今年5月に世界最大の国際総合印刷機材展「drupa2000」がドイツで開催されたことは,関係業界の人たちは当然承知のことであり,日本からもかなりの人たちが見学に訪れた。
筆者は残念ながら見学はできなかったが,この業界に携わる一人として興味がありいろいろと情報の収集は行った。
プリプレス・プレス・ポストプレスのおのおのの分野で新しい設備・技術が紹介され21世紀の業界の動向を推察することができる。ポストプレスの分野に限って動向を総括してみると以下に要約されると思われる。
(1) スピードアップに対し今以上の要求・期待は低い。
(2) 製本クルミ工程を中心として,上流(前工程作業),下流(後工程作業)とリンクしたストリューム化。
(3) 設備運転スキルの簡便化(スキルレス化)対応。
(4) 個別設備の付加価値向上。
(5) オンデマンドシステムへの指向。
(6) 新しい製本システムとしてのPURの普及。
上記内容について筆者なりの見解を述べる。
(1)スピード・アップについて
かつては製本・加工部門においても生産性を上げるため,スピードアップを各社競って行ってきた。現在,並製クルミ機においては実用速度は別として1万8000回転/時の設備が出てきているが,小ロット化が進んできており,またいろいろな紙質・材料が使用されるようになってきた今となっては,これ以上のスピードアップの必要性は薄くなってきたといえる。また接着剤の面からみてもこれ以上のスピードアップに対しては乾燥性においてさらなる改良が求められ,また設備面での対応(例えばトリマーのダブル化)が必要となり投資効率面でも興味が薄くなってきた。
むしろ目的に合わせて選択できるように,各社とも数ランクの機種を準備している。
(2)ストリューム化
作業工程の流れの一貫ライン化は効率・省人化の面で有効であることはいうまでもない。印刷から製本,発送までの流れを人手を介在することなくスムーズに分断なく行うシステムが従来からも検討されてきた。
文庫本・コミック本の製本機として印刷と製本がインライン化されたブック・オ・マチィク方式が一般的に知られており,日本国内においても複数台稼動している。
一方,一般の書籍・雑誌に関しては印刷機と製本機のつなぎとしてプリント・ロール方式を介在してのセミ・インライン化が汎用化してきている。
製本(クルミ)以降の下流の工程は書籍の封入・自動包装等の設備と目的に合わせた発送システム(自動仕分け等)を連結し工程のストリューム化が進められている。
工場レイアウト面からみてロボットによる自動パレタイジング,自動搬送(AGV)を利用した搬送システムもかなり実用化されており,この分野での合理化設備の開発は一段落したといえ,選択の時期に入った。
(3)スキルレス化
既存の製本設備はいろいろなサイズ・束厚・紙質に合わせてかなりの調整個所が必要であり,かつマニュアル調整となっているため,個人のスキル・経験に負うところが多い。
特に最近は製本の仕上がり(背の形状・糊層厚・開きやすさ)製品品質の要求度合いも高くなってきており,小ロット化に合わせてこの面でも設備改善が求められてきている。従来から一部の設備においては仕上がりサイズ・束厚に対して数値入力することにより,調整個所が自動的にプリセット化あるいはリモコン化・数値化されているが,対象部位が限定され,また紙質・材料条件は配慮されていないため,効果は期待されたほどの結果は出ていないのが実態といえる。製本機においてもシングル段取り化をぜひとも実現したいものであり今後各社の開発課題であり,機種選定の大きな判断基準となる。
(4)個別設備の付加価値向上
パッケージングされたCD・FDやサンプル物を内蔵した出版・カタログ物はもはや一般化されてきており,そのための周辺機器をも含めた設備改善はかなり実用化されてきた。一方,従来は並製と上製は完全に別々の設備ラインで製本されていたが,製造のボーダーレス化・設備の有効利用が進み兼用機的な構成の設備が実用されてきた。
(5)オンデマンド・システムへの指向
