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時代の要求と工業化思想の矛盾を越える改革を!

塚田益男 プロフィール

2001/7/22

Print Ecology(印刷業の生態学) 過去の掲載分のindex

2)印刷経営の古い常識と構造改革

構造改革とは前述したように、昔の常識、古いパラダイムの価値観を捨てて、新しい常識、新しい価値観、新しい慣習や制度を作ることである。印刷経営での昔の常識とはどんなものだったのだろう。勿論、現在の常識もみんな捨てなくてはならない。

a)「コストは大量生産すれば安くなる」という常識

印刷や製本のコストは段取り(turn around)の時間に多くのコストがかかるので生産がはじまれば、1,000部も10,000部も同じようなものだ。従って大量に生産すれば1部当りのコストはどんどん安くなる。紙器印刷業者は発注者との単価交渉で仮に30,000箇生産というケースで受注したとしよう。生産がはじまったら印刷業者は1度に100,000箇以上の見込み生産を行い、納入量を超えた過剰生産品はリピートオーダ用に倉庫に入れておく。即納体制ができているから顧客には喜ばれるし、印刷会社はコスト低減のため利益がでるので、みんながハッピーということになる。

出版社が書籍の定価を決める時、総コストを3000部位で割ったのでは定価が高過ぎて売れなくなる。そこで20,000部位は売れるだろうと想定して定価を付ける。読者には買い易い値段になる。実際には全部数を配本できないことが多いし、配本しても返品率40%だから倉庫に入る方が多くなる。それでも完売できれば出版社は利益がでるし、再版にでもなれば大儲けということになる。

工業化時代の常識、沢山印刷すれば単価はやすくなるという常識をみんなが信じていたから、印刷界でも設備はグラビア輪転、オフ輪、パーフェクトバインダーなど大型設備に集中し、コスト競争に夢中になった。

●時代の流れは「小ロット」

右肩上り経済の工業化時代は物がどんどん売れるから、見込み生産によるコスト低減策も有効な戦術だった。現在は大不況と言うだけでなく、情報化、グローバル化の時代で商品のライフサイクルは短くなったし、マーケット情報も恣意的で、店頭に並べなければ売れ筋情報も分らない。倉庫に入った商品は不良在庫だと思わなければならない。追加注文や再版印刷など発注者にとっても、印刷会社にとっても全くのラッキーと言うことになる。

 顧客にとっては不良在庫を無くすこと、オンデマンド発注こそリスク回避の最良の発注形式である。そうなれば小ロット発注を常識とし、それを可能とする新しいコストシステムを作らなければならない。「印刷枚数が増えれば枚別印刷単価が下がる」という印刷界の常識になった印刷料金表はどうやら役にたたなくなる。印刷会社にとっては新しい技術、設備管理方式が必要になるし、それに合った新しい経営モデルを作らなければならない。私のこんな意見は少し早すぎるかも知れないが・・・・。

b)納期は短く〜生産の標準化という常識は崩れる

現在の印刷界ではISO取得が流行になっている。工業化社会では生産の標準化こそ工場の生命だからだが、よく考えて見れば今ごろこんなことに夢中になるなんて遅すぎる。情報化社会ではISOのさらに上位概念を経営モデルに持ち込まなくてはならないからだ。しかし新しい経営モデルでも、生産のマニュアル化はモデルの前提となる重要な概念だから、その意味ではISOにより各社のマニュアルができることは新しい経営モデルへの踏み絵と言うべきだろう。

さて、印刷物には情報財、文化財、生活財、教育財などいろいろあって、多様な需要に恵まれている。しかし概してそれらの需要は短納期を要求している。情報財の新聞、雑誌などではニュースを〆切りギリギリまで入れるので、短納期になるのは当り前である。この短納期を工業化の常識である生産の標準化という常識で処理しようとすることに無理がある。情報を追うこと、〆切り時間を追うこと、と大量生産を予定通り行うという工業化思想との矛盾を、無理なく行うとすれば、高額な生産設備の遊休時間を多くして対処するより道が無い。即ち何時も設備を明けていてニュースの下版を待っている状態にするのである。何も、新聞や週刊誌という情報財だけではない。カレンダーや書籍、包材、紙器など印刷物全体がオンデマンド供給を目指すようになったので、ますます短納期になってきた。

短納期は極端な状況まで進むことを覚悟しなくてはならない。アメリカでは印刷物全体の中で、2010年には当日納品が20%、翌日17%、2〜4日が19%になると予測している。現在の技術、従業員の就労状態の中で、今後の短納期を消化しようとすれば、莫大な遊休率を出し、コスト高を招くことになる。IT技術と設備を使い、労務管理システムも変えて、全く新しい経営モデルを作らなければ対応の仕様が無い。しかしその答えはまだ見つかっていない。

2001/07/22 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会