印刷で培ったコミュニケーションノウハウをビジネスへ
大東印刷工芸 代表取締役社長 花崎博己
コミュニケーションを担当した印刷会社
これからの印刷業を展望するためには,今までに印刷会社が何を行ってきたかを見つめ直すべきである。私は,印刷という仕事の本質は,コミュニケーションをつかさどってきたことだと考えている。以前から,当社はトータルコミュニケーションカンパニーを掲げてきたが,根底にはこの考えがある。
われわれが過去にやってきた印刷物制作とは,どのようなものであったろうか。例えば,カタログやチラシ,ポスターなどは,メーカーが消費者に対して行うコミュニケーションツールである。また,企業と投資家の間でならアニュアル・リポートなどで,企業と企業の間,さらに入社希望者には会社案内などで,コミュニケーションをとってきた。コミュニケーションをつかさどることが,われわれの最終目標であって,印刷物は結果と捉えている。
従って,これから10年,20年先の印刷業界で重要なのは,印刷物製造専門会社ではなく,コミュニケーション専門会社となることではないかと考えている。そう考えると,コミュニケーションの手段が印刷物でなく,インターネットだとしても,あるいは将来的に出てくる新しいメディアになっても,対応できるであろう。顧客からいずれのメディアを求められたとしても,コミュニケーションを専門のビジネスにしていくことで,顧客ニーズにこたえられる。
それは印刷物を軽視するということではない。今までは,印刷物の優位性は高かった。コスト面でも,非常に短時間で高品質のものを配布できる。今後もその優位性は残るだろう。しかし,他のメディアの優位性もいろいろ活用しながら,ベストのものを顧客に対して提案していくことが重要である。
それにはまず,印刷物ありきから脱却して,例えば「このコミュニケーションに対してはこのツール,このメディアがベストでしょう」と提案できるような業界になる必要があるだろう。
デジタルコンテンツの制作・管理が強味
コミュニケーション専門会社を目指すに当たって,キーポイントのひとつになるのが,コンテンツの扱いである。コンテンツは,過去において印刷会社の最も実績ある部分だと考えている。現在,メディアとしての印刷物そのものの評価は相対的に下がってきているが,幸いにも印刷会社のデジタルコンテンツに対するクリエイティブ力,制作能力,管理能力はクローズアップされ,評価されつつある。これまで印刷業界が培ってきたものが,非常に重要視されることになるだろう。ネット関連ビジネスとなれば,コンテンツの重要性は印刷物制作に比較しても,よりいっそう高まるだろう。われわれは将来的には,これを大事にしなければならない。
この部分が,今後の印刷業界の強味になる。われわれの業界は,制作業務のなかでコンピュータを扱っていて,システムがデジタル化されている。そして,それに伴う豊富なデジタルコンテンツをもっている。そのクリエイティブ制作能力などは,IT時代においても,デジタルコンテンツビジネスの担い手になれるほどのものである。
デジタル化された印刷業界は,高度な技術が豊富に蓄積された,広いすそ野をもつ産業であり,非常にITビジネスに近い業種である。しかし,印刷という成果物にこだわりすぎると,ビジネスは広がず,チャンスを逃すことにもなりかねない。
自社の強味を明確化する
顧客ニーズに対してベストなメディアを提案するにしても,ビジネスのターゲットを明確化することが重要である。現状では,印刷業界のターゲットは,一方ではハイエンドの印刷物であり,もう一方はネット関連分野である。とりあえず,そこまでをビジネス範囲とする。カタログやポスターなどのハイエンドの印刷物は,将来的にも必要とされるだろう。ただし,報告書や製品マニュアルなどのミドルレンジ以下の印刷物は,ネット関係など,他のメディアに移行していく可能性がある。従って,当面はハイエンドの高級な印刷物を制作できる技術と,ネット関連のビジネスを固めていくことが必要である。
ネット関連でも,単にホームページを制作するだけの仕事は,本流とはなり得ないだろう。印刷物制作に使用したデジタルコンテンツをデータベース化して,自社のサーバで管理し,顧客のネット発信に対して基盤となるサービスを提供することが必要だろう。例えば,今まで商品カタログとして印刷していた情報をデータベース化し,インターネット用Webカタログとして転換するとともに,システムを提案する。このことにより,得意先へE-コマースのソリューションを提供することができるのである。
インターネットについては,インフラの部分で光ファイバー網などが整備されれば,動画などの利用も進むと予想される。それによって,インターネットのコンテンツも変わってくる。当然,動画・音声・テキスト・画像を含めたデータベース管理,デジタルアセットの管理が重要になる。
この視点に立った当社の事例を紹介する。レコード会社が小売店向けに,情報提供するクローズドなサイトである。レコード会社は毎月,小売店に対して次月に発売される新譜の案内の情報を提供している。従来,これは紙ベースで行っていたが,Web上でも提供する。これによって音も試聴でき,プロモーションビデオも一部,流すことができるようにした。これらの情報提供は,紙ベースのみの時は1カ月前だったが,Web上では2カ月前にできるようになる。小売店は,これらの情報から売れそうなものを判断して仮発注できる。レコード会社は,それを生産計画に反映できる。そのため,大ヒットで品物がないという事態を避けられる。
これらのシステムを当社のサーバで運用管理している。早く情報を流せ,情報の更新もでき,動画も音声も流せるため,大きな利点がある。
ネット関連ビジネスでは,他業界との競争も激しくなる。現在,ネット関連ビジネスのコンペなどで競争相手となるのは,コンピュータのハードウエア製造会社とソフトウエア業界である。例えば,ハードウエアメーカーは,ハードとシステムは提供するが,コンテンツに関しては対応が不十分というケースが多い。しかし,顧客の立場からすれば,コンテンツを整理して,まとめて発信できるものを制作するには大変な労力が必要となる。
このケースでわれわれの提案が評価されるのは,コンテンツ制作とシステム提案の両方ができる点である。ここに,印刷業界の優位性がある。従って,新しい競合相手はいるが,コンテンツ制作や,過去のデジタルコンテンツの蓄積,デジタルに変換する技術をアピールすることで,十分,対抗できる。
画像を例にとると,印刷会社はあらゆるメディアに使用することを前提に,印刷に耐えられる品質の画像を取り込んでおき,他メディアに提供しようと考える。他業界の場合には,インターネット用だけを考えてしまいがちである。しかし,自社だけでは対応できない部分も出てくるだろう。その場合には,他社との連携やコラボレーションも必要となる。
以上のことを実現するためにも,営業のあり方を変えなければならないだろう。新しい技術の時代には,「印刷会社は印刷だけを行う」というイメージを変えなければならない。常に新しい提案をすることで,この壁を取り払わなければ,「この件は,印刷会社に相談すべき問題でない」との判断を下されて,チャンスを逃すことにもなりかねない。その意味で営業担当者は,顧客ニーズをつかみ,それに対するソリューションを明確に伝えることが必要になってきている。
印刷ビジネス周辺では,さまざまな業種との境目があいまいになっている。「印刷会社だから」という自縛と甘えから逃れなければならない。これからは自社の強みを明確化し,それをアピールして顧客ニーズにこたえていく。そのために,当社はマーケティング,プランニングとクリエイティブ能力のいっそうの充実を図る。また,ネット関連については自社サーバを活用して,「Web上のデータベースによる顧客の販売促進に関するシステム」のアウトソーシングを請け負う分野などを,より強化していきたい。
(月刊プリンターズサークル2001年1月号特集
「21世紀に勝ち残るためのプラスαを語ろう」より)
2000/12/23 00:00:00