昨今は顧客ニーズの多様化やインターネットの発展による個人向け需要の拡大等により,必要な情報を必要な数だけ必要な時に提供するオンデマンド・パブリッシングシステムの指向が急速に高まってきた。日本においても既に主要な印刷会社・出版社が新たな設備の導入と営業活動を始めている。絶版の復刻版・再版・少部数の自費出版等に最適である。このシステムは,かつてはコピー機に代わる社内の事務合理化・コスト削減ツールとして売り出され,パブリッシングシステム用に改善した経緯があるため,富士ゼロックス社製の「ドキュテック」が世界的にも先行し,現在かなりの台数が稼動している。今後は同様な事務機器メーカー・軽オフメーカーが主体となって新たなシステムが開発されると思われる。
一方,個人向けの個別情報の提供という面では,通販カタログ等で大量部数ながらその中の一部に個人向けの情報をインクジェットで印字したり,一部印刷物を差し替えして提供するセレクティブ・バインディングがあり,いろいろなジャンルにおいて目的に合わせたパーソナル化が進んでいく。
(6)PUR製本方式の普及
製本の接着剤は,長い間EVA(エチレン酢ビ)系のホットメルトが定着していた。
EVAはその高速接着性が製本の高速化にマッチし,比較的安価で,しかも取り扱い(可逆性)・保管が容易で製本業界に多大な貢献をしてきたことはいうまでもない。
しかしながら,その成分組成からみて径時劣化は避けられず,特にインキ溶剤が介在すると劣化が促進され,寒冷・高温に対しても耐久性が劣る欠陥がある。
また,強度を保つために糊の塗布量を厚くすると本の開きやすさがなくなってしまう。
このような欠陥を解決する接着剤として製本用のPUR(ポリウレタン・リアクティブ)ホットメルトが10年ほど前に開発された。PUR接着剤は湿気反応硬化型で空気中の水分によって反応が進み硬化する。この糊の特性は前述のようにEVAホットメルトにない特長を有しているが,湿気反応型であるためオープン型ロール方式の糊ポットでは反応が進んで増粘・固着するため管理が大変であり,また糊の価格が高いという欠点がありEVAに取って代わるほどの普及はしてこなかった。その後クローズド型で表紙にノズルで塗布することにより,管理面での改善と糊を薄く塗布し使用量を少なくすることにより価格を下げるシステムが開発された。このシステムの開発によりPURの普及が加速されるのは間違いないが,EVAと比較すると作業性は劣り,硬化時間が長く機械速度に制約がある等,まだまだ解決しなければならない課題は残っている。
以上drupa2000での新しい設備・技術面の動向について筆者なりの見解を述べたが,日本の業界における動向について若干追加させていただく。
(7)グローバルスタンダードへの対応
20世紀が産業の技術の時代だとすれば,21世紀は資源・環境を中心に考える時代といえる。製本・加工分野でも,グローバルスタンダードへの対応が進んできている。紙のリサイクルは最大の課題であり,再生紙化するために接着剤の改良・開発,分離方法が実用化されてきた。接着剤に関しては,前述のPUR接着剤は皮膜そのものが硬く破砕されにくく,例え微小のものが混入しても最終フィルタ(加熱状態)で溶融せず除去が可能で,ほぼ完全なリサイクル性がある。しかしながら,古紙のだぶつきによる市況の悪化は製本業界でも大きな負担増となっており,再生紙以外の産業資材への利用が求められている。
さらに有害物質の焼却から発生するダイオキシン対策として,ビニール表紙等の脱塩ビ化も進めているが,新素材のコスト・接着性に課題が残っている。
一方,PL法に対する認識も定着してきており,針金によるケガ防止対策として逆中綴じの採用・非金具化による安全性と無公害を目的としたカレンダーの熱圧着方式も増加してきている。
(8)ISOへの取り組み
いろいろな分野の企業でISOへの取り組みが活発に行われており,印刷業界でも9000シリーズ(品質),14000シリーズ(環境)の認証取得会社が出てきている。
特に品質に関しては1部たりとも不良を出せない状況にあっては,各種検知機だけに頼ることなく品質保証システムの構築が急務となってきた。
ISOの基本は「仕事を文書化する」「文書に基づき仕事を行う」「結果を記録に残す」「定期的に内部品質監査を行う」ことである。
今までは個人のスキルに頼ってきた製本業界も,作業の標準化を行い一人ひとりが決められた作業手順をいかに確実に実行するかが重要となってきたといえる。
2000/12/19 00:00:00