今月は、いよいよWeb to プリント(以下WTP)です。印刷業界イベントで実際にお客様と接しているうちのメンバーの感想から言えば、「WTP」という概念に対して、昨年は「いったい何もので、何ができるのか?」今年は「どう自社に取り込めるのか?」とお客様の質問の内容も少し変わってきているようです。
一般的なWTPの機能・性能・効用については、あらゆる印刷系雑誌にいろいろな専門家が書いているので、そこを論じるつもりはありません。 本稿の論点は、タイトルのとおり、果たして「日本で成功(定着)するか?」ということです。断定は慎まなければいけませんが、答えは、WTPをこれまでの生産プロセスの効率化(サプライチェーン)の目線で考える場合は、「日本じゃパッケージは通用しない」となり、多分NOです。他方、新たな印刷ビジネス変革モデルとしてお客様起点(ディマンドチェーン)から捉え直す場合、YESです。
まずNOの目線は明確で、
確かにごもっともで、書いていて暗い気持ちになってしまいますが、実は、この考え方自体が、業界団体が脱却と変革を主張してやまない「受注型営業スタイル」の発想・目線とも言えます。 では、印刷ビジネスそのものの変革モデルとしてのWTPとは何かということですが、ここはまじめに書くより、弊社のお客様で実際起こっていることや、議論していることをベースに短編小説風で。題して「印刷はどこに消えた」。
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小春日和の午後。首都圏のA印刷会社の営業会議は、いつもどおり始まっていた。
金崎所長「後○○○○円の粗利上乗せで年間目標達成まで見えてきたな。後ひと踏ん張りだ、お得意先からの取引にオポがないか見たいね」
スタッフ「これが取引状況一覧です」
金崎「大手学習塾アルファからの仕事が半年以上来なくなっているが、営業の大屋君、理由は?」
大屋「えー、この時期は先生募集のチラシとか話が来ていましたが……けっこう納期とか厳しいんですけど、粗利も高いし良い取引先ですが……」
金崎「最近、行ってるの?」
大屋「ここ半年は連絡もないし行っていません。多分…いえ、きっと小子化で先生も減らしてるんじゃないかと……」
金崎「本当? 今はしょうがないけど、来月すぐ訪問して確認するように」
大屋「優先します」(=暇ないっす……)
金崎「さて、次の議題は……」
桜満開の4月上旬、アルファ社の全国エリアリクルート担当者会議が、和気あいあいで始まった。
司会「お集まりいただきありがとうございます。早速ですが、先期導入しました教師募集支援システムはいかがですか?」
首都圏担当 鈴木「私の担当エリアの教師募集要望は、計○○回ありました。これまでは、印刷会社との間で、その都度見積もりを取ったり、ファックスで校正のやり取りをしたり、けっこう煩雑でしたが、Webオーダーの仕組みで、作業はかなり削減されています」
司会「ある意味驚きです。最初、簡単だと説明しても、現場のやり方を変えたがらなかったですから……」
鈴木「まあ、本部が考えたものは要注意ね…… (場内笑)。でも、発注が一括の上、価格も決まっているし、簡単にカスタマイズできるし、もう戻れませんね」
本部管理担当 田中「実は、皆さんの活動は会社全体の改善に貢献しているんですよ。感謝申し上げます」
鈴木「現場の仕組みが、会社全体の課題解決に直結しているなんてピンとこないね」
田中「だから続くんですよ。現場に無理があったり、頭でっかちの計画は、ことごとくだめだった」
司会「さすが田中さん、深いですね。鈴木さん、これまでお付き合いのあった印刷会社には、ちゃんと説明しましたか」
鈴木「いやー、向こうから来たりしませんしね。この間、電話が掛かってきたようですが、あいにく不在でそのまま……」
田中「地元の会社さんとの付き合いは大事だから、くれぐれも丁寧にしてね」
鈴木「今度きちんと状況を説明します。でもきっと、小子化で先生が減ってオーダーが来ないなんて勝手に思っているんじゃないかな(笑)」
外は、鬱陶しい梅雨空。「こんな日にオレが最初の発表なんて……」金崎所長は、傘を畳みながら、会議室に向かった。
金崎所長「最後に失注報告です。実はアルファ社の先生募集の印刷物の仕事ですが、首都圏で年間○○○○円の取引量がありましたが、すべてなくなりました。関西のB印刷の新オーダーシステムを導入したようです。申し訳ありません」
杉野本部長「もう(情報は)入っている。問題はなぜ、こんな事態になるまで気がつかなかったかだ」
金崎「本当に申し訳ありません。それぞれの担当にとっては、バラバラの受注ですし、個別に対応していたので、発注がなくても、さほど気にしていなかったようです。先方の首都圏担当から正式に状況説明を頂き、半年前にさかのぼって確認したところ、全拠点でJOBが消えていたことを把握しました。皆ほかの大口JOB受注に特化していたこともあり……」
杉野「うちは生産プロセスの効率化では業界トップクラスだし、もしかしたら、うちがWebオーダーシステムに先に取り組んで、B印刷のような仕組みを提案できれば、もっとすごいコスト削減を提案できたんじゃないのか?」
