ネットワーク社会に百貨店はどう変わるか〜高島屋のインターネット戦略 前編〜
株式会社高島屋 MD統括本部 統括室 ネットビジネス担当次長
菅谷 秀明 氏
■ネットワーク社会が生み出す新たな業態とは
ビジネス社会が大きな変革を迎えているなかで,老舗といわれる百貨店がどのようにビジネス展開をしていこうとしているかについて,お話しします。
ちょうど今は世紀末で,2001年には21世紀になります。20世紀は百貨店の時代だったといわれるように,百貨店は消費社会を100年間リードしてきました。しかし,大量消費社会の到来でチェーンストアという業態が生まれて,百貨店のシェアを奪いました。次に,ライフスタイルの多様化でコンビニエンスストア(CVS)が伸び,バブルが崩壊すると,価格破壊を打ち出したディスカウントストアが伸びました。また,通信販売が少しずつ伸びており,今約2兆5000億円の市場になっています。
間もなく本格的なネットワーク社会が到来します。その時また新たな業態が生まれ,百貨店のライバルになるのではないかと考えています。
■高島屋は意外に新しもの好き
高島屋のイメージとしては,コンサバティブで格式があり,価格が高くて非常に敷居が高いというアンケート結果があります。しかし,実際には30年ほど前に,日本初の郊外型ショッピングセンターとして,1000台以上の専用駐車場をもつ,玉川ショッピングセンターを二子玉川に作りました。二子玉川の商業価値は非常に高くなっていますが,それを演出し,作り上げ,醸成してきたのが高島屋だと自負しています。
また,今から25年ほど前に,病院と提携してヘルスケアまで考えたアスレチッククラブをホテルニューオータニの中に作りました。
最近では,新宿高島屋タイムズスクエアがあります。高島屋は,保守的というイメージと逆に,新しいものへの取り組みも早いのです。
■大胆に変革に取り組む各百貨店
先ほど述べたようなビジネス環境の変化のなかで,百貨店は変わろうとしています。このままでは良くて横ばい,悪ければ会社,業態自体がなくなってしまうことさえも考えられる状況なので,百貨店はいろいろな変革を考えています。百貨店各社の取り組みをいくつか例として挙げます。
伊勢丹では,基本となる商品販売情報,つまりMD(マーチャンダイジング)を問屋サイドから取り戻そうとしています。
現在の百貨店の多くは場所貸し業に変わってきています。つまり,テナントとして入っているメーカーや問屋が販売員を入れ,自分の商品を並べて,売り上げデータも管理し,マーチャンダイジングの部分を握っているわけです。
その一番正反対にある会社が伊勢丹で,きちんと科学的なデータを集めて,そのデータベースに基づいて品揃えをして,顧客に提案していこうとしています。単に良い商品を並べるのではなく,回転率をベースにして品揃えを考え,スペース,粗利益,在庫の数なども含めて,効率的に運営していこうという,非常に意欲的な会社です。
西武百貨店では,外商をやめました。外商は顧客が店舗まで来なくても,顧客の自宅を訪問して,いろいろな要望にこたえるものです。従って,特別のメンテナンスをしますので,比較的高所得者の顧客が中心となります。例えば「宝石が欲しい」とのニーズから,「娘が結婚する」ことがわかれば,結婚衣装や家具,あるいは結婚式そのもの,引き出物などの関連販売ができ,トータル販売が可能になります。また,売り上げ数字の予想が立てやすいなどのメリットがあります。
しかし,外商にはデメリットも多いのです。例えば,顧客先でたくさん購入してもらうために掛け売りや値引きなどを行いがちです。バブル期には,百貨店の店頭売り上げは5%くらいしか落ちていないのですが,外商の売り上げが15%くらい落ちました。景気の変動に左右されるわけです。また,外商は人件費もかかります。1人当たりの売り上げが下がっても,メンテナンスを行うための人件費がかかってしまいます。
西武百貨店では外商をやめて,コンピュータで顧客管理する仕組みを作りました。
伊勢丹と小田急では,通信販売をやめました。通信販売は,店舗の場所に関係なく全国的に販売でき,365日,24時間営業ができるというメリットがあります。また,顧客のデータ,購買記録などをすべてコンピュータで管理しますから,マーケティング分析が簡単にできます。
デメリットとしては,通販用の品揃えは店舗と全く別の仕組みを作らないといけません。例えば高島屋新宿店では,全フロアで250〜300万アイテムの商品があります。商品数では,1商品当たり3〜5点ほどしか置いていません。つまり,幅が広くて奥行きの薄い品揃えをしています。ところが通信販売では,カタログに掲載できる商品は2000〜3000点と少ない代わり,1商品1〜2万点というように,たくさんの商品を在庫としてもつような商品もあります。間口が狭くて奥行きの広い通信販売では,店頭販売とは当然マーチャンダイジングの仕方が変わってきます。
