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Fordismの限界と中小印刷界のニッチ



塚田益男 プロフィール

99/09/13

 私は印刷界の工業化と大量生産の話について記述してきた。主として大手印刷業者とオフ輪業者に対応する話であって,中小印刷業者のことではなかった。工業化とFordismのことばかり書いていくと,印刷界には大企業だけあれば中小企業は不要なのではないかという錯覚に陥る。事実,工業化時代には印刷界でも大企業優位の追い風が吹いていた。しかし中小企業も何とか健闘し,共存をしてきた。問題はこれからだ。21世紀と中小印刷業のことを書かなくてはならないが,その前に,ここでは印刷界の中では何故Fordismが完結しないのか,中小企業の存在が必要なのかを考えてみたい。

●印刷物のコスト要素
 まず印刷物を制作するに当たって,どのような工程や作業が必要なのかを考えてみよう。その一つひとつの工程や作業の中に技術やコストがある。
・制作企画(資料収集,テキスト作成,デザイナー,写真家の選択と依頼,予算:部数:材料の決定など)
・販売,流通,宣伝(配布先dataの作成,配布取次業者の決定,配布梱包形態・材料の決定,宣伝企画など)
・生産業務
@編集,デザイン,撮影,イメージング
A資材調達(用紙その他)
B印刷・加工業務(印刷,製本,加工)
Cフルフィルメント(まとめ,梱包,発送)
D業務管理,技術,メンテナンスなど

●CS(顧客満足と印刷物作成)
 印刷制作に当たって顧客は常時業務の各項目に関心があるのだが,関心の強さは企画している印刷物の性格によって異なるのは当然だ。

 制作企画と販売・流通という業務は印刷会社の業務ではなく,主として顧客自身の業務である。印刷会社に顧客が相談することがあるだろうが,決定権はすべて顧客にある。相談を受けるというコンサルティング業務は,顧客の印刷業者決定に重要な意味を持つものだから大切にしなければならない。最近では顧客のコスト意識が非常に強くなっているから,相談するにしても,顧客の印刷会社に対する選別姿勢は厳しくなっている。またその反面,印刷物制作の全作業がデジタル化してきたので,顧客は印刷会社に技術的なコンサルティング・サービスを依頼せざるを得ない。

 制作企画と販売・流通は顧客の業務であるが,それに対し,どこまでコンサルティングサービスを行うことができるかは,顧客と印刷会社との信頼関係にある。印刷会社が提供できるサービスの大きさも問題だ。このコンサルティング機能は会社の大きさには関係がない。印刷営業マンの資質,関連部門(技術,デザイン企画など)の職員の能力などが大切になる。中小印刷界だって充分に能力を発揮できる分野だ。

●生産業務――印刷界には双務的受注契約書を交わすという慣習はないが,生産業務は顧客から業務委託を受けるものである。それだけに印刷業者の決定に当たっては,顧客において@からDまでの業務について慎重な配慮が行われる。大型発注物件なら顧客の関心事はまずコストということになる。A資材調達コスト,B印刷加工コスト,この2つのコスト削減機能を持っている業者を入札や見積もり合わせという形で選択する。そこには原則として中小印刷業者が参加する余地はない。

 ところが最近の印刷物発注傾向は,社会の情報化,多様化に対応して小ロット化,多品種,高品質という形になってきた。この場合には,印刷物の発注部数にもよるが,顧客の関心事はABのコスト意識より,@CDの機能のほうにある。@のプリプレス作業は校了になるまでの顧客との連帯作業であるし,Cの梱包,発送作業は顧客にとっては一番大切な作業である。そしてDの進行管理,技術サービスなども顧客にとっては大きな関心事だ。

 こうした機能は会社の大小とは関係がない。印刷会社の持っている経営機能の高さが勝負である。資金力や機械の大きさ,資材購買力では大企業に負けても経営機能では負けないという気概を中小企業は持つべきである。中小企業のニッチ分野,生存分野は,将来も決して小さくはならない。ただし,経営機能はどんどん新しくしていく必要がある。

●販売及び一般管理費と印刷受注の多様性,そして業界体質の弾力性
○大手印刷企業の販売管理費比率
 1部上場会社の場合をみると,1974年に7.9だった比率が97年には10.5,98年に10.6と上昇している。2.5%以上も販管費が上がっている理由は何なのだろう。

 管理技術はこの20年のうちに,コンピュータ導入により猛烈に進歩したので,一般管理費の上昇は考えられない。営業費,営業に関する管理費及び研究開発費の上昇だろう。大手においても技術変化が激しいので,研究開発コストは上昇する一方だし,受注一件当たりのロットは小さくなるので営業費はかさむ一方だ。この二つのサービスは,激しい競争の中では,とても全部を売り上げに転嫁できないので,販管費の上昇分のほとんどは営業利益を落とす原因になる。
 Fordism(大量生産,大量消費)はこの数字を見るだけで,そろそろ任務を終えたと考えるべきだ。

●受注と企業規模の多様性
 1部上場の会社は販売管理費が上昇したといっても10.5前後である。それに反し,東証2部上場の準大手印刷会社をみると,74年も98年も15.0前後である。すなわち5%前後も比率が高い。さらに全印工連加盟の中小企業の販管費比率は常に20%を越えており,企業規模が小さくなるほど,その比率は大きくなり30%に近くなる。

 このように印刷物の受注は企業規模の大きさに応じて平均ロットが異なっている。1部上場会社の経営体質は大ロット受注型であり,販管費比率は10%前後,2部上場の生産,営業体質は中ロット受注型で比率は15%前後,中小印刷界は小ロット受注型で20〜30%ということになる。

●印刷業体質の弾力性と限界
 印刷物の多様性のゆえに,それに応じた3万社を越える印刷業者が日本全国に散在している。それぞれに受注印刷物に対して適正規模を持っているからだ。もちろん,企業規模と受注ロットの関係は明確に区分されているわけではないし,営業力によって壁は容易に破られる。

 だから常に激しい競争があるのだが,だからといって大手企業が小ロット印刷物を受注すれば赤字になるので,中小企業を下請けに使うことになる。中小企業が利益のある間はよいが,今日のように印刷加工料金が下がってしまっては,ほとんどの中小会社が赤字になる。

 印刷業界は受注の多様性,業界階層の多様性の中で,競争環境も,営業・生産活動も,非常に弾力性のある業界だと思う。その弾力性も,それぞれの企業階層が利益を出しうる経営環境があってはじめて可能なのであって,赤字経営になれば弾力性は失われるということだ。

○販売及び一般管理費比率
197489939798
1部上場7.98.610.310.510.6
2部上場15.115.1
中小印刷 21.818.019.920.4
※1部上場会社−−74年は上場4社の平均,89〜98年は上場3社の平均
※2部上場会社−−74年は4社の平均,98年は3社の平均。いずれも東京2部。
※中小印刷は全印工連経営動向調査より。74年は東京総合,89〜98年は全国平均。


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1999/09/13 00:00:00


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