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アジア各国、文字表現の多様性と土俵の違い

文字の形や組み方は長い年月をかけて決まってきたもので、その発展の仕方は歴史そのものである。日本では文字や組版は中国からの借用で始まったので、中国に規範を求めるべきものがかなりあった。これは韓国・朝鮮も同様で、それぞれ漢字に関する国内規格は異なっていたが、UnicodeではCJKのグループで漢字の字種と文字コードの対応関係をなんとか作業できたことにもつながる。

Unicode対応OSのマシンでは、誰でも中国語も組めるわけではないにしても、フォントが存在する範囲では日本・中国・韓国の漢字を混在して組んだものの出力はできる。これはフォントがあるという以外に、遠い祖先を同じくするCJKの組版が相当共通性をもつので可能であったことである。横組が導入されてい以来は、CJKの組版は次第に各々ローカル路線を進みつつある。

他のアジアの文字は表音文字であり、そこではまた事情は異なる。一般に表音文字は字数が少ないから処理は行い易いように思われるが、ハングルでも単に音の要素が並んでいるだけではなく、音の要素を組み合わせて一つの音の文字に組み立てているので、別の複雑さがある。

東南アジアに多くあるサンスクリット系の表音文字でも、音素以外に発音の微妙な変化を表す記号が文字の上や下につき、その規則や複雑さは異なっている。発音の違いが文字記述ルールの違いになっている。だから漢字で行っていたような文字レベルの同定作業による摺り合わせは難しそうに思える。

さらにそれらの文字がどれだけの頻度密度で使われてきたかという違いがある。文字は使われれば使われるほど単純化とか整理がされていく傾向がある。その過程のどこにいるのかが個々の文字によって違うのである。ハングルは音素の記号にだけコードを決めるのではなく、それらを組み合わせた結果の膨大な発音の種類にコードを振ることを決めたが、ミャンマーの人には音素だけをキーボードに割り振ったものの方が便利だという人がいた。両者が同じ土俵に乗るには何十年、いやもっとかかるかもしれない。

漢字の形の変遷もそのような単純化・整理の歴史であったといえる。金石文・ちゅう文で形が決まり、篆書で要素の標準化がされ、隷書で毛筆筆記の標準ができ、楷書で筆勢のような個性表現を可能にし、宋朝・明朝で読む文字としての標準化がされた。

だからそれぞれの時代が何をしようとしていたかを無視して、字の形の議論をするとややこしくなる。よくいわれるように「馬鳥魚烈」の下にある4つの点は隷書の頃から区別しなくなったのであろうが、篆書なら源に遡った形に分けて書く。明朝体で文字の成り立ちに遡って細部の形を書き分けるというのは、明朝体の成立と反対のベクトルであるようにも思える。

テキスト&グラフィックス研究会会報 Text&Graphics 196号より

2002/12/23 00:00:00


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