本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

パラダイムシフトのエネルギーはどこから?

塚田益男 プロフィール

2001/7/3

Print Ecology(印刷業の生態学) 過去の掲載分のindex

5. 新しい経営モデルを作ろう。

5-1 ゆらぎ、メタモルフォーシス(Metamorphosis)、Holon(ホロン)

私はこの三つの言葉について何度も記述した。しかし重要な言葉なので、この三つの概念の相互関連性について、従来とは別の角度から説明することにしよう。
「ゆらぎ」は無機物質の相転換時における分子の熱運動の状態である。相転換とはすべての物質が本質的に持っている固相、液相、気相の三相間での転換のこと。一番卑近な例は水が100℃近くになるとグラスの周辺や底の方から泡が出て気体に変化していく状態がその一つだ。メタモルフォーシイス(変態)は生物の成長過程における生態変化の節目のことである。昆虫なら卵、芋虫、蛹、成虫という生態変化の節目のことを意味する。

私はこの二つの概念は相似的で、社会現象の分析の時でも使える非常に重要な概念だと思っている。社会であろうと会社であろうと、もし変革が必要なら、国民や社員の間にその変革に必要なエネルギーが蓄積されていなくてはならない。「ゆらぎ」や変態の時の分子の熱運動や細胞の遺伝子運動と同じようなプロセスが社会のパラダイムシフトの時にも必要だと思っている。

社会の変化すなわち「ゆらぎ」や変態の時には、人間という個体も同じく、社会全体の変化に応じて、変態への自己暗示をしなくてはならない。しかし、充分なエネルギーがなかったり、変化への環境が整わず、従って全体が「ゆらぎ」や変態をする条件ができない時は、個体も自己暗示のしようがない。高度な変態をしようとするなら、個体もそれに応じて、高いポテンシャルエネルギーを持っていなくてはならないし、前の環境(パラダイム)の成熟度も一定の高さに達していなくては、個体も自己暗示のしようがない。構成員の大多数が自己暗示ができ、そして全体の「ゆらぎ」や変態に応じて個体が自己組織化を行ってはじめて次のステップの位相、生態、パラダイムが出来て行くことになる。

会社にとっても、構成員である社員の資質やレベルが低かったり、役員の会社事業に対する経験や成熟度が低ければ、変態もそれなりのものしかできないし、その変態が社会の要求度に合わなければ、変態は完結しないということになる。従って、会社でも、国でも、その構成員のレベルを上げる事が必要だから、教育は第一義的に重要な施策ということになる。さて、変態が終ったら新しい位相(空間)、生態、社会のパラダイムの原型が出来上ることになる。その中で個体は学習効果を発揮し、経験を積み、成長を重ね、その個体の努力の結果が今度は全体の方へも作用し、全体である会社や社会のパラダイムが作る慣習や制度も高度化し、成熟度を高めていくことになる。

このように個体と全体とは強い因果関係で結ばれている。個体は全体からの情報をとり、その全体の動きに応ずるように個体の行動パターンを自己暗示の中で決定し(他律的行動)、一方、そうした自己組織化の行動を学習効果の中で勉学し、経験を積み、主体的に成長し、その成果を全体に返すという自律的行為も行う。こうした因果関係の中でパラダイム全体の成果が図られていく。この個体と全体の機能をHolonic Function といい、この働きを持った個体をHolon(全体子)と名づけている。

私は収穫逓減則に入ってしまった現在のパラダイムから脱し、収穫逓増の新しいモデルを作らなければ現在のカオスから出られないと書いた。その新しいモデルを作るには、幹部社員に「ゆらぎ」がなければならないし、メタモルフォーズのエネルギーも必要だ。そして何よりHolonic 機能の教育を受け、素養を積んだ社員ばかりの会社になる必要がある。

5-2 パラダイムシフト(Paradigm shift)とカオス(Chaos)

パラダイムシフトにおける諸現象は前述でみたように、「ゆらぎ」やメタモルフォーシイスの運動プロセスと因果関係は同じものである。オールドパラダイムの崩壊とは、そのパラダイムの中で育った社会慣行や制度という価値観が崩壊する事を意味するし、ニューパラダイムの誕生とは新しい社会慣行やモラル、制度が作られていくこと、すなわち新しい社会思想や価値観が生まれる事を意味している。

