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複製技術から比較文化論が見える印刷博物館

凸版印刷が東京・水道(最寄駅は飯田橋)に開設した「印刷博物館」は、2000年10月にオープンしているので、すでに訪れた方も少なくないだろう。

印刷博物館の展示内容は、ひとことでは説明し難い。展示構成がどのようになっているかは、印刷博物館のホームページを参照していただければわかるのだが、そこに立ち並んだ、さまざまな展示物は、かつて多くのひとの目に触れ、手に触れた実用品であったにもかかわらず、すべてが芸術的な品格を備えていると言っていい。

日本の印刷文化遺産として名高い「百万塔陀羅尼経」の展示は、塔1体と経典の一部が現存する実物である。また、家康が作らせた「駿河版胴活字」や、「築地活字」「島活字」は、いずれも実際に使用されていたものであること、そして、神秘的ですらある完成度に畏敬の念を覚える。

一方、展示の工夫としておもしろいのは、欧文活字と和文活字の違いが明らかにわかるように、あえてプロポーショナルでない欧文活字を鋳造して、和文活字やプロポーショナルな欧文活字と比較対象できるようになっていたり、現在であれば確実に著作権侵害にあたるであろう、杉田玄白の「解体新書」と、そのオリジナルであるクルムスの「ターヘルアナトミア」が並んで展示されているところだ。原典のターヘルアナトミアの人体図鑑が銅板画で製作されているのに対し、解体新書は木版であるため、ディテールは酷似しているものの、陰影のあるなしで、明らかに製作手法の違いがわかる。

これと並んでヨンストンの「禽獣魚介蟲図鑑」や、ニュートンとの光学論争で知られる英国王立協会のロバート・フックによる著書「ミクログラフィア」も目を楽しませてくれる。ミクログラフィアは「顕微鏡観察誌」と訳される通り、フック自身が作成した顕微鏡による観察誌であり、240ページという大著で、118枚にのぼる図版が収録されているという。展示では、丁寧にもミクログラフィアの実物とともに、フック愛用の顕微鏡のレプリカを並列してある。

顕微鏡を覗きながら緻密で精工な原画を描いたフックもさることながら、その原画をもとに胴版画を製作した版画家の腕にも感服させられる。現在の刊行物とは印刷部数のうえでは比較にならないほどの小ロットだろうが、それにしても複製・刊行にかける情熱は、それから350年ほど経った現在でも、しっかりと伝わってくる。フックの蚤の観察図は、一見の価値がある。ちなみに、フックについては、中島秀人著「ロバート・フック ニュートンに消された男」(朝日新聞社)に詳しい。

グーテンベルグの42行聖書は、残念ながらレプリカだが、実物の超高精細デジタルアーカイブを見ることができる。また、グーテンベルグのおよそ100年後に製作されたプランタン・モレトス(ベルギー)の印刷機はレプリカながら、実際に動かすことも可能だという。このほかにも歴史を物語る欧米製・国産の印刷機や活字鋳造機、写真植字機などがずらりと並んでおり、大半が同社で実際に使用していたものだというところが感慨深く、職人と呼ばれた人々の息遣いが聞こえてくるようだ。

地方の印刷会社に勤務されている方は、印刷博物館見学のためだけに上京されるのは難しいだろうが、上京の折には、ぜひ訪れることをお勧めしたい。

なお、JAGATでは、近くこれらの展示物の写真も一部折り込みながら、印刷の歴史的な解説を含んだ「印刷概論」を刊行する予定である。

◆印刷博物館 http://www.printing-museum.org/

2001/03/23 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会