店舗と通販では,商品の仕入れ先も全く違います。その結果,コンピュータですべてのデータを管理し,顧客とのやり取りを行うので,システム投資が莫大になります。
もうひとつの問題がカタログ制作費です。通常,カタログ制作費は,売上高の10%くらいといわれています。また,配布する費用もかなりかかります。注文にはコールセンターの利用が多くなっており,このための投資も必要です。このほかに返品が非常に多くなっています。
伊勢丹では通信販売をやめた後,インターネットにその舞台をすべて移しました。
三越は,コンビニエンスストアのファミリーマートと,お中元,お歳暮の注文,代金回収について提携することを発表しました。また,郵政省との連繋も深めており,郵パックで,商品の配送を行う動きがあります。このほかにも,大丸とは商品開発などの提携を行っています。
■高島屋の挑戦――ポイント加算で来店促進
高島屋では,高島屋カードというハウスカードを有効に活用しようとしています。
その主幹となるのは固定顧客の囲い込みです。高島屋では他社に先駆けて、ポイント制という割引制度を導入しました。当初は5%=5ポイントだったのですが,現在は7%まで値引き率を引き上げています。
従来は無条件で5%を引いていたのですが,7ポイント制にするに当たって条件をつけました。それは,来店した時に専用のカードリーダーに入れると7ポイントが加算される仕組みで,1回来店するというアクションを起こさせることによって2ポイント上乗せするわけです。これは来店促進の効果がありました。
次にライフ・タイム・バリューという考え方があります。顧客が買いものをする時には,いろいろなシーンがあります。ある時はコンビニで買い,ある時は百貨店,ある時はスーパーといったシーンのことです。そのシェアをできるだけ高島屋に割いてもらおうとする考え方です。ライフ・タイム=一生のうちで,一番たくさん買い物をしたのを高島屋としてもらうために,いろいろな方策を実行していくことを意味しています。そのために,顧客データベースを再構築しました。住所,氏名,電話番号,購買履歴,来店状況などが一体となっているものです。
■通販カタログは媒体計画をもとに掲載商品,部数決定
通信販売について,高島屋の考え方のポイントはMD計画であり,品揃えの計画と顧客管理,媒体計画の3つです。そのベースにはコンピュータシステムがあります。
特に媒体計画が重要です。どのようなカタログを作るかは,商品を作る際のベースになります。つまり,300万部の媒体をどのような顧客に配り,過去に顧客がどのようなものを購入しているかを分析して商品を作り,その数を決めるわけです。こうしてこの商品は1000個,あの商品は2000個の製作と計画を立てていきますので,媒体計画が一番大事なポイントになります。
この媒体計画の元になる,実際にデータ登録している顧客分析を下支えしているのが,顧客分析政策チームと,顧客サービスチームです。
顧客クレームや問い合わせなどへの対応・分析が非常に大きな役割を担っています。単にコールセンターというレベルではなく,顧客サービスセンターとの意識のもとで動いています。
さて,通信販売の顧客データ分析,商品政策の基本的な考え方にRFMIがあります。
・Recency(リーセンシー)=直近の購買データ
・Frequency(フリキュエンシー)=購買回数
・Monetary(マネタリー)=購買金額
・Item(アイテム)=購買商品
この4つで顧客分析を行い,カタログの製作部数,実際に掲載する商品を決めます。
■顧客主義とは顧客から個客への1対1のコミュニケーション
高島屋の顧客主義は,顧客が満足するサービス,商品がどのようなものかを知り,それを実現させていくシステムです。顧客を主体とした店舗作りをするためにすべて考え直していくことです。
顧客主義を徹底する理由は3つあります。ひとつは少子・高齢化によるマーケットの変化。2つめは,市場に製品があふれて,成熟社会になり,商品自体の普及も飽和状態になっていること。3つめは,一人ひとりの消費者の価値観が変化していること。もの自体よりも,情報を非常に重要視する時代に変わってきたと感じています。
このような状況のなかで,すべての顧客に同じようなサービスを行っていては,結局すべての顧客の満足を得ることはできません。個人の「個」という字を書くような個客主義,つまり,1対1のコミュニケーションを大切にして,不満の声に耳を傾けて,一人ひとりの顧客満足度を高める商品やサービスを提供することを考えています。
その政策は,ひとつは実践論としての顧客主義の推進。2つめは,今までは商品が中心でしたが,今後は商品と顧客の両方を同じようなレベルでみること。3つめは,顧客を個人として捉えて,もうマスでは捉えていかないということ。4つめは,顧客と販売員の関係を強化することで,その関係を顧客と高島屋の関係に昇華させて,より強化していくこと。
