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出版業界の立て直しは情報化から

低迷を続ける出版業界にあって、情報化による変化がいろいろな面で現われ始めた。ひとつはPOSの普及にともなう変化である。

従来、出版界にはマーケティング情報がなかった。商品情報1つとっても、書店が仕入れに使えるような商品情報はない。本の書評は、それを見て仕入れをするかしないかを判断するためのものではない。この小説はこんな物語だと言われてもその本を仕入れるか否かの判断はできない。売れ筋情報としては取次の「今週のベストセラー」があるが、それは過去の情報が載っているだけで生きたマーケット情報とはいえない。新聞社が毎年読書週間のときに行なう調査は読者調査であって消費者調査ではない。
出版界にマーケッティング情報がないひとつの原因は、書店が主体的に本を選んで仕入れないでも済んでいたからである。編集者はマーケットを想定しながら様子を見ていたし、営業の人たちもどこの本屋でどんな本が売れているかを見てはいたが、科学的に検証するデータはない状態だった。

しかし、最近になって、POSシステムの普及によってそこから得られるデータを使ってベストセラーを支えるような事例も出始めた。従来、1回の重版部数が最大でも1万部程度であった出版社が、POSデータで販売部数の実数をリアルタイムで把握してさらなる売れ行きを確信、思い切った部数での重版で一気に売上部数を増やした、といったことである。『五体不満足』では、かつてありえなかった1回50万部という重版をかけたという。

従来、書店の優劣は店の立地と規模の大小であった。それらは今でも大きな競争要素であるが、それ以上にPOSレジなどの情報武装ができているかどうかで優劣が決まる状況がでてきている。返品と在庫に悩む出版社は、POSレジがあって売上データがきちっと取れないような書店には商品を優先的に供給しなくなる方向で動いている。先のベストセラーの例に限らず、出版社にとってもマーケットのデータをきちっと取っているかどうかがこれからの優劣を決める大きなポイントになるからである。 大手書店の中には、来るべき直接取引増加に備えてPOSにプライス・ルックアップ機能を付けて、本部で割り引き価格を設定すればデータベースの更新だけで全国の各店舗の設定ができるシステムにしているところもある。

取次においても、1990年代後半あたりから方向転換が進められている。あまりにも多い返品のロスをどうなくすかは、取次にとっての大きな課題であり、ばらまき型の配給からピンポイントでの配本に切り替えて販売効率を上げなければならない。そのために、まだ限られた出版社と書店との間でだが責任販売制や事前受注などの実験を始めている。ここでも、マーケットからのPOSデータと取次の単品管理体制によって得られるデータが有効に活用される。

ネット書店では、そこで開示される情報が本の売れ行きにビビッドに影響する。その意味で、ネット書店は単なるバーチャル書店ではなくひとつのメディアである。 アマゾンジャパンでは売れ行きベスト100のリストを出している。取り扱い出版物の1冊ごとに、その売上順位が1時間に1回更新して出される。この順位と同時に「在庫サイン」が3分類(「24時間」、「2〜3日」、「取り寄せ」)で表示されるが、この在庫サイン如何が売上に大きく響くという。
「24時間」という在庫サインが示された本は、アマゾンの倉庫に入っている出版物である。「2〜3日」という在庫サインはアマゾンの取引取次が単品管理した在庫として持っている本である。これに対して「取り寄せ」は、単品管理されていない在庫、もしくは出版社からの取り寄せになる本である。そして、「取り寄せ」になっていると本は売れない。注文してみないとあるのかないのかがわからないからそのようなものは注文しないということである。

この在庫サインは売上にビビッドに反映する。ある書籍の順位がアマゾンの売上順位でだいたい3万位にランクされていた。そのときの在庫サインは「取り寄せ」であった。一方、朝日新聞にその書籍の書評が出るということになった。そこで、少し条件は悪くていいから「2〜3日」の在庫に入れてくれるように依頼をした。その結果、その書籍の順位は一気に160位程度にまで上がった。ベスト100に入るとリストにも出て相乗効果的に売れていくので、100位に入れようと出版社から1冊注文したきにはもう在庫サインが「取り寄せ」になっており、順位も一気に4000位程度にまで落ちたという。

現在の出版ビジネスにおける出版社と顧客の関係は、基本的には販売完結型である。いい企画を練って書店に本を置いてもらって売ればいいし、それでおしまいである。しかし、それは、結局、出版はギャンブル的な部分に事業が乗っているだけで事業として積み上がる構造にはなっていないということである。
コミック雑誌が数百万部と売れた背景には、新人発掘に読者の声を徹底的に反映させるという姿勢があった。産業としての出版を考えたとき、読者との関係性をもっと重要視した展開が必要であり、情報化によるマーケティングの充実は出版の世界を大きく変える要因になるだろう。

(印刷マーケティング研究会主催セミナーより)

2002/01/24 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会