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郷土資料の保存と活用へ−地域資料のデジタルアーカイブ

大規模な美術館や博物館を中心に進められてきたデジタルアーカイブであるが,最近では地方で盛り上がりを見せている。ここでは,山梨を中心に活動を続ける「地域資料デジタル化研究会」理事長の小林是綱氏の話を中心に,地域資料を管理・保存する図書館の課題と地域情報のデジタルアーカイブの現状について紹介する。

ユーザが望む図書館や博物館

山梨県では,地元のNPO法人「地域デジタル化研究会」が中心となり,山梨県内の道祖神,どんど焼き,町史などをデジタル化している。理事長の小林是綱氏はもともと図書館の司書や館長を勤めた経験があり,各地域の図書館や資料館で死蔵し,廃棄されてしまう資料に危機感を抱き,NPO法人としてデジタルアーカイブの取り組みを始めた。小林氏は山梨県立図書館司書を経て,石和町立図書館初代館長,八ヶ岳大泉図書館(金田一春彦ことばの資料館)初代館長を歴任し,現在は都留文科大学や早稲田大学で図書館学を教えている。また現職の住職でもある。図書館では古文書を始め江戸時代,明治時代の商店の広告,宗門人別帳,自社明細帳などの歴史資料を整理・保存する仕事に携わってきた。

小林氏は「図書館と博物館の垣根を取り払うことが必要である」と語る。最近の図書館は「貸し本屋」といわれることも多い。ベストセラーを数十冊もそろえる一方で,資料をアーカイブするという図書館本来の機能がほとんど働いていないからである。また,図書館には人が来る一方で,地方の小さな博物館は訪れる人も少なく,資料が死蔵されている。

この問題を解決するために,日本でも図書館法や博物館法などの枠組みを取り去り,イギリスの大英博物館やフランスのポンピドーセンターのように,博物館と図書館の垣根を取り払った施設作りの必要性が指摘されている。そして新しい施設の新たな情報提供システムとして,デジタルによる情報提供が有効だと小林氏は指摘する。

資料のデジタル化を進めると,資料を整理する能力が問われる。しかし,現在はMARC(MAchine Readable Cataloging)といわれる書誌情報を管理するシステムが普及したため,図書館職員自身の資料整理をする能力が低下しているといわれる。

小林氏はデジタルアーカイブに取り組む一方で,大学やNPO団体でデジタルライブラリアンを教育する環境整備を自ら進めている。デジタルライブラリアンが育成されることで,図書館を利用するエンドユーザもデジタルへの興味が高まることが期待できる。さらに図書館に公務員だけでなく,民間人のエキスパートも入れることで,図書館職員のレベルが充実すると指摘する。

地方図書館のデジタル化に向けて

現在,地方は大きな変革の時期を迎えている。第1はインターネットの普及によりさまざまな人が住むようになったことである。インターネットで仕事ができるようになり,田舎には農業を営む人ばかりでなく,一日中家でコンピュータに向かって仕事をする人などデジタルに強い人も次々に移り住んでいる。

第2は自治体の大型化と広域化である。各地で市町村の合併が進んでおり,山梨県でも64自治体を30に減らそうという動きがある。自治体が合併した時,それぞれの町の歴史をどのように保存するかという課題が生まれてくる。

これまで,図書館や博物館は有名な資料や出版物については管理と保存をきちんと行い,住民に提供してきた。しかし,個人の郷土資料家が研究した本や自費出版された本は次々に廃棄される状況にある。また,日本の社会全体でも,国立美術館や博物館など中央の資料は重要視するが,田舎の資料に価値観を認めない風潮がある。

この現実の中で,地域デジタル化研究会は地域資料の価値観を見直す運動の中心として活動している。

地域資料デジタル化研究会の発足

大規模な博物館や美術館になると予算も潤沢にあるため,デジタルアーカイブについても進めやすい。しかし,市町村の図書館の予算状況は厳しい。

そこで,小林氏は1999年に数名に呼び掛けて「地域資料をデジタル化する運動」をするための組織を作り,2001年10月にNPOの認可を受けて「地域資料デジタル化研究会」を発足した。

主婦や会社員,SE,公務員,教員,僧侶など現在40名のメンバーで地域資料デジタル化研究会を運営している。メンバーはそれぞれ興味のあるテーマで地域資料のデジタルアーカイブを進めている。

地域資料デジタル化研究会の目的は,文献資料並びにデジタル資料の調査,収集,整理,保存,提供方法などについて,研究,実践し,社会教育,町づくり,文化芸術等の振興など公益の増進に寄付することを掲げている。

活動は,まず山梨に関するさまざまな事物をボランティアによってデジタルで記録していく。次に全国各地の記録をインターネットでリンクする。国宝や重要文化財など著名な物は企業に譲り,ひと握りの人しか知らないような資料をこつこつと積み上げ,将来的にはそれを日本文庫にしていくことを目指している。

図書館などのアーカイブ事業の受託

地域資料デジタル化研究会の実績としては,田富町立図書館(山梨県)の地域資料の整理や山梨県立文学館が所蔵する小説家たちの手紙の整理・デジタル化を受託した。また,「へいけい へえだら」という方言集のアーカイブや山梨の道祖神研究,民謡ライブラリーの作成,まだ広く名前が知られていない山梨の画家の作品についてもアーカイブを進めている。

しかし,単にスキャナで取り込んでデータを発信しただけでは資料整理にならない。古文書や文士の手紙のアーカイブは,解読しなければいけない。そこで,文学館や図書館の仕事を受託した時,メンバーは古い筆文字の手紙を活字に置き換える作業から始めた。次に資料をスキャナやデジタルカメラで入力して簡単なアーカイブにする。その後で,所蔵している県立文学館などと話し合い,優れた作品や全国に広く知ってほしい作品については,専門家にデジタル化を依頼する。つまり,デジタルアーカイブの取り組みの中に,印刷会社などエキスパートの役割が重要なのである。NPOが仕事の受託をして,NPOがアウトソーシングする。全国的にもこの動きは必ず出てくるだろう。

このように,地域資料デジタル化研究会はNPOで活動しながら地域の歴史資料をデジタルアーカイブで掘り起こすことを目指していくという。

今までは産・学・官という表現がされていたが,これからは産・学・官・民の協働時代になると小林氏は語る。デジタルアーカイブの場合,まず民のニーズと活用がなければ市場は膨らんでいかない。NPOでは「民」の必要性と豊かな生活観を作る。「学」では知恵と理論体系を確立し,地域資料データの標準化と国際化を進めていく。「産」はデジタル技術の深化と進展をテーマに取り組み,「官」は資金と文化の位置付けを行う。橋や道路,空港ができて町が豊かになったと思うだけでなく,何百年も前の故郷を知ることができる歴史資料がパソコン画面でいつも見られることの豊かさを実感できるように,住民が変わらなければ,デジタルアーカイブのニーズは育たない。産・学・官・民が協働しながらこのニーズを掘り起こし,そのニーズに合った情報を提供していくということが必要になりつつある。

(通信&メディア研究会)

2002/12/20 00:00:00


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