鍋島社長「分かった、起こってしまったことはしようがない。問題はわれわれ自身が変わることだ。すぐにプロジェクトを発足させなさい。君がリーダーになって中堅・若手クラスをメンバーにして、半年後を目標にWTPをスタートさせるように」
杉野「分かりました、早速」
金崎所長「本部長、新Web受注システム『@SMART』順調な受注開始ですね」
杉野本部長「ああ、本当に社長の前で恥ずかしい思いをしたが、わが社の底力だな。大屋なんて、汚名挽回とばかりに、夜も営業の教育や、システムの運用モニター役で休んでないんじゃないか?」
金崎「まあ、若いし。皆変わりましたよ」
杉野「失注して逆によかったかもしれない。パッケージ商品は通用しないとタカをくくっていたしね」
金崎「何回も運用シミュレーションしましたけど、わが社が、アルファ社のチラシを一括受注したら、B印刷より、25%のコスト削減提案が可能というデータまで出ています」
杉野「まあ、最初は安全運転で徐々にチャレンジしていこうよ」
金崎「そうも言っていられないんですよ。来月、うちのメインクライアントのベータ産業に業務変革プロジェクトの提案をする予定なんですよ。『@SMART』を核とした総合提案も最後の詰めに入っています。来年は、B to Cモデルプロジェクトも!」
杉野「分かった、分かった、でも恒例の本社クリスマスパーティーはやってよ! またプリントショップボーイズバンドやるからね!」
杉野本部長「なぜですか?専務。うちの『@SMART』以上の効率化はまずあり得ないと思います」
ベータ社 小林専務「そのとおり。君のところのコスト削減が、群を抜いていたし、うちのことを知り尽くしていることは、よく分かるし感謝している。だけど、今回はどうしようもない」
杉野「なぜです。お聞かせください」
小林「Cプリンティング社の提案は、予想を超えたものだったんだよ。彼らは、自分のところでは刷りませんと言ってきた。わが社の取り扱い商品が、環境に密接に関係していることは分かってくれているよね」
杉野「ええ、もちろん。『@SMART』による在庫逓減の環境効果をきちんと数値化までして提案していますが」
小林「逆にCプリンティングは、課題は在庫逓減なのですかと問題提起してね。わが社は、全世界に営業所や、サービスセンターを持っているが、彼らは、印刷物自体を各拠点に運搬するのにどれくらいCO2を排出しているかまで提示してきてね。確かにわれわれにも、自社の商品が消費者に届くまでにどれくらいのCO2を排出しているかを商品に記載することも視野にあったんだよ。欧州ではそういう動きが始まっているしね」
杉野「どういう提案だったのですか?」
小林「Cプリンティングは、WTPでわが社の印刷をすべて受発注管理し、実際に使用するエリアのパートナー印刷企業で処理するという。運送に関わるガソリン使用をドラスティックに抑制して、わが社の新CI戦略のベストプラクティスにする提案だった。社長は瞬間、身を乗り出してね」
杉野「そんなこと、製品輸送のトラックに載せるとか、皆やっていることじゃないですか」
小林「姿勢の問題なんだ。実際、荷重が掛かれば燃費は悪くなるし。Cプリンティングは、2010年に欧米拠点へのネットワーク展開を行い、2015年までには、グローバルレベルでのネットワークを完成させる提案になっている」
杉野「われわれは、印刷のプロです。理想はそうでしょうけど、まず色が合いませんよ。全世界で違う印刷会社が違う色でバラバラに対応する新CI戦略リスクを考えましたか?」
小林「もちろん。広宣担当役員は最後までカラーマネジメントの重要性を主張したがね。Cプリンティングの論理は明確だった」
杉野「どういう論理ですか。印刷の本質を知らない、無責任な提案だと思いますが」
小林「そうだろうか。彼らは、新CI戦略のターゲット顧客層の分析から考えてくれた。ターゲット顧客が、何の媒体からわが社を認知するのか、どういうプロセスで商品を絞り込み、意思決定をするのか、その中で新CIブランドの意味は?とね。彼らのテーマは、『クロスメディアの時代の新CI戦略』であり、『カラーマネジメント提案』だった。確かに印刷物の色がバラバラでは、新CI戦略どころではないよ。ただ、わが社の新CI戦略の最大のフォーカスはクロスメディアとパーソナルコミュニケーションなんだよ。Cプリンティングは、まず手を着けるべき課題は、ワンセグ携帯画面とハイビジョンテレビなどの画面を主・印刷物を従としたベータ社基準色の再設定とグローバル展開の仕組み構築にあると言ってきた。もはや課題の捉え方が印刷会社ではなかった。まあ、君が言うように、論点をはぐらかされたと言えば、そうかもしれないが……Cプリンティングをパートナーにと決めたんだよ。私も……同意した」
杉野「とても印刷会社の提案とは思えません」
小林「共同提案だよ」
杉野「えっ?」
小林「Cプリンティングと広告代理店D社の共同提案だった。D社は、小さい会社だけど米国のCRM会社とも連携していて、2次展開まで参画してもらうことになった」
杉野「誠心誠意やってきたわが社とは、もうお付き合いはできないということですか?」 小林「そんなことはあり得ない。Cプリンティングがメインコントラクターになるが、首都圏は、一番量が多いし、君のところの工場があるし、任せようと思っている」