5つめはストアロイヤリティの高い顧客を大切にしていくことです。これまでは,バーゲンのみの顧客も,1回に100万円,200万円のまとめ買いをする大切な顧客も,同じ顧客だからと,同じサービスしかしてこなかったのですが,これからは,本当の大切な顧客には最上のサービスを提供できるような形にしようと考えています。
■詳細な顧客分析から生まれるDM戦略
分析データの中から,顧客が誰かを抽出する例を紹介します。
図1は縦軸に買い上げ金額,横軸に最終買い上げ日のマトリックス,つまりリーセンシーをもってきています。
縦軸にはSからABC〜Zまでありますが,これは顧客のポジショニング,つまり買い上げ金額の累計のランキングです。Sは購入金額の高い顧客ですが,横軸の右側にいくに従って,来店の少ない顧客となっています。左にいけばいくほど,来店頻度は高くなります。左上が売り上げの核となる最重要顧客で,最高のサービスを提供すべき顧客となります。その下に位置するのが高島屋のファンである重要顧客,その下が,今後,固定化するための促進策の対象となる層です。
右側に位置する顧客には,来店頻度を高める方策を考えます。これがDMやさまざまな販促ツールとなります。
一番下のZの部分には,会員登録初年度の顧客が全部入ります。それぞれのグループのなかで,取るべきアクションを決めています。例えば来店を促進すべき顧客に対しては,過去の購買履歴からそれにマッチしたDMを送ります。
何の理由で来店しなくなったのか,なぜ高島屋で買い物をしなくなったのかを,顧客ごとに綿密に分析します。「他店に移行したと思われる顧客」に対しては,この顧客を引き留めるべきなのか,諦めるべきなのかをデータ分析して,アクションを決定します。このように,それぞれの層別,ポジション別に行動を決めていくことは,これまでのDM戦略とは全く異なる考え方です。
■顧客データ分析で必要印刷部数を厳密化
図2は1998年度の「日本企業の広告宣伝費」上位20社です。高島屋は第7位で402億円です。約3兆円の売り上げがあるダイエーと比較し,1兆円の高島屋が7位というのは,多少,使い過ぎといえます。
図3は宣伝費の内訳です。カタログ・DM代,新聞広告代,催し費の順となっています。店内装飾費には,店内の案内板などのほかに,ウインドウディスプレイも含まれます。このほかに通信販売の宣伝費や,カタログ,新聞折り込みなどの経費が大きいシェアを占めています。厚いカタログを年に9回作っていますが,それ以外にもDMを頻繁に出します。新聞折り込みは年間で52回,ほぼ1週間に1回,朝日新聞,読売新聞な
どで,1回につき約500万枚を配っています。
折り込みを足すと,総額402億円の半分ほどがカタログ・DMと通販のカタログなど,印刷物に使っていることになり,いかにこの部分を削減するかが懸案となっています。
そのキーワードの1番目はコストダウン,単価を下げることです。新聞広告費は,段数を減らすと単価が上がり効果がありませんから,カタログ・DM代をコストダウンする,一部当たりの単価を下げることになります。制作面では,アナログで制作していたものをデータベース化し,デジタル化していくのは当然です。すべて制作はコンピュータ化し,取り引きしている印刷会社にもお願いして,コンピュータですべて制御します。撮影もデジタルカメラを使用し,再利用できるようにします。
撮った写真のデータベースについてですが,印刷会社は今までは,版下ベースでデータ管理を行っていました。これに対し,写真自体も単品で管理できるデータベースに切り替える要請をします。版で管理していると,ほかの印刷物を作る時に,その写真をピックアップするのに手間やコストがかかったりするからです。
また,印刷部数についても厳密に管理を行います。これまでは10万部というような単位で印刷の発注をしてきましたが,8万7000部,6万9000部というように制作部数の厳密化,ターゲットの明確化を図ります。実際の運用では,もっと厳しくて,867枚とか953枚印刷というように,非常に細かい数字の印刷部数管理を求められています。これは実現するつもりです。既にそれを当たり前のように行っている百貨店もあります。顧客データベースがしっかりと構築されれば,DMが必要な顧客のピックアップが,1枚単位でわかってくるからです。さらに,DMを出したら,顧客の反応,行動が厳密に効果測定できる仕組みがで
きています。
効果測定という面では,例えば水曜日にDMを出すと木曜日に顧客に届きます。土曜日に顧客が来ていない場合,各売場で来店していない顧客の名簿を作成し電話をして,回収率を高めるようにしています。従って,印刷物も1枚単位の数字を要求されます。
■DMはオンデマンド印刷で発注当日納品
キーワードの2つ目はスピードです。印刷物を作る時の意思決定が非常に早くなっています。逆にいえば,決定してから制作までの短縮化を要求することになります。例えば,翌週にイベントがある時には,そのイベントにどんな人を呼ぶか,どんな人にDMを送るかの制作会議が毎日のように開かれます。その会議を元に,封書かハガキかなどの形態を決め,その経費計算も行って注文を出しています。これに対応するには,印刷会社にはオンデマンド印刷の仕組みが必要です。