 オールドパラダイムからニューパラダイムへシフトするということは、長い間かけて育てた社会慣行や制度が崩壊することだから、その中にいる人間にとっては破壊的、革命的変化だと思うのは当り前である。また、新しく生れるパラダイムの慣行や制度は時間をかけて育てるものだから、急に変化するものではなく、新しいものの形が見えてくるだけでも数年の年月が必要だろう。いま日本で政治不信として問題になっているのは、せめて2〜3年で形を見せるべき新しい社会の形質が、10年たっても見えてこないので、対応の遅い政治の怠慢に国民がいらいらしているだけだ。

 印刷界だって同じこと、いまの印刷界もパラダイムシフトの時である。右肩下がりの経済環境の中で各経営体が古いパラダイム思想のままで経営を行えば、競争が激しくなり、収穫逓減則が極端に働いて、利益率がどんどん下がり、倒産や廃業が増加し、業者数が減って業界が混乱状態になる。印刷業者は業界団体の幹部に対し失望の念を強くしている。印刷会社の経営だって同じ事、会社幹部が自社の次の「会社の形」を社員に明示し、教育し、方向づけを行わなければ社員から不信感が生れてしまう。

いづれにしろ、「ゆらぎ」や変態の時、パラダイムシフトの時期を「カオス」Chaos と呼んでいる。このカオスの時期は、古いパラダイムと新しいパラダイムが混在する期間だから、古い慣行や制度を破壊する力と、新しいものを創り出そうという力とが混在する、すなわち沢山の思想上の混乱が渦巻いている時期である。混乱し渦巻く力が強いカオスの時は古いパラダイムの壊れ方もはげしくなる。明治維新の時、昭和20年の敗戦の時、古い思想と社会体制の壊れ方は物凄い力だった。多くの人々の命が奪われた。今回の平成の大不況というカオスも大型のカオスなのだが、大型のくせに風力の弱い雨台風のように、時間ばかりかかってカオスからの脱出がなかなかできない。人命の犠牲が小さいから幸いだが、新しいパラダイムの形が見えてこない。

さて、古いパラダイムから新しいパラダイムへのシフト、すなわちパラダイムの形質変化は構成員である個体(国民や従業員)から見たら破壊的である。古い慣行や制度を否定し、新しいものを創り出すエネルギーはパラダイム内部の構成員の中から自然発生的に生れるのかといえば「否」である。一般国民や従業員は倒産、デフレ、失業、リストラなどに苦しんでいるが、新しい国の形、会社の形は国民や従業員の間からは自然に生れてこない。熱エネルギーや圧力エネルギーのような何らかの外からのエネルギーが必要になる。カオスの力、シフトの力は外部与件として外部から発生したものだから、構成員から見れば破壊的に見える。

封建社会から明治維新というカオスを経て、天皇家中心の家族中心社会へシフトしたエネルギーは、徳川幕府に対する下層武士の反乱という形をとっているが、根元には火薬、鉄砲、大砲、黒船などの技術や西洋文化による社会の「ゆらぎ」があった。天皇家中心と軍閥による全体主義社会から企業中心、工業化社会へシフトしたエネルギーは第二次世界大戦への参戦と敗北が外部からの直接の動機であるが、根元には世界に通用しない日本型全体主義思想の崩壊というプロセスがあった。この二つのパラダイムシフトは共に前のパラダイムの価値観が自壊しつつある時に、体制外の圧力により崩壊したのである。

 1990年から始った今回のパラダイムシフトも、企業中心社会の慣習や制度がもたらした右肩上り経済の終点がバブル現象であり、コンピュータによる情報化とグローバル化という外部圧力により、その社会が崩壊し、その崩壊がカオス発生の動機であった。今回の新しいパラダイムの総括的概念と名称はまだ見えてこないが、性格はオールドパラダイムとは反対概念の情報化、デジタル化、サービス化、グローバル化、知識集約化というものだ。

このようにパラダイムシフトが外部からの圧力による与件であるということは、パラダイムシフトによるパラダイムの形質変化は構成員である個体にとっては他律的情報ということになる。従って、カオスの中にいる個体(各国民や従業員)は、その他律的な情報を外部与件として素直に理解する努力をし、その変化に対応する自律的自己組織化、すなわち変化する全体(社会や企業体)の形質に合せて自分自身の形質を変えていくこと、こうした努力こそが大切だということになる。

会社の新しいモデル作りとは、会社のパラダイムシフト、すなわちカオスからの脱出を意味する。古い社内慣行、社内制度などを改変し、新しい制度や慣行をみんなで作ることである。最近、政治、経済の構造改革論が騒がしいが、それは古いパラダイム時代の制度を壊し、新しいパラダイムの制度に変えることである。印刷経営でも同じ構造改革が求められている。

2001/07/03 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会