3社(パッケージ印刷1社,商業印刷2社)とマン・ローランド社を訪問する機会を得た。尋ねた印刷会社ではローランド700(菊全判)などの枚葉オフ機に反転胴や複数のコーターユニットをもたせた,10色機,8色機などを主力設備に,ニスを厚盛りできるチャンバーコーター(アニロックスローラ方式)によって,下地コーティング,マットニスとグロスニス,油性ニスとUVニスの使い分けをしていた。ニスコートをワンパスにして,生産性と印刷物の付加価値の両方を高めて,差別化を図る経営戦略が印象的だった。
ロイニスマン社(Leuinisman)
ドイツとポーランドに3つの工場をもつ,従業員346人,売上高66億円,創業1861年のパッケージ印刷会社で,訪問したハノーバーの工場は高級パッケージ印刷に特化していた。昨年3月に導入した最新鋭の菊全判のローランド700Ulitmaは,反転付き8色+3コーター機で,5代目社長のベットオン氏は「印刷とコーティングをワンパス生産できるメリットが大きい」と強調していた。
機械構成は,給紙部の後ろに,下地用の第1コーターユニット+2台の乾燥部(1台目はIR+熱風,2台目はIR+熱風とUV乾燥の切り替え),2台の印刷ユニット,UV乾燥組み込みの反転胴(紙厚0.6mm対応),6台の印刷ユニット,第2と第3の2セットのコーター+乾燥部(各2台),そして損紙排紙機能をもったセレクトデリバリまでの全長33mの機械である。第1コーターは白や水性ベースのパールコーティングの下地印刷を行う。
この時はUVインキを使うので,反転胴と印刷ユニット間には3台のエルトッシュ製UV乾燥装置(胴間を移動可)を配している。これで,表は油性インキ,裏はUVインキなどの使い方ができる。例えばシルバーを始めに下地コーティングしてからUV印刷し,後胴のコーターではインキ面にマットコート,それ以外はグロスコートなどの高付加価値の印刷ができる。水性コーターは特に銀の発色が良く,印刷で得られない効果があるという。反転は現場においても実際に0.2〜0.6mmの板紙を反転させている。ほかのローランド706(菊全判6色機)とともに,3台の印刷機はLANで結ばれていて,CIP3/PPFによるインキプリセットを行っている。機付き人員はすべて2人で24時間3交代だが,さらに3台の機械に2人の補助員がいる。
営業的な課題としては,この機械の特性をもっと生かすような印刷ディレクションを行うことである。色校正は新規の仕事の半分ではインキ校正刷りはないが,デジタルプルーフは必ず提出している。工場全体の平均ロットは2万枚,ローランド700Ulitmaは2万7000〜2万8000枚である。
ツァルボック社(Zarbok)
フランクフルトにある社歴80年の印刷会社で,家族経営が行われていて,現社長は3代目である。DTP制作から印刷,加工から配送まで全工程を,従業員100人,2交代で稼働させている。営業マンは5人で,配送トラックには「昨日のデータを今日印刷」「品質」「ハイエンド」などのモットーが大書されている。ポルシェや金融機関などからの高品質なカタログを得意としている。
菊全判ローランド700の5色機(5/0)は水性コーター付きで,さらに10色機(5/5・10/0),8色機(8/0),また新たに水性コーター付きの導入を検討中である。水性コーティングは,最近は封筒の表面加工として重要性が増している。1台の湿し水循環装置ですべての印刷機に集中して湿し水を供給している一方で,インキローラへの通水用チラーは印刷機1台ごとにあり,仕事内容に合わせたインキローラ温度の調整を可能にしている。機付き人員は2人である。
用紙の伸縮などのトラブルを避けるために工場の空調には大きな投資がされており,天井高6.5m,5万立方メートルの工場内の空気は20°C湿度55%に調湿したエアーで6分間に1回全部入れ替わる。天井と壁面の両方に多数のエアー噴出口があり空気の流れを感じることはなく,空調機内部で加湿しているので天井に加湿器はない。CIP3/PPFでインキキーをプリセットしているので,色出しはだいたいOKになるが,ほとんどの印刷物に4mm幅のカラーバーを入れてCCIで計測するなど,品質管理に力を入れていた。反転部のキズ付きについて,ローランド機は倍胴で紙を受け渡すので,キズは少ないという。製本工場はMBO折り機(4台),中綴じラインなどがある。
生産管理は4年前からPECOMプレスセンターを導入している。Jobパイロットで3台の印刷機のジョブの順番,印刷枚数,用紙サイズ,斤量,反転の設定,色順,インキキーのデータのなどの設定を工務室からリモートで行っている。効果は絶大でオペレータによる段取り替え時間が不要になり,どのようなジョブでも30分で切り替えできるという。また生産計画はJobパイロットで作成するので,顧客からの問い合わせにすぐこたえられる。プリプレスモニタで印刷機の稼動状況など,工場の全体状況の生産実績を細かく把握しながら生産計画が立てられるところが良いという。MISのオプチマスも導入済みだが現在は立ち上げ中で,これが稼動すると経営管理までできるが,JDF対応は次の課題である。
プリプレス工程は,Mac-DTPによるPDFワークフローで,CTPは4年前からクレオのTrendsetterが1台稼動していて,月に2000版の出力である。入稿原稿の40%はPDFの完成ページで,残りの60%はQuarkXPress,InDesign,PageMakerなどで社内制作も行っている。Macオペレータは合計6人,2交代,デザイナーは2人である。
クリヒバウマー社(Kriechbaumer)