高島屋のハウスエージェンシーであるATA(オールタカシマヤエージェンシー)は,オンデマンド印刷機を設置し,パソコンと連動して,注文当日に納品する体制を既にとっています。ここでは1枚単位で制作しています。注文が各売場から出てきた場合,それに対応して,元々あるフォーマットからピックアップしてDMを作り,その日のうちに納品します。
■インターネットの速報性が魅力
もうひとつは,インターネットの利用です。インターネットの利点のひとつに,タイムリーな情報発信があります。百貨店のイベントは毎日のように開かれますし,イベントでは計画の変更も起きます。例えば,ウルトラマンが来店しますとか,3時の予定が突然2時に変更になったりなどです。そういう急な変更事項についても,インターネットでは情報を流していくことが可能になります。
また,たくさんの商品情報の中から,インターネット向きの商品情報をピックアップして顧客に伝えています。例えば,ファービー人形という商品があります。99年の春にトミーが売り出し,非常に売れました。高島屋ではインターネット上で,どこの売場でこれを扱っているかの情報を載せました。この商品は店頭でも売れたのですが,インターネット上だけで1万4000個売れました。単価は約4000円ですが,この商品が1万4000個,つまり5000万円以上がインターネットで瞬時に売れました。店頭売りも合計すると,5万個以上が売れました。これは百貨店業界では驚くべき数字です。バイヤーの力によって,事前に情報をキャッチし,タイムリーな情報発信することで,必ず売り上げに結び付くのだと痛感しました。
■印刷媒体で割に合わないものもインターネットなら広告可能
このほかに,インターネットには18店舗のイベント情報,商品情報を掲載しています。また,数量の少ない商品は,東京の店にしか置いていないなどマーチャンダイジング上で難しい問題があり,店頭で扱えないケースもあります。しかし,例えば3個しかないけれども,どうしても売りたい商品を,インターネット上で売ることも可能です。ある有名ブランド品の値引き販売をインターネット上で行いました。数は3個だけ,色も限定,ある意味ではデメリット表示をして掲載したところ瞬時に売れました。
ほかにも,福袋をインターネットで販売しました。500個の福袋を,18時30分にインターネットに掲載したところ,翌日の朝10時の出社時には,完売していました。わずか500個ですが,1個1万円なので,500万円の売り上げになります。高島屋が営業していない時間に全部売れてしまいました。あまりにも売れたので,新しい福袋を,約2000個作り今日は200個,明日300個という形で毎日掲載し,その都度全部完売しています。インターネット上で約2000個,2000万円の売り上げとなったわけです。掲載写真は福袋の写真だけで,ずっと変更していません。数が少ない,もしくは半端な数しかなくて,店頭にはなかなか並ばないような商品も,インターネット上では売ることが可能で,逆にインターネットに向いているともいえます。
また,在庫が日本にない商品の販売も可能になります。98年のクリスマスの例では,「本場のクリスマスのギフトはこういうものですよ」と紹介するつもりで,インターネット上に掲載しました。ところがこの商品が欲しいという注文が殺到しました。1万数千円のものですが,何十個という単位で売れました。幸いニューヨーク高島屋に在庫があり,ニューヨークからDHLで発送しました。
このように,いったん仕入れて,売れるかどうかわからないのに在庫として抱えておくことなしに,売れたものだけを仕入れて売るという全く新しいビジネスができます。
■2007年までに電子媒体に移行して紙媒体は半減
キーワードの4つ目は環境です。高島屋はISO14000シリーズの取得に踏み切りました。東京店が第一号店です。いずれ,全店舗でISO14000の基準に沿った環境設定をしていくつもりです。
DM・カタログは紙で作っています。前述したようにそれが宣伝費の半分を占めているので,これが節約のポイントになります。また,通信販売費の50%は,実は紙代です。これが一番大きな課題で,通信販売部は,おそらく5年先ぐらいをめどに紙媒体をなくす方向に進んでいます。つまり,インターネットやCATVなどを利用して,顧客にデータを配布しようとしています。この傾向は,通信販売専業の会社でも同様でしょう。通販専業の関係者も,3年後には紙媒体は半分に減り,電子媒体に移行するだろうと語っています。高島屋は2007年をめどに半減しようという計画で進めていますが,各媒体の進展状況で前倒しになる可能性もあります。
もうひとつ百貨店は,宣伝以外でも包装紙,ショッピング・バッグ,コピーペーパーと,大量の紙を使用しています。特に包装紙の使用量は多いため,最近は小さな短冊を用いて簡易包装にするなど,顧客の理解を得ながら紙の削減を進めています。
→後編へ続く