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新しい価値創造で収穫逓減モデルから脱出

塚田益男 プロフィール

2001/5/22

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7.カオスからの脱出

〜新しい印刷経営を求めて〜

いよいよ最終章になった。この本のタイトルは「カオスからの脱出」であるが、日本では政治も経済界もまだカオスの真只中にいるし、その政治家もそれに連なる一部産業界も、国民の大変な反発があるにも拘らず、カオスの実体が分っていない。銀行はようやく大統合をはじめた。住友と三井、三和、東海と東洋信託銀行、第一勧銀、富士と日本興業銀行・・・・など大手銀行は次々に合併し、その数は半分以下になる。投機行為を止めて本来の業務をIT環境の下で行うなら、金融機関や保険業界の企業数は半分で良いということだ。何も金融機関だけではない、政治家の人数も、不動産業や建設業の数も半分でよい。街の商店の数はとっくに半分になってしまった。印刷界だって企業数が減るのはむしろこれからだ。

カオスは中盤を過ぎたようだが、印刷界だけを見てもまだまだ続くと思わなくてはならない。次のパラダイムについて具体的に論ぜられるようになれば終盤になったといえるが、漸く情報化とグローバル化のトレンドが見えただけだから、富士山なら5合目を過ぎたという所だろう。実はこれからが胸つき八丁で、デジタルデバイド、イングリッシュ・デバイドなど格差が目につきはじめるし、GDP成長率もゼロサムだろうし、その中で少子高齢化のための国民福祉も、知識集約化時代の教育も新しい思想を求めている。それだからこそ私たちJAGATの会員各社はThe survival of the fittest(適者生存)の道を他に先がけて歩まなくてはならない。

この最終章は私が今まで何回となく部分的に述べてきたことの総括である。この機会に私の思想について復習する意味でお読み頂ければ幸いである。勿論、夢のようなことで実行できないこともあるだろう。しかし私が中小印刷界に求めることはこれ以外にはない。そして、それは努力に価するものだと思っている。私が若い時に読んだアンドレジイドの「狭き門」の扉には、こんな言葉が書いてあった。「力をつくして狭き門より入れ」。

1. 収穫逓減モデルからの脱出〜新しいモデルを求めて

収穫逓減則とは限界投下資本から得られる収益が、その前の1単位の投下資本から得られる収益より減少する状態をいう。私たちは普通、仕事のために印刷機械や製本設備という生産設備を購入し、資本投下を続けるのだが、それはその資本投下から収益が得られることを期待してのことだ。例えば3台の印刷機で仕事をしている場合、もう1台追加して4台体制になれば、その4台目の機械は前の機械より効率よく稼働するだろうと期待している。ところが、5台目で効率は頂点に達し、6台目からは効率が下がるとしよう。7台目ではその機械が生む収益はコストの採算ラインと同じになってしまい、利益0になるとしよう。8台目以降は売上高は増えるだろうが、赤字も増えるから利益全体は小さくなってしまう。従って、その印刷会社は一番効率の良い経営をしようと思ったら5台で資本投下を止めるべきだ。経営者が大きなことが好きで、会社規模を大きくしたいと思っても7台で止めるべきだ。8台以降も増設を続けるとすれば、売上寄与より赤字への道を歩むだけになるからだ。


何故このように収穫逓減が起るのかということだ。先ず第一に技術変化がないことが逓減の原因になる。技術革新を利用できれば、品質が良くなったり、コストを下げることが可能で、その結果、得意先を増やしたり、受注量を増やすことができる。従って、コストラインが下がればその分だけ生産設備を増やしても良いことになる。しかし、営業力やマーケットが不変の上に、技術変化がないとすれば、新投資による限界生産性がゼロになるのは思ったより早い時点だろう。

もう一つは営業力や経営力が変化しない時に新投資を続ける時で、この場合も、矢張り逓減則が働いてしまう。営業力が強くなればマーケットを大きくすることができるし、経営力が強くなれば社員資質の向上が計られたり、資材購入力が強くなるのでコストを下げることができる。そうした営業力や経営力が変らないで設備だけ増やせば、増加設備の効率は悪くなる。

このように技術力、営業力、経営力などが変らない中で設備投資を続ければ、収穫逓減則が働いて、収益性はどんどん悪くなる。現状は印刷界のマーケットが大きくならない中で、技術的には同じ機能の印刷機だが、ただ生産性だけが高いというオフ輪の新設を続けた。その結果は、需要、供給のバランスを崩すことになるので、料金が下がり、収穫逓減則は予想より早く効いてしまい、働けば働くほど赤字を累積することになった。この現象は何もオフ輪という中規模以上の会社のことだけではない。顧客は印刷界の激しい価格競争のことを知ってしまったので、すべての発注を見積り競争にしてしまい、枚葉印刷や小ロット印刷を主力受注にしている中小印刷経営まで赤字経営にしてしまった。

競争も正常な経済行為であることを認めるし、収穫逓減もその行為の結果発生する経営の論理であることを認めるのだが、その逓減カーブを赤字の線まで延長して、競争を非正常なものに歪めてしまった導火線は、大手印刷会社の「力づくの営業行為」であったのは明らかだ。ここまでくれば収穫逓減則も底をついたと思うし、「力づく」の行為も止ると思うのだが、これから大手印刷会社に競争を挑もうとしている某印刷会社があるという。理解に苦しむがそれも長くは続かないだろう。

問題はこれからどうするかということだ。写真植字業界や写真製版業界は技術変化の中で破滅した。印刷界の技術変化はこれからだが、その前に業界構造が競争の中で、崩壊しようとしている。今のうちに立て直しの努力をしないと次の技術変化の大波に対応できない。対応策としては次のような認識が必要になる。

再び収穫逓増の経営モデルを作ることである。勿論、新しい経営モデルは一社一社の努力で創るのだが、その前提として業界全体に新しい収穫逓増の業界空間がなければならない。その業界空間とはどんなものだろうか。それは新しい価値創造空間である。印刷業者が提供するサービスに対し、顧客が喜んで対価を支払うようなビジネス空間である。それこそ新しいビジネス・パラダイムであり、カオスからの脱出を可能にするビジネス空間である。

収穫逓増のモデルとは生産設備や人員の増加により、新しい資本投下や業容拡大を行った場合、新しい限界資本投下の収益性が、その前の一単位の資本投下による収益性より高いモデルのことを言う。すなわち、このモデルでは積極的な経営が可能になる。印刷界でこのような経営モデルが可能になるマーケット環境とはどんなことをいうのだろう。少くも従来のような印刷経営、印刷物の生産様式の中では顧客満足は逓減するのだから、全く新しいマーケットの創造を考えなくてはならないし、その中で新しい経営モデルを作らなければならない。

ITと情報メディアという中で、印刷界が関与できるメディアやサービスはどんなものなのだろう、そしてそのマーケットは印刷界に開かれるのだろうか?短納期が顧客サービスとして重要だとすれば、コンビニストアーや輸送会社のように24時間オープンの経営モデルが必要になる。どんな印刷業者が挑戦するのだろうか?小ロット印刷の時代になるというが、どんな設備を持った経営モデルが必要になるのだろう?ここでは何より新しい価値空間を作ることが必要だということを覚えておいて欲しい。

2001/05/22 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会