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大判カラーインクジェットプリンタと出力

近年のパソコンの一般家庭への普及率は目をみはるものがある。パソコンの普及に伴い,一般向けのデジタルカメラとインクジェットプリンタの需要も増えている。火付け役となったのは,デジタルカメラがカシオのQV10,インクジェットプリンタではエプソンのPM700Cであり,それぞれ「QVショック」「PMショック」と呼ばれている。

 PM700Cは1996年に登場し,プリントアウトには従来のCMYKの4色のインクに,Lc(ライトシアン)とLm(ライトマゼンタ)の2色を加えた,6色のインクを使用した。これで,カラーインクジェットプリンタの最大の欠点である,ハイライトの部分を中心とした粒状感が大幅に改善された。その結果,現在のような高画質・低価格のカラーインクジェットプリンタの普及へとつながった。

 現在,その高画質・低価格化の波はコンシューマ向けにとどまらず,ハイエンドで使用されている大判のカラーインクジェットプリンタにまで普及し始めている。大判用のインクジェットプリンタが高画質・低価格化することで,これまでは画質やコスト面で実現しにくかった,ポスターなどの少ない枚数の大判プリントが低価格で可能になった。さらに,インクやサプライ品の改良によって,色発色の良いきれいなものが出力できるようになり,デザインの幅が大きく広がった。

大判カラーインクジェットプリンタの技術革新・高画質化

 現在,大判カラープリンタは,高解像度化が可能で色再現性に優れ,大型化が比較的簡単なインクジェット方式が主流になっている。また,現在発売されている大判カラーインクジェットプリンタは,基本特性の部分で考えると,エプソンのPM800Cなどに代表されるコンシューマ向けのカラーインクジェットプリンタと大差はない。

 現在の大判カラーインクジェットプリンタと以前のプリンタを比べると,プリントアウトが大幅にスピード化し,出力解像度が向上した。特にセイコーエプソンのPM-9000CやPM-7000C,ローランド ディー.ジー.のHi-FiJET FJ-50/FJ-40などの大判カラーインクジェットプリンタモデルでは,最高1440dpiの高画質出力が可能になっている。

大判インクジェットプリンタの利用方法

 以前の大判カラーインクジェットプリンタの主な用途はCADの図面出力であった。しかし,近年のカラーインクジェットプリンタの高画像化・高速出力化によって,応用範囲が格段に広がっている。例を挙げれば,今まではできなかったような少部数のポスターや,イベント・展示会の掲示物や看板,案内板などの制作が可能になった。

 従来の方法では,少部数のもの(特に大判のもの)も,必ず大量印刷物と同じ工程をとらなければならなかったため,コスト的に見合わずに断念するケースが多くみられた。しかし,大判のカラーインクジェットプリンタを使用することで,従来の手間やコストが大幅に削減される。

出力環境
 実際の出力現場では,大判カラーインクジェットプリンタに出力されるすべての印字物が,プリンタの最高画質を使って印字されているわけではない。また,すべての大判カラーインクジェットプリンタが6色のインクを使っているわけでもない。

 その理由としては,大判の印字にはかなりの時間を必要とするからである。顧客との打ち合わせにもよるが,低い解像度で短い時間で出力を終わらせてしまうケースもあるだろう。

 一般にカラーインクジェットプリンタでは,画質と出力速度には反比例の関係が成り立つ。つまり画質を優先させると出力速度が下がるのである。これは高画質に印字させるには解像度を上げ,1つのラインの印字にヘッドを多く往復させなければならないからである。ちなみに,1ラインを印字するためにヘッドが往復する回数をパス数と呼ぶ。この制御は通常,プリンタドライバが担当する。プリンタドライバには解像度やパス数をいろいろと組み合わせた印字モードが用意されており,それを選択することによって結果が変わるようになっている。それぞれのモードには,いろいろな特徴があるので,どのモードでどういった結果になるのかは,始めに確かめておく必要がある。

PostScriptへの対応
 印刷業界では,デジタルのフォーマットの主流はPostScriptである。デザイナーが普段使っていると思われるフォントやアプリケーションは,たいていのものがPostScriptに対応しているので,それによって作られる作品は,意識しなくてもPostScriptになっていることが多い。その場合には,出力するためのプリンタもPostScriptに対応しておいたほうが都合が良い。大判カラーインクジェットプリンタをPostScriptに対応させるには,RIPが必要になってくる。

 RIPには,大きく分けてソフトウエアタイプとハードウエアタイプの2種類が存在する。ハードRIPは,プリンタにRIPが内蔵されているか,専用のコントローラを使用してRIPの役割をさせているものを指す。内蔵型はプリンタの電源を入れるだけで稼働させることができ,RIPを設置するスペースが必要なく,専用コントローラでも電源を入れるだけで出力が可能な状態になることが特徴である。また,ほかの用途には使わないため,RIP専用の設計にすることが可能で,専用のLSIなどを使ってハード的な高速化・最適化が行える。ただ,スピードに不満が出てきた時などに,バージョンアップや機械の切り替えがしにくいという欠点もある。