杉野「それもCプリンティングの提案に最初からあったことですね」
小林の後ろの窓から、桜の花びらが夕日を浴びきらきら舞い散る様を、杉野はただ見ていた。
鍋島社長「杉野君、ご苦労さん、分かった」
杉野本部長「いや、まだ納得できません。Cプリンティングに比べ、われわれのほうが全体の品質管理や、コスト体質も上回っています。米国云々も、ここは日本ですよ。すぐベータ社もわが社に戻ってくるはずです。その時に備えて、カウンター提案を……」
鍋島「もうやめなさい」
杉野「……」
鍋島「私はね、君の報告を聞いているうちに、私が経営として非常に大切なことを忘れていたことに気がついたんだよ。とても当たり前のことなんだがね」
杉野「それは一体何です」
鍋島「社会や市場、お客様で起こっていることを分析して、変化に気づき、半歩先取りすることさ」
杉野「当然やっています。おっしゃることがよく分かりません」
大屋「あの……分かる気がします」
鍋島「言ってみたまえ」
大屋「結局、私は自分の会社の品質やコスト競争力といった今のコンピテンシー上にWTPを考えていました。われわれなら勝てると。でも市場の変化は今の延長線上ではなかった。われわれの提案は、ベータ社の新CI戦略の本当の課題から入ったというより、WTPでできることを、自社に有利なように当てはめていただけだったと思います。もちろん、土日の突っ込んだ議論や検証もしましたが、結局『How』の議論だけ。今考えると悔しいです」
鍋島「ダーウインは環境の変化に適応できたものだけが生き残るというけど、その前に、何が環境の変化かを洞察する力がないと、そもそも適応なんてできない。それがよく分かった。Cプリンティングは、異業種D社をとおして変化を見る目を手に入れたとも言える」
杉野「われわれは、生き残れるでしょうか?」
鍋島「今まで何回こういうことを乗り越えてきたと思っているんだね。今回は最大の収穫を得たと思っている。そろそろ、引退なんて思っていたが、すぐ全社員を集めて、この1年で起こったこと、変わらなければならないのは、社会・クライアントの課題との関わり方そのものなんだということを議論しようじゃないか。デジタル化戦略や技術革新の話なんてその後でいいんだよ」
--完--
注1)第1幕は、実際の事例をモチーフにした創作です。
注2)第2幕以降は、全くの創作です。
注3)すべての登場団体・人物並びに会話は創作です。
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鍋島社長は全社員を前に最初に何を語り出すんでしょうか……興味津々ではあります。 素人話と、まゆをひそめている読者もいらっしゃるはずですが、ご容赦ください。ただ、自分なりにWTPの論点は出したつもりです。
まず、WTPを生産プロセスのデジタル化の延長線上で捉えるアプローチは、印刷業界全体を考えた時、懸念される点があります。それは、このままでは、WTP自体が、印刷企業間の更なるコスト競争を加速させる武器に偏ってしまうのでは、ということです。少なくとも、弊社のWTP案件は、西高東低の傾向が顕著です。CTP普及が早かった西からの普及は当たり前なのですが、首都圏に営業拠点を置き、WTPをベースに、より安い金額(オーダーは割り切ってWebベース)でJOBを受注するという構図です。コスト削減はもちろん大事ですが、この効率化競争は、マクロ的には印刷産業全体の適正な価値を自ら下げるばかりではないかと思います。
WTPの本質は、印刷業にとって社会やクライアントとの関係を変えるような新ビジネスプラットフォームにあります。本ショートショートでは、環境にフォーカスを当てたビジネスプラットフォーム化を描きましたが、JSOX法の適用に対応するプラットフォームという考え方もあり得ます(クライアントがある日突然、すべての取引履歴や、見積もりの根拠をすぐ示せない会社とは、取引できないといってきたらどう対応しますか?)。グーテンベルグ以来、印刷は社会を変革する知や感性を生み出し・伝播(でんぱ)する社会のプラットフォームであるわけで、ここは、大きく21世紀の社会のあるべきプラットフォームとしてのWTPと印刷産業を発想しようではないですか。
さあ、弊社も2008年度が始まりました。実はWTP案件は目白押しで、メンバーはお客様対応や、営業現場の教育など、早くもフル稼働状態です。WTPになると、クライアント企業の戦略そのものとの連携となるので、なかなか事例や、効果の公表は難しい面もあるのですが、欧米では、すでに定量効果測定・公開を行っている事例もあります。2008年度は、ぜひ、お客様と一緒に進めた国内のベストプラクティスを広くご紹介・発表していきたいと思います。
次回は、WTP・クロスメディアの時代にますます重要となってくる統合カラーマネジメントがテーマです。ではまた。
(「プリンターズサークル」2008年5月号より抜粋)
Print-Betterでは、デジタルプリント関連情報をまとめて紹介しています。
◇ ALPS協議会・デジタルプリント情報ポータルサイト2008/07/24 00:00:00