技術は整った、慣習の壁を壊せ
〜プリンティングディレクターは構造改革派であれ〜
■システムは整ったが人間(慣習)が問題?
新聞・雑誌広告の世界でもデジタル送稿が始まった。それを受けて広告業界では,デジタル送稿やWeb広告の制作管理のコアになる会社を共同出資で立ち上げている。新聞・出版とも独自の世界が固く構築され,デジタル化は遅れ気味だったがやっと動き始めた。送稿ガイドラインが整備されたといっても,業界別,会社別のガイドラインがあり,実情はダブルスタンダードだったりする。その背景には,デジタル以前の紙面のサイズ違いなど,長い歴史の産物が存在している。
これは印刷業も同じである。フルデジタルでシステム化されたワークフローが確立している会社は意外に少ない。その最大の要因は新聞・雑誌広告同様デジタルとは関係のない,業界あるいは企業間に培われた慣習である。つまりインタフェイスとしての人間の問題である。例えば校正に対するクライアント,代理店,製版,印刷会社相互のさまざまな考え,やり方を左右しているのは技術力よりもコミュニケーション力ではないだろうか。新聞・雑誌広告の変化がクライアントの意識を変えてくれるきっかけになればと思うが,印刷業も自らを変える姿勢・努力が必要な時だ。
■デジタル化の恩恵と犠牲
先日JAGATで行われた座談会で,「制作の構造改革が行われれば納期は3分の1から4分の1になる。実際にそれを実現している」というデザイン会社に対して,「クライアント側の変更で,堂々巡りの4校になった。原因はデザイナーにあるが,修整料はなし」との印刷会社の話があった。どちらもプリンティングディレクターが付いた仕事だが,結果には大きな隔たりがある。前者は関係者の手離れがよく,すべてにコストダウンが出たが,後者は時短のメリットはどこにもなく,コストアップ分はすべて製版・印刷側が被ることになった。
この違いはどこからくるのだろうか。クライアント,設備,能力,情報内容すべてが違うので一概に比較はできないが,この2つの話には重要なポイントがある。デザイン会社には関係者(クライアント,デザイン会社,広告代理店,印刷会社)のコラボレーションのために標準化された環境を作ったことと,それをトータルに管理するプリンティングディレクターがいた。一方,印刷会社にもプリンティングディレクターがおり,クライアントの不安定な要求をこなしていた。しかし,実はクライアントから対応が悪いとのクレームがあり,プリンティングディレクターを付けたのだが,結果はデザイナーの尻拭いになったのである。
■プリンティングディレクターにも4つのタイプ
同じプリンティングディレクターといっても両者のポジションは全く違う。そのことが異なった結果をもたらしている。確かに,デザイン会社のプリンティングディレクターと製版・印刷会社のプリンティングディレクターでは,元々の制作機能の違いが存在そのものの違いを決定付けていることは否めない事実だが,あえていうならばどこの企業がプリンティングディレクターを準備し,その役割を果たそうが,印刷物の制作・製造に対する責任は同じでなければならない。それがプリンティングディレクターへの信頼であろう。
ところがプリンティングディレクターそのものが確立しているわけでなないので,どの立場の企業が立てるかでプリンティングディレクターの立場も決まってしまう。それでは立場を変えるにはどうするか。企業としての姿勢をハッキリさせることである。トッパングラフィックコミュニケーションズの梶氏はプリンティングコーディネータ(プリンティングディレクター)の方向性と定義を4つに分類している。
1.営業マン自身がコーディネータ
これはあまり技術的には高度なコーディネーションはできないが「とりあえずどんな話でもつなげられる程度の知識」をもって活動する。
2.営業と現場をつなぐコーディネータ
原稿受領の窓口業務だけでなく、デザインを理解し、工程設計、品質設計までを行なえる知識・スキルがある。「問題解決型コーディネータ」である。
3.専門職としてのコーディネータ
コンサルティング、制作支援、制作体制構築、部門間調整、技術支援を主な仕事として、ことに表現系のアートやデザインの理解とメディアの製造システムをつなぐ提案ができる「課題解決型コーディネータ」である。
4.プロデューサーとして機能する企画提案型コーディネータ
戦略的発想と技術的バックボーンをもち「クライアントも意識していない、気づかない課題」を生み出したり、発見したりする。プロデューサーとしての仕事が出来る「課題提案型コーディネータ」である。
■問題引き受け型では根本の解決にはならない
先の事例では,デザイン会社は4.の課題提案型コーディネータで,印刷会社は2.の問題解決型コーディネータのタイプである。この大きな違いは,4.はクライアントあるいはデザイナーが原稿を作る前から関わっていくタイプであり,2.は原稿が作られてから,あるいは入稿されてからどのように対応するかを考えるタイプである。
クライアント,デザイナー,広告代理店,製版・印刷,出版などそれぞれの立場の人が等しくデジタル化の恩恵を受け,あるいは安く・早く・品質よくを誰もが享受するには,制作の構造改革が必要で,例えばトータルなワークフローの理解,標準化・ルール化の共有などによって特定の業界,企業にしわ寄せがいかない方法や姿勢を示していくことが重要である。
よく製版・印刷では修整代が取れないというが,取れないのではなく,金を請求せずサービスをすることが差別化,競争力であるという間違った考え方があるのではないか。多少の無理をいえば無料サービスになる仕事にクライアントは価値を感じてくれるであろうか。その仕事がプリンティングディレクションであれば,顧客満足のための知恵や努力の価値は報われない。価値あるものに対する報酬は経済の原則である。価値ある高度なサービスを提供しても印刷機を回すためのサービスでは価値連鎖にはならない。
梶氏は社内でプリンティングディレクターの育成に力を入れている。誰もが印刷メディアに関われるツールを手にしたこれからの中で,プロたらしめる能力の一つがプリンティングディレクターであり,印刷製造費の一部としてではなくプリンティングディレクターそのものの価値を高く買ってもらうため,自らのプロモーションができる能力も必要であるという。それが仕事への誇りともなる。難しい仕事,うるさ型クライアントへの防波堤的な問題引き受け型のプリンティングディレクターではなく,デジタル化にふさわしい関係を提案し構築する,構造改革としてのプリンティングディレクターでなければならない。
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JAGATでは若い世代のための「プリンティングコーディネータ養成講座」を毎年開講しております。本年は5回目を迎え、10月4日スタートです。現在、労働省教育訓練給付制度の指定講座に申請中です。
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2001/05/23 00:00:00