ミュンヘン郊外のタウフルキルヒェンにあり,従業員数は子会社を含めて約140人,営業は内勤のみの3人である。保険,車など大企業を顧客にしているので営業車で走り回る営業は行っていない。導入機はすべて反転付きでローランド700(菊全判)で,10色機(5/5 10/0),12色機(6/6 12/0),4色機(4/0 2/2),また菊半歳8色機(4/4, 8/0)が組み付け中であった。10色機と12色機は両面刷りで使用することが多い。主要得意先である自動車メーカーのBMWからは各国向けのカタログや年次報告の大半を受注している。印刷機はLANで結ばれ,Jobパイロットでインキキープリセットなどのデータ入力,工程管理,生産状況のモニター(実績把握)を行っていた。
BMWは要求品質も高いので,表裏の品質差が出ないようにセラミックジャケットをセットしていて,エンジンのような画像でもネーリング(くぎ跡のような白抜け)はほとんどない。12色機では最初に特色,2〜5胴でCMYK,6胴でOPニス,反転して裏面も同じ刷り順で両面印刷するなどの使い方で,導入1年間で3600シートを通し,機械はほとんど止まらなかった。機付き人員は2人,最大ロットは3万5000〜5万部である。BMWからはFOGRAスタンダードカラーの使用が指定されていて3カ月ごとに検査結果を提出する義務もあり,ブランケット交換は定期的に行っている。
ローランド700の10色機,8色機,2色機の3台は品質管理室のマルチCCIの計測部とネットワーク接続されていて,パッチがなくても紙面のどこでも絵柄で計測できる。生産管理は独自システムなのでJDFは未使用だが,導入を計画している。PECOMによる印刷機のプリプレスセットデータは工場長が入力するが,急な機械変更があっても早く対応できる。現場に昼食時間はなくオペレータは印刷を続けながら食事をしている。CTPは1台で,アグフアのシルバープレートで月間4500〜5000版出力している。
会長の趣味で,石版印刷機,ライノタイプ,横型製販カメラ,モノタイプ,MANやハイデルの活版印刷機などを収集展示していた。
自社鋳造工場を持ち精密な印刷機のフレームやシリンダ作りにこだわるマン・ローランド
ドイツ フランクフルト郊外のオッフェンバッハにマン・ローランド本社ゼネフェルダーハウスを訪問した。同社の印刷機はすべてドイツ国内で生産されており,従業員9500人で,枚葉機は本社工場などで,オフ輪はミュンヘン郊外のアウグスブルグの工場などで生産している。印刷機の世界シェアは枚葉オフ機25%,商業出版オフ輪34%,新聞オフ輪37%を狙うなどで,海外ではオフ輪への影響力も強い。欧州にはMANのロゴが付いたバスやトラックがたくさん走っている。もともと印刷機製造メーカーに入社してきた気鋭の技術者,ユトルフ・ジーゼル氏がエンジンを開発したところから,商用車の一大メーカーにもなり,古くは潜水艦Uボートのエンジンも供給していた。
現在,製造している印刷機はすべてオフセット印刷機である。
同社は5000点とも言われる印刷機部品の80%以上を内製化し,フレームや胴シリンダなどの鋳物工場ももっている。特に精度を要求される胴などは3カ月以上屋外放置してゆがみを取り除いてから研磨工程に入り,印刷ユニットの左右のフレームは常に一組みとして管理され加工されるなど,精密機械へのこだわりを強く感じる。組立工程の最初は水平精度と平面精度が2ミクロンに調整されている黒御影石のベッド上でのフレーム組み付けからスタートする。
○最新技術
・インラインシータ
巻き取り紙を枚葉機に供給する装置で設置スペースが後方に5m必要であるが,印刷速度は毎時1000〜2000枚上げられ,段取り替え時間も2分で済むという。
・インラインホイラー
オフ機に箔(はく)を供給する専用の第2ユニットを組み込み,最初の胴で接着剤(グルー)を印刷,第2ユニットで箔を接着する。ワンパスで毎時1万4000枚の印刷+箔加工ができる。段取り替えもホットスタンプの数時間から30分に短縮できる利点があり,加熱がないので印刷機への悪影響もないという。オーストラリア,ドイツなどで3ユニットが導入されている。
・インラインオブザーバー
紙渡しやデリバリ部に小型カメラを最多で16台まで設置して,紙の流れをモニタできる。薄紙やラベル印刷に有効である。
・イーグルアイ
インライン検品装置で,印刷ユニット上部のカメラで流れる印刷紙面をスリットからモニタし,OKシートと違うと警戒紙挿入やインラインソータで排紙する。
・インラインエンボッサー
ブラン胴に凸版,圧胴に凹版をセットしてエンボスを押す。メタル軸受けのローランド機ならではのオプションである。
・クイックチェンジシステム
生産性を高める一連のシステムで,段取り替え時間の30%短縮やヤレ紙の削減などのコストダウンが可能である。
ブラン,圧胴,インキローラなどの洗浄,再版であれば初版時の設定を反映,フィーダ用紙サイズセットが45秒で完了,9つの前当てはコンソールからもリモコンで駆動。クイックチェンジ・カラーではバイブレローラ上の分離機構で印刷停止中に4,3,2,1の各着けローラへのインキ供給量を積極的に変えて金属インキやUVインキなど,インキ水バランスの影響をコンソールから調整できる。
インキつぼをポリマー加工して,色替え時にインキをつぼから除きやすくなった。クイックチェンジ・クランプによってブラン交換も2分で可能になる。
・印刷機のネットワーキング
1000台以上のPECOMが既に導入されている。
注:ゼネフェルダーはドイツ人で1798年,平版方式の石版印刷法を発明,これが現在のオフセット平版やリトグラフに発展した。
2007/10/12 00:00:00