 ソフトRIPは,パソコンやワークステーション上でRIPをソフトとして動かすものである。特徴としては,単なるパソコン上で動く1ソフトウエアなので,拡張性や柔軟性に優れていることが挙げられる。例えば,RIPの処理スピードはインストールしてあるパソコンによって変わるので,スピードに不満が出た場合にはCPUを交換することで対処できる。また,大容量のデータを多く扱うようになって,メモリやハードディスクの容量が不足しても,パソコンショップで購入してくれば安易に対処できる。また,複数の出力機をサポートしている製品もあるので,その場合にはワンリップで複数台のプリンタを制御することも可能になる。さらに,プリンタを買い替えた場合の移設も,簡単なセッティングだけで可能になる。しかし,専用機ではないので,何かトラブルのあった場合の切り分けや,機械自体のRIPへの最適化は行うことができない。

 このほかにもRIPを使う大きなメリットがある。通常,出力する時には,出力が終了するまでクライアントのパソコンが開放されないが,プリントサーバ機能の搭載されているRIPを使うことによって,クライアントからきたデータをスプールさせておくことができる。そのため,クライアントのパソコンを素早くプリント作業から開放させることができる。大判の出力の場合には1枚の出力に時間がかかるので,このような機能がない場合には,長時間にわたってパソコンが使えなくなってしまうことがある。

 また,大判出力では出力する面積が大きいので,時間がかかるだけではなく,出力用のメディアも大量に消費するので,出力ミスを起こすと大きな損失となる。RIPを使うことによって,あらかじめ出力するデータを点検しておくことができるので,そういった出力ミスを最小限に抑えることも可能になる。

インクとメディアの使い分け

 インクジェットプリンタの画質は,出力PostScript解像度やパス数だけで決定できるものではなく,実際に使っているインクやメディアの発色性,階調表現などの要素によって結果が大幅に変わってくる。だから,実際に自社で使えるかどうかの確認は,きちんと自分の目で確認する必要がある。

 大判カラーインクジェットプリンタの出力物は,展示会のポスターや看板などの最終出力物として扱われるケースが多いと考えられる。そのため,出力に関しては使用するインクやメディアの特徴に注意しなければ,使いものにならなくなってしまうことがある。

インク
 インクは,大きく分けて染料系と顔料系の2種類が存在する。特徴としては,一般に染料系のインクは,発色性に優れ,顔料系は耐光性に優れているといわれている。

 屋外の展示に使用するのであれば,紫外線に強く色の褪色が少ないインクを使用して,印字する必要がある。屋内で使用するのであれば,強い光が当たる確率が減るので,紫外線に対する配慮は少なくて済むが,シビアな発色性を求められるケースが多くなるだろう。ただし屋内においても,冬などの寒い時期に外気温と室内温度の差が激しくなると,結露することがあるので,耐水性に関しては十分検討しなければならない。しかし,現在はほとんどのインクが一度乾いてしまえば,ある程度の耐水性をもっている。ただ,耐水性に関してはインクだけではなく,メディアの特性にも大きく左右されるので,注意が必要である。

メディア
 カラーインクジェットプリンタは,基本的に専用のメディアを使用して印字する。専用メディアは,表面に特殊加工やコーティングを施して,インクの定着を良くしたり,発色性,耐光性,耐久性を高める工夫がしてある。

 現在,大判カラーインクジェットプリンタで印字可能なメディアの種類としては,マット系紙,光沢系紙,合成紙,特殊紙などの紙のほかに,透明フィルム,ホワイトフィルム,電飾看板用の裏からライトを当てて見せるバックライトフィルム,紙に凹凸感をもたせて布のような風合いにしたキャンバス地,コルク,金属など,通常の印刷では不可能なものにまで広がっている。ほかにも「ピクトリコ」という旭硝子(株)の開発したインクジェット用のメディアは,素材の表面にセラミックスをコーティングしたもので,セラミックのコーティングさえできれば,どんな素材もピクトリコとなり得る。セラミックスを素材の表面にコートすることで,速乾性,高濃度・高精彩,定着性・耐水性が生まれ,高画質化が可能になる。

 以上のように,出力できるメディアはいろいろな種類が用意されている。一方,プリンタでは出力するメディアに最適化させるために,微妙に出力状態を変えて印字するケースもあり,メディアがそのプリンタ専用のものになっていることがある。そのため,今後大判カラーインクジェットプリンタの導入や出力依頼をする際には,インクの種類とメディアの種類を確認する必要がある。

 展示物を作る場合には,印字したものをそのまま展示することは少なく,後加工や施工をすることが多い。最も一般的な後加工はラミネート加工である。印字した後のメディアをラミネートで覆うことで,水や傷からメディア本体を保護する。印刷でいうPP貼りである。さらに,ラミネートするものにUVカットタイプのものを選択することによって,顔料・染料のどちらのインクを使っても褪色を抑えることが可能になる。

 そのほかの加工としては,パネル貼りやフレームの取り付け,垂れ幕に使用するための印字物の上下に棒を通す作業が考えられる。さらに,現在の大判カラーインクジェットプリンタでは,両面印刷に対応しているものがないので,両面印刷が必要な場合には2枚出力して張り合わせることになる。また,薄い布やフィルムにプリントして,バックライトを当てるような仕組みを作ることも考えられる。

 大判カラーインクジェットプリンタを使用することによって,印刷ではできないものへの印字も可能になり,メディアそれぞれの特性を生かしたいろいろな演出も可能になる。つまり,表現に制約が少なくなるのである。この分野は今後は間違いなく進歩し,出力可能なメディアもどんどん増えていくであろう。大判インクジェット出力はまだまだ歴史が浅いので,いろいろな方向に発展していく可能性を十分に秘めている。

月刊プリンターズサークル 2000年1月号より

2000/05/19 00:00:00


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